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5 道中にて

 昼食には早い涼しい時間帯。メフィニ劇団は北にあるらしい街を目指して軽快に馬車を走らせる。

 その手綱は団員の一人であるガージャが握っている。張られた幌の上にはハーピィのラトーが寝そべり、羽を広げた身体全体で太陽を浴びていた。

 幌の中に居る者たちはというと、ターンが楽器で奏でる音色に皆聞き入っている。時々尻を突き上げる衝撃すらも楽しんでいる雰囲気で、鼻唄をうたう者もいた。


「やっぱり、私たちが珍しいかい?」


 口を開いたのはオーダスカ。彼は馬車内の半分を占有する荷物に寄りかかり、幌を通して入る日光で本を読んでいた。その肩には彼よりも背の高いラシアタが頭を預け、一緒に本を眺めている。端から見ると仲睦まじい夫婦だ。

 そんな二人を何となく眺めていた勇一は、不意に掛けられた声にしどろもどろになってしまう。


「え?あ、ああいやその……とても仲が良さそうだなぁ、と…………」


「ふふ……まぁ私たちは、少し変わっているかもしれないわね」


「……?」


 変わっている。勇一はラシアタの出た、自虐を含んだ言葉の意味が理解できなかった。疑問符を浮かべた勇一の視線と顔を見て、オーダスカは呆れたような表情をしてページをめくる手を止めた。変色して年季が入り、何度も読まれたことが容易に想像できる本を閉じて膝に置く。


「まさか本当に、珍しいとか変わっているとか思っていないのかい?」


「? はい……」


「はは、みんなが君みたいだったらな……」


 呆れの表情を何割かに、オーダスカは静かに漏らした。皮肉ではなく本気でそう思っているらしいことを勇一は感じとった。


「私たち劇団は大陸のあちこちを回っているが……どこに行っても疎外感を感じるんだ。それでも旅を続けられるのはラシアタとアド、そして団員の皆のおかげさ。本当に、 感謝してもしきれないよ」


 アイリーンは膝を抱え、別の団員に寄り掛かって寝息を立てている。毛むくじゃらの大きな団員は、彼女に寄り掛かられてもまったく気にしている様子はない。

 ターンが奏でる心地よい旋律があるとはいえ、地震のように揺れる馬車でよく眠れるな……とマナン抱いた勇一は感心すらする。

 するとオーダスカに寄りかかっていたラシアタが口を開いた。


「そうね……私たちの旅は、決して楽なものではなかったわ。

 もしかしたら、苦しい時の方が多かったかもしれない」


「……」


「でも、あなたと一緒にいて幸せじゃなかった時なんてないわ。今は特に、ね」


「ははは、私も同じさ。今までもこれからも、ずっと幸せだよ」


 ……二人は人目もはばからずいちゃつき始めた。

 自分が入っていい雰囲気ではないと察した勇一はこれ以上二人に関わるのをやめ、アドリアーナの方へ視線を移した。



 ***



 馬車の後方。一人幌から出て足場に座り、後方へ遠のく景色を眺めているアドリアーナがいた。


「アドリアーナ。両親と一緒にいなくてもいいの?」


 勇一も大人ではないが、そんなことを棚に上げて声を掛ける。

 オーダスカとラシアタのいちゃつきぶりときたら、勇一と同年代の男女がやるようなそれだ。団員たちは気にしている様子はないが、それはつまり、二人の姿はあれが通常なのだろう。

 今あの夫婦の事を話すのは悪手と言わざるを得なかったが、話題のない彼は――特に話さなければならないわけでは無いのだが――どうにかアドリアーナと話すきっかけを作ろうと必死だった。


「子ども扱いしないでよ」


 子ども扱いを嫌うアドリアーナににらまれた。彼女は少しだけ尖った視線をすぐに戻し、小さくため息をつく。


「別に。私はここが一番落ち着くの」


 ツンとした態度だったが、その言葉には一抹の寂しさが含まれていた。

 馬車は一定の速度で走り、どんどん景色を遠ざけていく。


「二人とも私が産まれる前から旅をしているんだもの。あの年齢(とし)でも仲がいいなんて、結構なことじゃない」


 二人とは対照的にアドリアーナは若干さめた態度で淡々と話す。

 そんな彼女の周囲には、内容のわからない記入しかけの紙が巻かれたもの、羽の筆記用具、インク壺……。ゴトゴト揺れる床の上で踊るそれらは、途中で投げ出されたものだということが一目でわかる。


「やらなきゃいけない事があるんじゃない?」


「…………休憩中、なの」


 今度はばつが悪そうな表情で言葉が先細る。

 なんだ、やっぱり子どもじゃないか。アドリアーナも大概分かりやすい……勇一は彼女に見られないようにそっと口元を隠した。


「今、失礼なこと考えてない?」


「……そ、そんなことないって」


 勇一の隠された口元を見透かすように、真っ黒な瞳が向けられる。

 やはり何か魔法を使っているのだろうか……彼は思わず目をそらしてしまった。


「言っておくけど」


 向けた目線はそのままに、今度は突き放すような口調で話す。


「お父さんはアンタを連れていくって言ったし、アイリーンもなにも言わないってことは大丈夫だと思うけど……私は、まだアンタを信用した訳じゃないからね」


 彼女はこの歳で芯が通っている。親が良しとするから、友達が大丈夫だと言うから……だから自分も、という性格ではない。

 きっとゴーストも実際にその目で見なければ信じないだろう。


「信用してくれ、なんて言葉は好きじゃない。行動で示すのみだ」


「ん……そうあって欲しいものね」


 彼らとはそれなりの付き合いになるかもしれない。ならば、信頼は何より大切なものとなるだろう。アドリアーナはふふと笑うと、細い足を振り上げて馬車内にもどり、放置していた巻き紙を拾い上げた。


「それ、何が書いてあるんだ?」


「……お父さんから出された問題。次の街につくまでに解いておきなさいって」


 つまりは宿題である。文字はわからないが、その特徴から何となく数学ではないかと勇一は予想した。


「俺も手伝うよ」


「数がわからないのに、計算ができるの?」


「まぁ得意というわけでは無いけど、それなりに出来る……と思う」


「……じゃあ」


 謙虚な態度で挑んだ勇一だったが、十一というアドリアーナの年齢から、彼はそれほど難しくないものだろうと踏んでいた。

 巻かれていた紙。それは複数枚からなる物のようで、二枚目、三枚目には図形が描かれている。

 少女はあどけなさの残る声で読み上げた。


「えぇっと……二枚目にある通り、円の中に大きさの違う複数の円が……」


「……」


 文章が読まれていくにつれ、勇一の顔色が変わる。

 それは、彼の知らない概念の問題文であった。


「『一番の円』の直径は『三番の円』の三倍……」


「…………?」


 実のところ、勇一はこの世界の技術力や文明を侮っていた節があった。知っている技術や法の無い世界は自分と比べて劣っていると、根拠のない思い込みをしていた。

 そんな下らない無意識の優越感は、木っ端微塵に打ち砕かれる事となる。

 アドリアーナが問題を読み終わっても彼はその内容すら理解できず、しばらくは回転する車輪の音が耳を素通りしていった。


「あの、ユウ? わからないなら『わからない』で、いいじゃない?」


「ん、んんん…………」


 固まる勇一。しかし時間は止まらない。

 年下の少女から向けられる哀れみに満ちた視線に耐えられず、無様な勇一は言いようのない敗北感を味わうのだった。


 そして日が落ちる直前、メフィニ劇団は小さな街に到着する。

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