3 ガルク
「姉さん!!」
そんなはずはないのに、木々が震えた気がする。
あまりの声量に勇一は反射的に身を縮めてしまった。怒号の方を見ると、サラマと同じくらいの体格をした黒い鱗の竜人が立っていた。
大きな剣を片手に、ドカドカと二人に近付いてくる。
まるで壁がせまって来ているかのようだ。
「ガルク!何でこんなところに!?」
サラマの問いに答えは帰ってこなかった。
ガルクと呼ばれた黒い鱗の竜人は、今にも斬りかかってきそうな剣幕だ。
血走った眼はサラマだけを見て、勇一を見ることもない。
「まっ、待ってくれ!落ち着いて話を…っ」
勇一は二人の間に割って入ろうとしたが、直後、首筋に冷たいものを感じた。
比喩などではなく、一瞬のうちに彼の首にはあの鉈のような剣が当てられていたのだ。
「貴様には話していない!下がらないと斬る!」
見上げる程の高さがあるのに、はっきりと荒い鼻息を感じる。
本当に首をおとされそうな気迫だったので黙って頷き、震える脚にどうにか気合を入れてその場から下がった。
ガルクからは真っ黒な感情が叩きつけられるように感じられる。
「朝起きたら2人ともいないわ、親父は何も教えてくれないわ!ドウルを締め上げてようやく聞き出せばこんな所で…!」
ドウルと言うのは、勇一に古くなった網をくれた漁師だ。
「ガルク、まずは落ち着きなさい。客人に剣を向けるなんてどうかしてるわ!剣を下ろしなさい!」
ガルクの行動を見てサラマは声を上げた。怒っている。気のせいか、焦げた臭いが鼻をついた。
勇一は下がったは良いが、未だにガルクの剣は彼を向いている。
1.5mはあろうかというその剣は、よく見ると切先に行くにつれ段々と太く作られていた。
重量もさることながら、そんな大剣を片手で持ち勇一に向けたままピタリと止めた状態を維持できるガルクの筋力は相当なものだ。
鉈のようなそれが一気に振り下ろされれば、生半可な盾や鎧ならそれごと両断されてしまうだろう。
「落ち着けるわけ無いだろう!?得体の知れない奴を受け入れて、あまつさえ自由に行動させるなんて!まだ何日も経ってないのに、皆コイツに甘すぎる!」
「ガルク!!」
また、周囲の木々が震えた気がした。元が近い分、肺の中の空気が揺れる。
今ははっきりと感じられる焦げ臭ささはさらに増し、鼻の奥を痛めつける。
本能が命の危機を勇一に告げた。このままでは…ヤバイ。自分に向けられたものではないのに、彼自身に聴こえるほど心音は唸りをあげ、呼吸は浅くなった。
ガルクも同じものを感じ取っているのか、勇一に向けられた剣が僅かに震えているのが見てとれた。
「まずは、剣を、下ろしなさい」
一言々々、警告するかのようにゆっくりとサラマは言った。
「……っ、わかっ、たよ」
ガルクはようやく勇一に向けた剣を下ろした。
すると焦げ臭さは消え、彼女は勇一と話していたときのトーンで話し始める。
「それでよし。いい?私達はゴブリンやコボルトのような魔物ではないの。やつらと違って、矜持や礼節を持っているわ」
話す彼女は少しばつが悪いといった表情で続ける。
「私もユウをはじめて村の外に連れていくのが楽しみで、あなたに話すのを忘れていたのは悪かったと思ってるわ。…少しね?でも……」
こんこんと説教をはじめた彼女の前で、ガルクはわかりやすくシュンとしている。
その様子は、正に叱られている子どもを連想させた。
「……それと、最後に言わなきゃと思ってたんだけど」
「?」
「受け入れたのは私達だけど、招き入れたのはガルクよね?」
「……あ」
勇一が焚き火の元に落ちたとき、彼を保護したのはガルクだった。
彼はそのまま勇一を抱え、仲間と共に集落に連れ帰ったのだ。
だが、初日から何故か勇一はガルクから目の敵にされている。理由のわからない敵意は勇一の心を疲弊させていた。
「いや…まぁ……、そ、そりゃあそうだがよ!だがな!」
「父さまが誉めてたよ。自分の感情より村の決まりを優先するなんて、アイツも成長したなぁ…って」
「えぇ、そう?へへ…そりゃあ……って違う!」
こうしてみると、サラマは自分のペースに巻き込むのが上手い。
まさか計算尽くでは無いだろうが、彼女の魅力の1つである。
「俺が言いたいのはな、もっと尋問とかしたらどうなんだって事だよ!あんな所に1人でいたなんて怪しすぎるだろう」
「調べるもなにも…あの妙な服装以外何も持ってなかったじゃない。貴方も立ち会ったでしょ?」
「…まさか姉さん、異世界から来たって話を信じてるのか?」
「……」
……!
………
…!?
………。
サラマとガルクは勇一がそばにいるにも拘わらず、言い合いをはじめた。自分のことで喧嘩をする2人をみて彼はいたたまれなくなった。
彼等の様子は先程とはうってかわって、まるで姉弟喧嘩のそれだ。見ようによっては微笑ましくもある。……見ようによっては。
だが彼は2人の間に入ろう等とはもう考えなかった。サラマの見えない所で、ガルクが拳を震わせているのが見えたからだ。
相変わらず威圧的な目で時々こちらを見てくる。2人の会話を邪魔しようものなら、勇一の頭の近くにあるその拳が飛んでくるだろう事は武道の心得のない彼ですらなんとなく予想がつく。
流石にそれはサラマが許さないだろうが、勇一には気力は残されていなかった。
勇一は小さくため息をつくと、2人に背を向けて空を眺めた。
残っていた果実の最後の一つを口に放り込む。
昼を過ぎた空は日陰を作り、涼しさを増していた。
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