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7 勇気と無謀-1

 自らを宙に放り投げた勇一は、次に足から地面に着地する……いや、慣性のままに前のめりに倒れ、転がり、全身を満遍なく地面に叩きつけられた。


「痛っ……たいな! くそっ!」


 まとわりついた埃を掃わずに立ち上がると、即座にマナンを抜く。それは相変わらず羽のように軽く、彼の様な素人でも振るいやすい。

 彼に向かって猛進する七匹のゴブリンども。その全ての目は、勇一という哀れな肉の塊に向いている。

 だが肉塊とてただやられるわけにはいかない。真っ直ぐに向かってくる一番近いゴブリンを見据え、マナンを構えた。

 具体的な策があるわけではない……むしろ考る前に彼の身体が身体が動いていた。ゴブリンどもの脅威はその脳裏にこびりついており、それらからオーダスカ達を守りたくて思わず飛び降りたのだ。


「……七匹、か」


(奴らは『群れ』というより、『個の集合』だ。連携して事に当たる、なんてことはしない)


 竜人たちが亀裂で戦っているのを見たときに彼が感じたこと、それは奴らの動きについてだった。あの戦いの最中で冷静な思考などする余裕は無かったが、時間をおいて記憶を見つめなおしてみると奴らの行動の単純さが浮き彫りになった。


(自分より何倍も大きな竜人に躊躇いもなく飛び掛かったのを見ると、『様子を見る』とか『仲間を待つ』ようなこともしない。だから対処自体は簡単な方なんだ……多分)


 勇一の目は一番近いゴブリンから離れない。当然他の奴らにも注意を払い、七匹全てが視界に入るように立ち位置を調整する。

 徐々に近づく複数の足音は耳を焼き、影が大きくなるなるにつれ鼓動は胸を強く叩き身体は拒否反応を示す。

 構えるマナンの剣先は震え、いつの間にか呼吸が浅くなっていた。


(だけど、対処がわかったところで実際にやるとなると訳が違う……!)


(ああくそっ、一人で七匹なんて馬鹿じゃないか!? なんで飛び降りたんだ! …………けど!)


 彼の頭の中には無理やり燃やした闘争心と、ほんの少しの後悔……だが行動を起こすにはそれで充分。

 そうこうしている間にゴブリンどもは勇一を射程に捉えた。涎を垂らしながら牙をむき出しにして、遂に先頭の一匹が跳躍する!


「……っこの!」


 凸凹の地面に足をとられないよう一歩分だけ身体を横にずらした。と同時に今まで自分がいた場所にマナンを掲げる。

 最初に跳んだ先頭のゴブリンはその勢いのままにマナンに当たり、そして何の抵抗もなく二つに裂けた。

 瞬時に断面から吹き出した汚い色の血液が、数滴彼の頬に飛ぶ。


「まだっ……!」


 一拍置いて地面を蹴った後続が、土と垢にまみれた爪で掴みかかろうと手を伸ばす。勇一がさらに回避しようとするとその足は驚くほど良く応えた。掲げていたマナンを引き寄せるように払うと、弧を描いた剣先はゴブリンの指先と頭の上半分を飛ばし二つ目の死体を生み出した。

 彼が受けた剣の鍛錬と言えば、決闘の為にジズ・ジルズが付き合ってくれたたった十日間だけだ。しかし、柄の握り方や足さばきの初動、注意するべき場所……例えほんの僅かだったとしても確実にそれらは彼の中に積まれている。


「あと五匹…………うわっ!!」


 しかし所詮は素人、良い反応で地面を蹴った彼の足は着地に失敗した。もり上がった土か小石に躓き、無様にも転倒してしまう。

 まるで待ってましたと言うかのように、残りの五匹が一斉に跳んだ。

 経験の浅い勇一はつい転倒した痛みに気を取られ、一瞬今が戦闘中であることを失念してしまう。自分の置かれた状況を思い出した時には、すでにゴブリンどもはその黄ばんだ爪を彼の目前に突き出していた。


(…………俺……ここで、死ぬ?)


