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4 予定外の獲物-1

 空は段々に赤く染まると共に空気が冷たくなってきた。人は夕焼けを見ると懐かしい感覚を覚えるらしいが、異世界にいてなおそんな感覚があるのか、勇一は何故だか安心したような顔をした。

 帰り道はサラマとガルクの後を勇一が付いていく形で歩いていた。太く長い竜人の尾が、彼らが歩行するのに脚を前に出す度にバランスを取るように左右に揺れるものだから、勇一はそれに殴打されないよう適度に距離を取らなければならなかった。

 普通監視と言うなら、こういう時は勇一を2人で挟み込む形なりにしなければならないのかもしれないが、2人はそんな事を気にしている様子はない。

 むしろさっきから2人でずっと話している。やれ食料の備蓄がどうとか、やれ見廻りの道順をだとか。

 どちらかと言うとガルクが一方的に捲し立てているように見えるが、話の内容に対してガルクの表情は柔らかく見えた。まるでサラマと話す事自体が幸せであるかのように。

 対するサラマの方はと言うと、一見ガルクの話を真面目に聞いているようだが、眉間から伸びた鼻筋から先の鼻の頭まであたかも一筆で描かれたような横顔をこちらに向け、少々困ったような顔をしている。

 サラマは一緒に出掛ける際、勇一に彼の世界の事を聞かせてほしいと頼んだ。だから勇一は湖に着くまでの間、思い出せる限りの向こうの話を聞かせてやった。

 当然、移動時間中に話せる量などたかが知れている。となると、サラマは帰りにも勇一の話をねだるつもりだったのだろう。

 残念ながらガルクの登場で、彼女の計画はおじゃんになってしまったわけだ。

 まあいい、時間は沢山ある。集落に戻ったら、また沢山話してあげよう。

 勇一が彼女の求めるままに向こうの世界の事を話すのには理由があった。


 彼はこちらの世界に来るきっかけを思い出せないのだ。正確に言えば、自分が死んでしまったことは、漠然とだか記憶にある。

だが、それが何故、どうして死んでしまったのかを思い出せないのだ。自分は高校生で、部活や勉学に励み、最近流行りのハーレム系ライトノベルを読むのが好きだった。そのライトノベルは無双の力を持った主人公が、沢山のヒロインを攻略していく。ご都合主義的なストーリーと言われればそれまでだが、年頃の男なら少しは憧れるだろう。

 ……そうだ、あの日も部活が終わった後、真っ直ぐに帰路についた。そして…。


「……っ!」


 やはりここで頭痛と共に頭の中に霧がかかる。こうして記憶がさだかではないので、誰かに自分の記憶を話し会話という形態と取ることで、この空いた穴が塞がるのではないかと、なんとなくだが勇一はそう思っていた。




 戻ったら何を話そうか…。そんな事を上の空で考えていると


 バシィッ!

「…グハッ!」


 横っ面を何かで殴られた。

 あまりの激痛に頬を押さえる。揺さぶられた頭は目眩をおこし、足から崩れ落ちた。

 幸い意識の方は無事だ。


「いだだだだ……」


「しっ、静かに…!」


 前を見ると、いつの間にか竜人の2人は立ち止まっていた。

 双方別々の方をじっと凝視し動かない。

 何があったのか聞きたかったが、静かにと言われたのでとりあえず黙っておく。

 大きな体躯をゆっくりと動かし、あらゆる方向に頭を向ける。その度にあの凶器のような尻尾が大きく振られるので、さっきはこれに殴られたのだと予想がついた。


「ガルク」


「…ああ、聞こえる。位置もわかる」


「2人で出来る?」


「ったりめぇだろ」


 ガルクの返事を聞くとサラマは勇一に「まってて、動かないでね」とだけ残し、森の奥へと消えていった


「…おい、ボンクラ」


 ガルクは全くこちらを見ようとしない。

 フン、と鼻で笑うのが確かに見えた。


「死にたくなきゃあどこかに隠れろ。まぁ俺は別にお前がどうなろうと知ったこっちゃねえがよ」


 それだけ言うとガルクも歩きだし、葉音ひとつさせず木々のなかに消えていった。


「ちょっ…!なんなんだよ……」


 全く、理不尽な話だ。2人の会話からするに、この森の中に正体がわからない何かがいる?それで、丸腰の人間1人をそこに放置?隠れていろ?どこに?

 別に大切にしてくれとは言わないが、身の丈に会った扱いというものがあるだろう。

 呆れて手近な木の根元に座り込みため息をついた。手元には釣糸の素材に貰い少しだけ解した古い網、そのまま捨ててしまうのはなんとなくもったいない気がして持ってきたようだが…。


「やっぱり要らないよな……」


 そう呟きながら網を丁寧に畳む。

 なんとなく捨てられないのは、彼の性格だろう。

 どうせ話し相手も居ないのだ。彼はもう一度、自分の記憶を辿るためか、宙を仰ぎ目を閉じた。



***



「グオオォォ!!!!」


 突然聞こえた雄叫びに勇一は飛び起きた。サラマとガルクの2人が森に消えてそれほど経っていない。

 座っていた木の影から恐る恐る声の聞こえた方を覗き見る。2人が追っていった「何か」だろうか。


「オオオォォォォン!!」


 また聞こえた。心なしかさっきより近い気がする。

 目を凝らして森の奥を見ても、枝葉が邪魔をし、黄昏時と言うのも相まってろくに見えたものではない。


 ドドッドドッドドドッ


 別の音が聞こえた。同時に勇一の額から汗が吹き出した。これは、足音。間違いなく。


 ドッドドッドドッ


 ただの足音ではない。聞き間違いでなければ、それはこちらに向かってきている…!


