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10 不用心

「さぁさぁ! 一体どうやってその手でゴブリンどもを引き裂いたのか言わないか!」


「火か、風か? いずれすんげぇ力を使ったんでしょう」


「クンクン……うわ臭え! こりゃあ確かにあのクソどもの臭いだ……」


ルドという小さな町に一件しかない、これまた小さな酒場は喧騒に満ちていた。窓からは噂好きの住人たちが中を覗きこみ、中は中でオーダスカたちメフィニ劇団が派手な音楽をがなりたてている。

勇一は喧騒の中心で、熱気にやられた者や酷く酔った者に絡まれていた。


「ラトー、もっと派手に踊れ! 皆を巻き込むんだ! ターン、いいぞ! もっと明るい音楽を! ……ガージャとシュルテはもう少し抑えてくれ! 店のものを壊すんじゃないぞ!!」


オーダスカは皆を盛り上げる劇団員に指示を飛ばしている。彼は彼で大きなボトル片手に、時々酒場の主人と思しき人物と話している様子。双方の表情は明るく、酔っているせいか顔が赤い。少なくとも主人は迷惑ではなさそうだ。


馬車の前に集まって来たのは、噂を聞き付けた住人たちだった。地方の町は娯楽に飢えており、ゴブリンどもの襲撃から町を救ったという来訪者は、乱痴気騒ぎを行う口実に正にうってつけだったのだ。


「しかし、奴らの群れにたった一人で立ち向かうなんてぇ勇敢なんだか大馬鹿野郎なんだか」


「ええと、群れと言っても……」


「きっと凄い魔法で一瞬で片付けてしまったのさ!」


実のところ勇一の行動に興味があるのは彼を囲んでいる数人だけで、酒場にいるほとんどは酒を飲んで騒ぎ立てられれば何でも良い連中だった。


「ねえねえそれで?どんな魔法を使ったんだい?それともその剣でぶったぎってやったのかい?」


顔を真っ赤にした中年の女性がアハハと豪快に笑う。


「聞けば、大地を覆う程の数だったというじゃないか!?」


「い、いやどうやってとか……ええと」


噂は尾ひれがつき、いつしか巨大に育っていた。いつの間にか彼はゴブリンの大軍をその身一つで殲滅したことになっていたのだ。そういう事になっているとはつゆ知らず、宴会の席で突然そんな扱いを受けた時の彼の驚きと戸惑いは言うまでもない。

そして皆が皆そんな絡み方をするものだから、とうとう我慢のできなくなった勇一が洗いざらい白状しようとした時だった。


「み、皆さん。実は俺、魔法は……」


――だめだよ。


耳鳴りがするほどの喧噪の中、深く落ち着いた少女の声が確かに聞こえた。そして彼はこの声に聞き覚えがあった。思わず椅子をはね除けて立ち上がり、辺りを見渡す。近くの住人たちは怪訝な顔をして彼の顔を眺めた。

ぐるりと酒場を見渡す。目にうつるのはことごとく褐色の肌を酒で赤く染め、やたらめったらに騒ぐ男、女、男、男、女、男、女…………。

その中にほとんど動きの無い人影を認める。すっぽりと上半身を覆うローブからカップを持つ手だけを出してこちらを見つめる少女。


「アイリーン!」


その名を呼ぶと少女は立ち上がり、すぐ後ろの正面出入口をくぐり酒場を出た。室内にぎゅうぎゅうに詰まった人々を押しのけ追いかけるように彼も外に出ると、明かり一つない通りが眼前に現れた。

外から中をのぞく者や外壁に寄り掛かって寝る者以外に人物は見当たらず、自分の見間違いだっただろうかと振り向くと


「こっち」


頭上からあの声。見上げると酒場の店先からせり出した屋根の上から、プラプラと揺れる二本の棒……否、脚だ。アイリーンはいつの間にか、梯子でもないといけない場所に座っている。

呼ばれた彼は道具もないのにその場所へどうやって行ったのか疑問に思いつつ、隣の家屋の壁等ををつたいどうにか彼女の座る場所にたどり着く。そこに彼女はいた。

彼女は串に刺された肉を頬張りながら、二つあるカップのうち一つを差し出す。つまり座れということだろう。


「アイリーン、今までどこに? ずっと皆に絡まれて大変だったんだけど」


「ラシアタの所。食事とか……置いてきた」


相変わらず言葉少なめに話す口元が、月明かりに照され幻想的に見える。

行き違いになったのか、とカップを受け取った勇一は理解した。

そして隣に腰掛けながら不躾に質問を飛ばす彼を邪険にすることなく、アイリーンは素直に答えた。


「注目されるのは、好きじゃないし。だから身代わりにキミを」


「俺を生贄扱いするなよ……」


つい先日、サラマから「旅先で目立つのはよくない」と言われたことを思い出す。余計なことを呼び込まないためには、目立たないことが一番なのに。

アイリーンは一口だけ飲むとまた肉を頬張り、星空を見上げた。口数少なく答えるのは、彼女の性格とその手に持った串焼き肉を食べるのに忙しいからだ。

そんな彼女の横顔を眺めつつ、ふと浮かんだ疑問を口にしてみた。


「『だめだよ』って、どういうこと?」


「ひみふぁふこひ」


「ああ、飲み込んでからでいいって…………」


口を挟む間が悪かったなと反省しつつ、勇一は彼女が口内を空にするまで待つことにした。


もぐもぐ。


もぐもぐもぐ。


ゴク。


ぱく。


もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ。


ゴク。


グビ。


メリ。


もぐもぐもぐもぐもぐ…………。


「…………」


結局その手に持った二本の串焼き肉が消えるまで、勇一は待つことになるのだった。



***



「キミ、不用心だね」


「不用心?」


「そ」


「…………」


祭りの様な喧噪を足元に感じつつ、勇一は彼女の言葉の意味を考えた。確かに、目立たない方がいいという心掛けを失念していたのは失敗だったが、それ以外にも手落ちがあったのだろうか。