 死を覚悟することも、後悔することも出来ないわずかな時間……だが彼はマナンを握る手に力を入れた。

 今剣を振ったところで間に合う訳がない。しかしその手は最後まで諦めなかった。

 彼が助かるには、自らが剣を振るよりも速くゴブリンどもを退かさなければならないのだが……そんなに都合よく彼を助ける出来事や人物などいるのだろうか。


「その剣、飾りじゃなかったんだ」


 いた。

 彼の耳に、周囲の雑音を無視した声が入り込む。

 時間がゆっくりと流れるなかで、彼は視界に侵入する何かに気付いた。地面とほぼ水平に飛んできたそれは、空中に横一列で並ぶゴブリンどもの一番端の個体に激突する。

 飛んできたそれは……跳び蹴りだった。


 バキッ


 はっきりと骨が砕かれる音を彼は認識した。そして跳んできたそれは、そのまま残りの四匹を巻き添えに弾き飛ばした。たった一撃の飛び蹴りで。

 風に舞う銀髪が一瞬視界を埋め、そして蹴りを放った人物はしなやかに着地した。

 蹴りをまともに食らった哀れなゴブリンは顎が砕かれ、頭は後方に回転した。

 着地した人物はすっくと立ち上がり勇一の方へ振り返る。長めの外套に包まれた上半身が正面を向くと、黄金の瞳が彼を映した。


「立てる?」


「アイリーン! ……どうして!?」


「話は、こいつらを片付けてからにしない?」


 勇一は、無表情の彼女が差し出した手を掴む。するとおよそ同い年の少女とは思えない力で引き起こされ、そのまま腕が引き抜かれるのかと思った。

 痛みが走った肩をさすり勇一は呟く。


「いたた! なんか、前もこんなことがあったような……」


「ほら、来るよ」


 抑揚の無い声……既にアイリーンは勇一を見ていなかった。勇一も残りのゴブリンどもの方へ視線を移す。彼が二匹、アイリーンが一匹を始末し残り四。彼女の飛び蹴りを見た勇一は、今回は生き残れそうだ、と何となく思った。


 ガアアアアオアアアアアアァァァ!!


 突如の耳をつんざくような咆哮に、勇一は身をすくませてしまった。明らかに体毛が濃くゴブリンと比べて大柄な個体がいる。犬の様な頭と血走った眼は、まもなく闇に包まれる大地にあって赤く光っていた。


「コボルト。あれは任せるね」


「えっ、ちょっ!?」


 勇一の返事も待たずに突撃するアイリーン。地面を蹴った彼女は空中で前転、そのまま全体重をかけた両足で相手の脳天を割り、あっという間に奴らの数を一つ減らしてしまう。

 華奢な見た目からは想像できない豪快な戦いぶりに彼は呆気にとられたが、逆に身体の内から熱いものが広がる感覚を覚えた。


(アイリーン、無茶苦茶するなぁ……よし!)


 ほんのわずかな時間離れていた目線をコボルトに戻す。アイリーンから勇気をもらったからか、呼吸も鼓動も安定していた。

 犬のような頭の怪物は赤く眼をギラつかせ、八つ当たりをするように拳を地面に叩きつけている。その姿は勇一の知っているゴブリンとはまた違う印象を抱かせた。


「お前は……他とは違う」


「ウオッウオッウオォーー!!」


「待つことを知っている……!」


 他とは違う。獲物へ一直線に向かって行く今までのゴブリンとは違い、コボルトは勇一の様子をうかがうことができる様だ。あるいは『この』コボルトが。その双眸は一時も彼から離れず、アイリーンに脳天を砕かれたゴブリンが短い断末魔を上げてもそちらを見ようとすらしない。

 涎をまき散らしながら勇一を威嚇する様は狂犬そのものだ。


「『待て』ができるなんて、本当に犬みたいだな」


 勇一としては自身の緊張を解すためか、あるいは単純に覚えのある動物に例えただけだった。しかしその若干小馬鹿にしたような態度をコボルトは感じ取ったのか、一層強く拳を地面に叩きつけ頭を狂ったように振り回しだした。

 それは身体にかかる負荷など無視するような力で、やがてその拳からは血が流れ始める。そして我慢ならなくなったのか、ついにコボルトが走り出した!


「ウオオォォ――!!!!」


「!!」


 勇一は迫りくるコボルトとの距離を見極め、マナンを突き出した。

 コボルトは大柄とはいえ、それは『ゴブリンと比べて』にすぎない。どちらも背丈は彼の胸の高さに及ばず、必然的に腕の長さも違う。つまり攻撃範囲は圧倒的に勇一が有利なのだ。

 そして一人と一匹は、正面から激突した。


「ゴブリン……本当に、汚いな」


 アイリーンは既に二匹目を地に倒し、すかさずその脛椎を踏み砕く。

 小枝を折るような小気味良い音がわずかにした後に動かなくなったそれを蹴りあげ、なおも向かってくる別の二匹の片方に当てた。

 蹴りあげた足はそのまま天高く昇り、間髪入れず稲妻の如く落ちてきた踵によって三匹目の眉間は陥没した。


「ん、おわり」


 同族の死体の下でもがく最後の一匹を踏みつける。踏まれた頭部は衝撃で地面に半分ほど埋まり、やがて殻を割るような音と同時にもがくのを永遠にやめた。

 彼女の戦闘はわずか十秒程度で終わってしまった。

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