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23 襲撃-1

 キャラバンを護衛する傭兵たちのまとめ役は、齢五十を超えていた。彼は若い頃から人々の小競り合いによく首を突っ込み、より高い金銭をくれた方に味方した。


「っち、酒が少ねぇな。ああくそ、せっかくの仕事だってのによぉ」


 彼は大酒飲みで、酔うとちょっとしたことで周囲に暴力を振るう男だった。軍にいた頃は出撃前に必ず飲酒し、容赦なく敵を打ちのめす姿は敵も味方も恐れおののいた。

 それなりの功績を挙げた彼はそれなりの地位も持っていたのだが、泥酔中に上官を殴ってしまったことで軍を追い出され、以降傭兵家業で生計を立てている。


「おいそこの! 交代の時間だろうが、こっちにこい!」


「うわ、俺かよぉ……絡むと長いんだよなあ」


「ご愁傷さま。メイオール攻略の話、今夜は何回繰り返すかな」


 酒が入れば必ずする過去の思い出話。三十年前の戦いの記憶を今なお語るのは、自分が今生きているのを実感したいがためだった。あのとき隣に立っていたのが自分だったら、あのときぬかるみに足を取られていなかったら……。

 まだこの仕事を続けていられるのは、ひとえに運が良かったからだ。何度も運命が自分を助け、五十も半ばに差し掛かった今でもこうしていられると自慢したかった。

 そして若い部下の辟易した顔から、酒の入った器に目線を移した時だった。


「三十年前、男はメイオール攻略の先陣に……ありゃあ?」


 彼の手から器が弾かれるように逃げ出した。突然どうしたんだと落ちた器に手を伸ばそうとして、腕に力が入らないのに気がついた。いらいらしながら部下に命令する。


「あぁ? くそ、おい! そこの杯を……」


「て、敵襲! 敵襲ー!!」


 若い部下は男に目もくれず、狂人のように叫び始めた。そんなわけがないだろう、この俺を馬鹿にしやがって……そう思ってふと目線を落とすと、自分の胸に覚えのない棒が生えていた。


(ああそうか、この細いくそったれの棒きれが、俺の杯を弾きやがったんだな……)


 全身に力が入らない男はまえのめりに倒れ、強かに鼻をうった。目線と同じ高さに転がる杯を見ながら、男は思った。


(今までも大きな怪我は何度もしたが、どれも俺を殺すには後一歩及ばなかった……。今回もそうさ)


 それから男は、ゆっくりと目を閉じた。



 ***



「……どうも様子がおかしい」


 勇一とアドは、オーダスカの言葉に目を見合わせた。先程は護衛がいるから大丈夫だと言っていた口から、不安の言葉が漏れたからだ。

 ライアンがキャラバンにつけたは過剰な数の護衛は、全てが信頼できる筋の者だ。多少の荒々しさはあるものの、皆支払った分の仕事は最低限こなす。実力も折り紙付きだ。そんな彼らの動向がおかしいのは、キャラバンを徐々に覆い始めた悲鳴の数を聞けば明らかだ。


「少し様子を見てこよう。二人は馬車のそばで待っているんだ」


 オーダスカの腰巻には、ルドの町で一度見た彼の長剣が差してある。周囲のキャラバンの者たちを落ち着かせながら、彼は頭を低くして騒ぎの方へ動き出す。危険を冒して、偵察をしようというのだ。


「お父さん、駄目。行かないで……」


「ユウ、危なくなったらアドを頼むよ。ルドでやったようにやれば、問題ないだろう?」


「いや、俺は人なんて……!」


 勇一が全てを言い終わらないうちにオーダスカは消えてしまった。野盗、とオーダスカは言っていた。即ちそれは自分と同じ人間が相手であることを意味している。

 オーダスカの向かった方角の明かりが、仄かに強くなり始めた。


「なに? ゴブリンは相手にできても、悪党はイヤなの?」


「当り前だろう、ゴブリンども(あいつら)は害獣みたいなもんじゃないか!」


 害獣と言えど、命を奪う行為に抵抗がないわけでは無い。彼にも良心はある。しかし自分や大切な人が命の危機に晒された時、それは真っ先に手を離れていくものだ。いくら手足が二本ずつで頭が一つあっても、言葉が通じる事はない。そして牙をむく相手に根気よく対話を試みようとするほど、彼は博愛の精神に満ちていない。