 ドドドッドドドッ


 森の奥から植物を踏み枝を折るけたたましい騒音。

 段々と大きくなる足音。

 まずい、非常にまずい。

 勇一は逃げようとした、でも、どこに?

 仮に逃げたられたとして、彼はこの森の事を知らない。であれば最悪、先日のように遭難…?

 サラマ達に助けを求める?2人が行ったのは足音のする方向だ。向かっていくのか?

 役に立たない考えが頭の中を堂々巡りしているのか、足はまだ動かない。

 滝のような汗が止まらない。まずいまずいまずいまずい!!

 細い木は勢いのままなぎ倒し、勇一の目の前に現れたのは牙を生やした四足の動物だった。

 丸々と太り、高さは竜人と同じくらいだろうか。体毛は「それ」の目を自ら被ってしまうほどに長い。大きく湾曲した牙は鋭く、こんなもの引っ掛かれただけで致命傷になるだろう。


「い、イノシシ!?うわぁっ!!」


 見たものを言葉に出すのと、咄嗟に横に跳んだのはほとんど同時だった。

 イノシシは勇一に向かって突進し、間一髪回避した彼の横をすり抜けていった。


「あっ…!あっぶな!」


 死ぬかもしれない事態など、恐らくほとんどの高校生は経験しないだろう。

 だが今、勇一はその事態に直面している。

 なにせ通りすぎたイノシシは、急制動をかけ、再び勇一に向き直ったのだ!

 奇跡は一度起こした。二度目があるとは思えない…。

 イノシシは前足を鳴らすと、突進の体勢に入った。

 今度は避けられる保証などない…。勇一が若干諦めかけた、そのとき。


「ユウー!」


 恐らく勇一が今一番聞きたい声だ。


「サラマ!こっちだ!!」


 力の限り叫んだ。

 声は出すが、眼はイノシシから反らさない。ヤツは今にも突進してきそうな気配だ。

 また声が聞こえた。

 今度は勇一の後方、少し高い位置から


「見えた!ユウ!そこを動かないで!」


 …動かないで?動かないでと言ったのか?

 目の前には今正に彼を屠ろうとしている獣がいると言うのに?


「サ、サラマ!?今、お、俺の目の前に…!」


「分かってる!信じて!」


「信じて、か……映画ならこれ程頼もしいセリフはないんだけどなぁ…」


 彼の見たり聞いたりした物語の中では、とても頼りになる言葉のようだ。

 だがそれは他人事としているからであって、本来なら何をやっても駄目なときは駄目な事の方が多いものだ。

 イノシシが突進をはじめる。

 その牙は進路上の人間をしっかりと狙い加速した。


「オオオォォォ!!」

「はあぁぁぁぁ!!」


 同時に聞こえた二つの雄叫びに思わず勇一は目を閉じる。瞬間、後ろから来た何かが頭の横を掠めていき


 ドガッ!


「ブオオォォォ!!」


 それは凄まじい速度で勇一の目の前に落ちた。

 イノシシの片方の牙は突然降ってきたなにかに砕かれた。流石にたまらず狙いを反らし、彼の左にそのまま走り抜け、太い木の幹に激突した。

 勇一は恐る恐る目を開く。取り敢えず身体は無事なようだ。無くなっているものはない。

 視線を落とすと、飛来物の正体があった。

 地上に露出した木の根を裂き深々と地面に刺さるそれは、鉈のような剣。この剣には見覚えがある。


「ユウ!大丈夫?」


 全身泥だらけのサラマが駆け寄ってきた。

 見たままから思うに、大分激しく動いたのだろう。しかし、息ひとつ乱れていない。彼らが普段着のかわりに身につける装飾品がいくつかなくなっているくらいだ。


「ああ、取り敢えずは、大丈夫。…なにも、なにも無くなってない。手足も、無事だよ」


 対する勇一はゼェゼエと息を切らしている。

 はじめて経験する命の危機に全力で抗った身体は、これでもかと言うほど疲労を訴えていた。しかしそんなことが気にならなくなるほど勇一の目線を奪ったのは、サラマが持っている物だった


「サラマ、その剣はガルクの……。え?まさか…?」


 サラマの手には、ガルクの剣が握られている。

 ガルク本人が居ない、だが武器は彼女が持っている…。と言うことは…。

 なんて事だ、彼は確かに嫌なやつだったが、この短い日数の間受けた印象では感情に任せてやらかすやつではなかった。嫌なやつだったが、決まりは守る奴だった。嫌なやつだったが。


「バカなこと言わないの。ちゃんと生きてるわ。ちょっと借りてきただけよ。」


 はっきりと否定された。

 なんだそうか、それは良かった。うん、良かった。

 流石に嫌なやつでも、数日しか共に過ごしていない相手が死んだとして、それを喜ぶほど勇一は薄情ではない。

「良かった」と呟くとサラマの元に駆け寄った。


「あいつ、ここら辺の狩場を荒らし回ってたやつなんだ。散々仕止めようとしたんだけど、いつもあとちょっとのところで逃げられてたのよ」


 イノシシは首を振って身を震わせている。


読んでいただきありがとうございます


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