(そういえば……)


彼女の声は、彼が魔法を使えないことを白状しようとした時に聞こえてきた。ひょっとしたらそれが悪かったのかもしれないと思い、答え合わせをしてみる。


「魔法を使えないって言おうとしたこと……か?」


「使えないの?」


「……あっ」


「不用心」


「確かに……」


「普通は、他人に自分が使える魔法の属性を教えたりしない。そこに住んでる人ならともかく、私たちみたいに旅を続ける者の情報はできるだけ出さない。でないと……」


彼女は十五歩程度の幅の通りを挟んだ向かいの家屋に、先ほどまで肉を貫いていた串を投げた。それはほとんど一直線に飛び、窓を塞いでいる木の板に軽快な音を立てて突き刺ささる。相変わらずその表情はほとんど動かない。


「こうなる、かも」


「はぁー……気を付ける。ありがとう」


自虐のため息をつきながら、すんでの所で止めてくれた彼女に感謝した。

珍しく饒舌な彼女の説明はもっともで、冒険者や傭兵や旅人というのは出来るだけ自分の能力を明かさないのが一般的だった。仕事上のやり取りをした者同士も互いの秘密は守るし、秘密を守らない者がどうなるかは言わずもがな。

勇一のように魔法が使えず、剣の実力も素人であることは絶対に晒してはいけない情報だろう。


「だとしたら、難しいな……」


「?」


「アイリーンには言ってなかったっけ。俺、人を探してるんだ」


「ふぅん…………報復ね」


「な、なんでそれを…………あっ」


「ほら、不用心」


またも晒してしまった醜態に、勇一はぐうの音も出ない。そして彼女の話が本当であれば、目的の達成まではかなり厳しい道にならざるを得ないことに気付き、彼は頭を痛めた。

情報が基本的に出回らないという事は、当然特徴を頼りに人を探しづらくなるということ。早くもこの旅が暗礁に乗り上げたのかと頭を抱える彼に、アイリーンは変わらぬ口調で声を掛けた。


「キミの表情は、とても分かりやすい」


「……アドにも言われた」


「そんなに悲観することは無いよ。……お金で買えばいいじゃない」


「…………」


「いい仕事にはお金が払われる、いい情報にも…………。今まで知らなかったの?」


若干責めるような口調に感じ、彼はあまりの情けなさに泣きそうになった。あの村にいた時はそんなことを教えられなかったし、知ろうともしなかった。今はそんな怠慢の結果が返ってきているのだろうと無理やり納得し奥歯を噛みしめる。


「あまり気にしないで。私も似たようなものだったから」


「え? それってどういう…………」


「キミと同じ旅人で、劇団に同行させてもらってる」


今まで勇一は、アイリーンはメフィニ劇団の一人だと思っていた。彼は少しだけ身を引いて、彼女の全体を改めて見てみる。なるほど確かに、身なりが他の劇団員よりも小綺麗にまとまっている。


「劇団員じゃなかったのか……ええっと、どこから?」


「アイリーン! ユウ! やっと見つけた!」


勇一の疑問を遮り、下から聞き覚えのあるはつらつとした声が飛んできた。二人で同時に階下をみやると、少女が手を振っている。


「アド、ラシアタはどうしたの?」


「お母さんは寝ちゃったから、私だけで来たの」


「こんな時間に? 危ないって……」


「あら、ユウたちは危なくないっていうの?」


年端も行かない子供は夜は家にいるものだが、それは勇一の世界での話だ。目下の少女は二人の元へ行こうと、彼の通ってきた壁に足を掛ける。と、アイリーンが屋根から飛び降りた。身軽な彼女はしなやかに、音もさせずに着地した。


「ほらアド。……ユウ、ちゃんと受け止めてね」


「アイリーン? きゃあ!」


アイリーンは少女を抱き上げると有無を言わせず上に放り投げた。それは寸分の狂いもなく勇一の膝の上に着地する。ほんの一瞬とはいえ、有翼種以外で空を飛ぶなどそうある経験ではない。


「あ、あぶな…………っと!」


「ん、よくできました……っと」


アドの身体を包むように受け止める勇一。腕の中の少女は突然の事に身を縮ませ、茫然としている。ほどなくして地上にいたアイリーンも飛び上がり、元の場所に着地した。


「…………」


「アイリーン、いくら何でも……」


「手っ取り早い、でしょ」


「アドがすっかり固まっちゃったじゃないか! アド……アド?」


「…………」


少女は腕のなかで、まるで懐かしいものを見るように彼の顔を眺めている。いつまでも静かな少女の表情をみていると、突如勇一の頭の中に見覚えの無い風景が流れた。


(あれ、これどこだ…………雨? 森?)


ぐらりと重くなる頭。

彼が覚えているのは、そこまでだった。

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