「ユウは復讐が目的だったんでしょう!? そんなんでこの先どうするのよ!」


「いや、それは……」


「盗賊は徒党を組んで獲物を狙うわ。害獣なんかよりよっぽど質が悪いじゃないの!」


 ……しかし、相手が人間ならば話は別だ。同じく人の形をしていても、中途半端に意思疎通できることがかえって戦う決心を鈍らせた。今更全身に震えが走る彼は、まだ『自分は何もしなくてもいいかもしれない』という部外者の心境を捨てきれないでいた。傭兵たちが野盗らに反撃し、いくらかの犠牲は出たものの追い払うことに成功するのではないか……そう心のどこかで期待していた。


「向こうを見て、明かりが大きくなってる。なんで賊が馬車に火を放つのよ……!」


 オーダスカが消えた方向から発せられる騒ぎと明かりは、時間を追うごとに大きくなっている。二人のいる……その先にメフィニ劇団の馬車がある方向に向かってきていた。

 上に覆い被さる勇一の心音が、振動となってアドの頬を揺らす。徐々に近づく叫び声と比例するようにそれは強く変化し、彼女の頭を守る手にも力が入った。押し倒された彼女は、こんな状況でなければ良かったのに……と、気付かれないように彼の服を掴んだ。

 

「アド、早く馬車に戻ろう」


「……ええ、そうね」


 勇一は立ち上がるとまずは明かりの方を、次に反対側の馬車がとめられている方を確認した。名残惜しそうに伸ばされたアドの手を優しく握り、慎重に移動を開始する。数歩進んだところで、足の上を小さな影が踏んでいった。


「わっ、なんだ!?」


「騒がないで、ただのネズミよ。火の方から逃げてきたんだわ」


 馬車から食料を盗み取ろうと侵入していたネズミたちが、一斉に暗がりへ駆けていく。さながらそれは、地を這う黒い弾丸だった。地面には炎で照られた二人の影が揺らめく。

 動物がこうして逃げ出すのは、本能的に危機が迫っているからだ。しかし勇一には、火以外の大きな不幸が降りかかってくる予感がしてならなかった。

 そして災厄の明かりから逃れるように、劇団の馬車に近付く。その時彼はふと、襲撃に対して覚えた違和感を口にした。


「……アド」


「……なに?」


「護衛は結構な数いたよな? それでも野盗は襲ってきた。普通なら向こうにも被害が出るんだから、おいそれと襲おうとなんて考えないはずだ」


「まあ……集団同士がぶつかれば、両方に被害が出るのは当然よね。襲撃が失敗すれば、向こうはそれがきっかけで瓦解するかもしれない……」


 野盗がある程度規模のある集団なら、まとめ役が当然いる。その統率者は、何故護衛が多数いるキャラバンを襲ったのだろう。


「そうなんだ、わざわざ集団が崩壊する危険を冒して、護衛たちを相手にするかな? 俺だったら、小さな規模の馬車を襲う……。護衛が一人や二人なら、五・六人いれば互いに血を流さず物資は奪える」


「……奪ったものが食糧でもなければ、骨折り損ね」


「…………!」


 はっ、と勇一は頭をはね上げた。奴らは「このキャラバン」に用がある。だからこうして、壊滅の危険を冒してまで襲撃してきたのだ、と。


「きっとここに、絶対に手にいれたいものがあるんだ」


(手にいれたいものがあっても、わざわざ派手に暴れることはない。今戦闘が起こっている所には、目的のものがない? だとしたら…………!!)


