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13 知らない事、知っている事-2

「ところで、ユウよぉ」


「は、はい」


 完全に座った目をしてガージャが語りかけた。

 彼は胃袋の空気を一つ吐き出し、酒臭い息を遠慮なく二人に吹き掛けながら続ける。


「今言うのも何だかなと思ったんだが……ルドん時はァ、本当に助かったわい。ユウが助けてくれなければ、ワタシたちは町にゴブリンどもを呼び込んでしまうところだったわ」


「ガージャさん、あんまりユウをおだてないでよ」


「いやあ、ははは……」


 少女は再び手に持った枝を放り投げる。明るさを失いかけた焚き火は、わずかに勢いを取り戻した。

 それを見たガージャは半開きの眼を見開き、喉を鳴らしながら髭を撫でる。


「おお、アドも随分と上手く使えるようになったなぁ」


「こういうのは、日々の練習なのよ」


 今度は立て続けに枝を投げた。明らかにあるはずのない場所から取り出された枝を不思議に思い、たまらず勇一は少女に聞いてみる。


「その枝、一体どこから……?」


「ん? それはこうやって……」


 アドは地面に片手をかざした。すると一拍置いてそこに小さな割れ目ができ、更に少しすると地中から小さく細長い何かが現れる。


「これは『根』」


「『ネ』?」


「そう、木の根。それをこうすると……」


 現れた根に触れるか触れないかの所で、彼女は何かを摘み引っ張る動作をした。

 すると根から一本枝分かれするように新たな芽が生え、ゆっくりと若葉から細い木に変じやがて一本の枝になって行く。

 手ごろな大きさになった枝を少女が掴み曲げると、小気味良い音とともに根元から折れた。既にそれは若い枝ではなく、枯れた枝になっていたのだ。


「あんまりやりすぎると元の木を枯らしてしまうから、そう何度もできないんだけどね」


「すごいじゃないか……!」


「そ、そう? ……そうかしら?」


 目を輝かせた勇一に若干引きつつ、アドは照れ笑いをうかべた。

 そして頬を染めた少女は気をよくしたのか、彼から飛んで来るいくつもの質問に気前よく答えて行く。

 青年が尋ね少女が答えるその光景を見て、ガージャは頬を緩ませた。若い男女が交流する姿を見るのは、酒と踊りの次に彼が好きなものなのだ。

 勇一に礼を言ったことでガージャの目的は成された。しばらくやり取りを眺めながら数度革袋を傾け、やがて静かに立ち去ろうと腰を上げかけた時、青年が口を開いた。


「でも、木属性の魔法って他のに比べて少し地味に見えるなぁ」


「じ、地味ですって……?」


 それは独り言のようなものであって、別に少女に言ったわけではないのだろう。

 ガージャには彼の台詞には悪気が無かったように聞こえたが、それは彼が年齢と共に言葉に含まれた意味を感じ取れるようになったからだ。

 しかし少女の方はそうではなかったようで


「あのね、魔法に派手も地味もないのよ! どんな魔法を使えるかなんて覚醒してからじゃないとわからないのに、そんなこと言われる筋合いは無いわ!」


 勇一はようやく自分が失言したのだと気づいたが、既に手遅れだった。アドは顔を紅潮させて語気を強めている。

 彼が目線を横にずらすと、ニヤニヤしながら酒をのむ黒猫の顔が映った。この状況を楽しもうと酒を口に含む態度に若干腹が立ちつつ、目の前の少女を落ち着かせようと謝罪する。


「ご、ごめんアド。地味なんて言って悪かったよ」


「……謝るくらいなら、最初から言わないでよ。前から思ってたけど、ユウは行動する前に考えなさすぎ! 大体ね……」


 それからこんこんと、少女の説教は始まった。

 彼もまさか自分の一言でこんなことになるなど考えていなかった様で、みるみる肩を落とし縮こまる。

 時々聞こえる抑えきれない笑いを傍に、それはしばらく続くことになった。



 ***



「……わかった? 今後、人をみだりに傷つけるようなこと言わないでよね」


「はい……確かに、肝に銘じました…………」


 勇一が深々と頭を下げたことでこの説教は一応の終わりを告げた。隣の老猫は「もう終わってしまったのか」と言わんばかりに肩をすくめたが、そんな態度を咎める体力は彼に残っていなかった。