 一つの答えにたどり着いた勇一の額に、汗が吹き出した。そして歩みを止め、ゆっくりと振り返る。アドは相手の蒼白な顔を見て、握られた手に力を込めた。


「どうしたの、早くいきましょう?」


「アド、もしかしたら……」


 心臓が胃袋を潰してしまいそうな程に暴れる。彼女には、彼の手の震えが直に伝わっているだろう。もう片方の手でマナンを抜き、震える手で構えた。吐き気を押さえて、彼はかすれた声で答えた。


「もしかしたら状況は、思った以上に悪いかもしれない」


 再び少女の手を引き、付近の馬車の影に潜む。彼は恐怖に走り出したい気持ちを必死に抑え、また向かい合わせになる。突然雰囲気が変わった彼に、不安を隠しきれないアドが震える声で話しかけた。


「どうしたの? 急に隠れたりして……思った以上に悪いって、どういうこと?」


「多分…………多分、今向こうで戦ってるのは陽動だ」


「ヨウドウ?」


「囮って事。向こうで注目を集めて、本命は別の方向から来るんだ」


 ――別方向。最初は意味がわからなかったアドは、しきりに周囲を見渡す勇一をみて察した。


「それ……鉢合わせしちゃうかもって、こと? …………やだ、怖いよユウ」


 無闇に動けば、その本命と鉢合わせになるかもしれない。それは無力な少女と恐怖に怯える青年にとっては、死を意味する。アドの肩はすくみ、手から腕へとしがみついた。

 襲撃が起きた時点で逃げ出したのか、周囲の馬車からは人の気配が全く無い。背後から聞こえる叫びと、無数の金属が打ち合う音は、徐々に二人の心を削って行く。


(マナン……正しく使えない俺には、棒きれと同じだ…………)


 いざとなれば、勇一は無力な少女を守りながら戦わなければならない。薄暗い闇の中で、いつ野盗に見つかるかも知れない不安。――呼吸の音は聞こえないだろうか、劇団の馬車までは後どれくらいか、いっそ彼女を抱えて走ってしまおうか。

 極度の緊張感で移動するにも足元がおぼつかない。隠れられる場所から場所へ移動するときは、まるで水上に浮かぶ板の上を歩くようだった。


「ユウ、劇団の馬車が見えた!」


「ああ、わかってる」


 皆がいる馬車はもう目と鼻の先にある。団員は無事だろうかとはやる気持ちを抑えながら、足音を立てないように少し離れた所から周囲を伺った。

 と、アドが勇一の肩を叩いた。若干興奮気味に馬車を指さし、彼に囁く。


「見て! ユウあれ見て、みんなは無事よ!」


 勇一が馬車を見ると、幌の中からガージャが顔を出している。二人の方に顔を向けると、すぐに気づいたのか控えめに手を振るのが見えた。とりあえず皆の無事がわかってほっとした勇一は、アドの肩を抱きよせ一息に抱き上げる。


「あ、ああああの」


「しっ。行くぞ」


 およそ十五歩の距離を一気に詰め、二人は馬車へたどり着いた。不安で倒れそうな表情のラシアタに二人が顔を見せると、いくらか血色が戻るのがわかった。母娘は抱き合って互いの無事を喜び、とりあえずはひと段落という空気が流れる。


「俺は、オーダスカさんを連れ戻してくる」


 彼の決意を聞いたラシアタは、再び表情を曇らせた。夫の心配は当然の事ではあるのだが、勇一に何か重なるものがあったのだろう。彼女は身を乗り出し、恐怖に打ち勝とうと何度も深呼吸をする彼の肩に手を掛けた。


「ユウ、必ず…………必ず戻ってきて」


「……はい。オーダスカさんを連れて、必ず戻ってきます……必ず」


 その青い瞳には、僅かに勇気が滲んでいた。

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