「ウハハ……ターンもよくアドに説教されているが、やはり相手が違うと見ごたえがあるのう」


「楽しまないでくださいよガージャさん……」


「う~ん、確かに木属性は他に比べて派手さに欠けるのはわかってるけど……でも殆どの魔法ってこんなものよ」


「こんなもの?」


 そう聞いて勇一は違和感を覚えた。サラマの火球や火炎放射、ガルクの地震のような力は一目見てわかるほどに派手だ。

 もしかしたら竜人たち(かれら)が特別なのかもしれないと、その事を話す。


村長(むらおさ)は風の魔法で小さな竜巻を作ったことがあるけど、皆が出来るわけじゃないんだ?」


「竜巻って……普通は出来ないわよ」


「火球を出したり、地面を踏みつけて地震を起こしたり」


「火属性なら、百人いたら九十九人はかろうじて藁に点火できる程度よ。……踏みつけて地震を起こす? それ、本人の体の方が耐えられないんじゃない? ……嘘言ってない?」


 今まで過ごしていた場所で得た知識や常識が、外に出ると全く通用しなかったと言うのはよくある話ではある。

 しかし彼が暮らしていた村の者たちはその能力で見てもずば抜けて高かったらしく、少女にはまず事実かどうかを疑われた。


「嘘なもんか。亀裂で戦った時に火球を出したのは、サラマだったんだ」


「ううん、ユウが言っている通りなら……もしその人たちがブラキアだったら、間違いなく王宮から声がかかるでしょうね」


「そっか……みんな、凄かったんだ」


「ねぇ、ところでさ……」


 ふと、勇一の頭の中に村を脱出した時の記憶がよみがえった。

 全てを飲み込むゴブリンどもにとって、どれだけ個が優れていようと関係ない。この世界の住人はいつ、どれくらい来るかもわからない奴らとを警戒しながら生きなければならないのか。そう思った彼はやるせない気持ちになった。


(あの男は亀裂を開くことができる。どうやって開いたにせよ……あの時話していた内容からするに、もっと大きな亀裂を生み出そうとしていることは間違いない)


 時々聞こえる小さな破裂音。ゆらゆらと揺れる炎を見ながら、彼は考えを整理する。

 あの時男は、あれほどの規模の亀裂を「この程度」と話していた。つまりそれは、今後どこかで更に大規模な亀裂が出現するかもしれない……という事。


(男の強さも半端じゃない。あの時右手を切り落とせたのは、何故かわからないけど勝手に身体が動いたからだ……。

 あれは何だったんだ? あれが『強大な力』なんだとしたら、どんな魔法なんだ? 発動条件は? 吹き飛ばされたとき、いつの間にか森の中にいたのも原因がわからない)


 焚火を凝視しながら周りの音が聞こえなくなるほどに集中する。

 ふと彼は、自分の左手の小指に親指を這わせた。ガルクに指摘されて気付いた怪我だが、これもいつ負ったのか全く覚えがない。


(わからないことだらけだ。あの時爪が丸々無くなっていたのに気づかなかった。しかも……少しも爪が生えてきていない)


 無くなってから日にちが経っても、生えてくる様子がない爪。彼は何となく、もう爪は生えてこない予感がした。たかが爪とはいえ、自分の身体の一部に永遠に別れを告げなくてはならない事態に身震いし、反対の手で小指を握り締めた。


(……とにかく、当面は男を探す。でも見つけたとして戦闘になった場合、あいつに勝てるんだろうか……?)


 男の格闘技術は、あの一瞬で勇一ですら相当なものだと感じるほどの動きだった。

 そんな男に、今の彼が勝てるのだろうか。再び勝手に身体が動いてくれるとは限らない……結果は火を見るよりも明らかだ。


「強くならなきゃな……」


「ユウ?」


 焚火を見ながらひとり固まってしまった勇一を見て、アドは声を掛けようか迷っていた。やがて独り言が聞こえたことで、彼の中で思考がひと段落したと判断した彼女は恐る恐る彼の肩を揺らす。


「急に黙りこくっちゃって、どうしたの?」


「ああ、頭のなかを色々整理してたんだ。……ガージャさんは?」


「とっくに戻っちゃったわよ。ねぇ、話聞いてた?」


「ごめん聞いてなかった、なんだって?」


 さっきまで説教をしていたことを忘れてしまったかのように、アドの調子はもとに戻っていた。


「もう……ユウの魔法のこと、教えてほしいって言ったの。私だけ教えるのも不公平よ」


 勇一はどう答えたものか、と頭を抱えた。少女の魔法を地味と言ってしまった手前、自分は魔法を使えないなどと正直に言ってしまったらどうなるか。


(きっとアドは、ニヤニヤしながらその事を弄るだろうな)


 しかし嘘を言って、それが後にどうなるかなどと考えたくもない。

 結局のところ自分は彼女に弄ばれているんじゃないか、と思いながら彼は正直に答えることにした。


「俺、実は……」


「全員、荷物をまとめて馬車に乗れ! 亀裂だ!」


 怒鳴りつけるようなオーダスカの声によって、それは遮られてしまった。

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