五人の竜王のおはなし
夜は更けて、村は静寂に包まれていた。
あるものは巡回へ、あるものは道具の手入れをして思い思いの時間を過ごしている。
とある大きな家、扉をくぐってすぐの広間には石造りの大きな暖炉。そこにはそばにいられれば暖を取るには十分な火がひっそりと息づいている。
暖炉の前に敷物を敷いてうとうととしている影が一つ。それは読みかけの本を置いて壁にもたれかかり頭をゆらしている。
ふと、影が頭を起こした。だが立ち上がることはなく、家屋の奥に続く扉の方へ顔を向けた。
「眠れないのかしら?」
奥の部屋に声をかけると、少ししてひょこっと小さな影が姿を現した。それは小さな歩幅で暖炉前の影に近づき膝に寄り掛かる。
「おかあさん、おはなし、して?」
まっすぐに見つめる瞳は輝き、期待に満ち溢れている。お母さんと呼ばれた影はふふ、と笑うと小さな頭を撫でた。
「そうね……。それじゃあ今日は……『五人の竜王』のおはなしをしましょうか」
「やった!ぼく、そのおはなし好き!」
「しー、二人がおきてしまうわ」
大きな手の長い指が小さな口を優しく塞ぐ。静かになると、彼らに伝わる伝説を語り始めた。
***
むかしむかし、三人の女神の手によってこの世界は作られました。
作られた世界は、たくさんの生き物が地上でくらしていましたが、大空だけはドラゴンたちがしはいしていました。
ドラゴンたちはとてもごうまんで、きまぐれに地上の生き物から食べ物や住んでいる場所をうばったりしていました。
大空はドラゴンたちだけが支配していたので、地上の生き物たちはなにもできません、ただみているか、自分たちがおそわれないように祈るしかありませんでした。
しかし、三人の女神たちは違いました。
自分たちが作った世界で、あまりにもドラゴンたちが自分勝手にふるまうので、彼らに罰を与えました。
女神たちはその力でドラゴンたちの羽をうばうと、永遠に空へ戻れなくしたのです。
今まであったものが、とつぜん無くなったら……どう思かしら?
「う~ん、きっとかなしい!」
そうね……地上に落ちたドラゴンたちは最初はとても悲しんだわ……。怒りだすドラゴンもいた。
けれど多くのドラゴンたちは、今までの行為をくやんだわ。
これほどの罰を受けるなんて、自分たちは地上の者たちに、なんてひどいことをしていたのだろうと。許してくれるかわからないけど、せめてあやまりに行かなければ、と。
そこで今までしいたげてきた者たちに近づいたのですが……当然、みんなは逃げて行きます。あやまってもあやまっても、みんなはドラゴンたちを許してはくれませんでした。中には怒って石を投げる者もいましたが、ドラゴンたちは決してやり返しませんでした。
それならばと、ドラゴンたちは自分たちがむかしこわしたものを直していきました。地上の者たちのために穴だらけの大地を埋め、森に住む者たちのために種をまき、木を植え……山に住む者のために土や岩を積んで山を作りました。
次にドラゴンたちは、自らの大きな姿を捨て、身体を地上の者たちそっくりに変えました。大きな身体はみんなを怖がらせてしまうから、地上で一緒に暮らせるように小さくしたのね。彼らはやがて竜人と呼ばれるようになりました。
そして必要とあれば小さきものに背を貸して登らせ、争いがあれば一番にかけ付けて弱きものを守り……外からみんなを支配しようと敵がやってきたときも、自らの命をもって敵を退けることもありました。
そうして多くの竜人たちが、長い時間とともに命を散らせていきました。
最初は信用していなかった者たちも、竜人の長い長い……とても長いつぐないと行動のつみかさねを見て、やがて心を開いて行きました。
そうして遥かな時が過ぎ、地上の者たちが集まって街を作り、やがて一つの国ができました。竜人たちは決してその国には近づかず、遠く離れた洞窟の中で暮らしていました。
できたばかりの国にすむ民たちは、最初にこの国を治める人は誰がいいかを話し合いました。そして、五人の王様をえらんだのです。
この世の知識を教えた。
賢者ザーヴォルグ
生きる技術を教えた。
狩人ペイルダン
立ち上がる勇気と強さを教えた。
双子の剣聖、バルークとマナン
そして、常に省みることを教えた。
元咎人バルワト
なんと民が選んだのは、五人とも地に堕とされしドラゴン……竜人だったのです。
民は遥か遠いところにある洞窟へおもむき、竜人たちにこの話を伝えました。五人は最初こそ王様になるのを断っていましたが、民たちはあきらめず、何度も彼らに頼みました。
そして、守るべき民たちが選んだのなら……と、最後には五人とも王様になることを受け入れました。
みんなが五人を歓迎して迎え入れ、その国は何千年ものあいだ平和の時をあゆみました。
しかしあるとき、その国に巨大なドラゴンがやってきます。
一人だけ竜人になることをこばんだ、銀色の鱗をもつ「ヨル」というドラゴンです。
彼女は羽を失ってもなおそのごうまんさは失われず、女神たちへの怒りに燃えたドラゴンでした。
彼女はいいました。
「王たちよ、思い出せ! ドラゴンならば、地上を這いまわる蟲どもをともに恐怖でしたがえよう!」と
五人の竜王はこたえます。
「すでに私たちもその仲間となった。ならば仲間たちと協力していくことこそが正しきことだ」と
しかしヨルは納得しません。
「ならばこの蟲どもの国とやらを、私が恐怖で支配してやる!」
ヨルはたくさんの民を焼き、家々を破壊しました。
多くの悲しみに満ちた声が王たちの元に届き、そして王たちはヨルをなだめることをあきらめました。
かつての仲間を、自分たちの手でほうむることに決めたのです。
五人の竜王は戦いました。でも数千年の間力をためていたヨルはとても強く、なかなか勝負はつきません。
ザーヴォルグの炎の竜巻にあてられても、ヨルのあゆみは止まりません。
ペイルダンはヨルの胸めがけて矢を放ちますが、その矢じりがヨルの心臓に届くことはありません。
バルークとマナンが同時に剣で切りかかっても、ヨルの鱗は傷つきません。
バルワトが大きな槌をヨルの頭に振り下ろしても、彼女の頭の骨はその衝撃を受け付けません。
しかし五人の竜王たちはあきらめません。自分たちがやられてしまったら、守る者がいなくなった国と民たちがどうなるか知っているからです。
そうして戦いは百日間も続き、やがてさいごの時が訪れました。
竜王たちは辛うじていきていましたが、ヨルもまた百日におよぶ戦いで疲れ切っていました。
竜王たちはさいごの力をふりしぼり、疲れ切ったヨルを五人だけが知っている場所へと封印しました。
そして力尽きた竜王たちは、民たちに語りかけます。
「私たちは長き眠りにはいるが、ヨルはいつか必ず復活する。その時我々も目覚め、王の資格を持つものと戦うだろう。資格、すなわち……」
……あら?
***
「寝ちゃったのね……ふふ、いつもこうなんだから」
彼女は膝で静かに寝息を立てる我が子の頭を撫でた。いとおしそうに見つめるその目は、もはや愛するものを映すことはない。
それでも彼女は我が子の表情も、考えていることもわかる。広間を覗く二つの影があることも。
「二人とも、ガルクを運んでちょうだい」
陰から現れたのは夫と娘。夫は巨体を家具にぶつけないよう慎重に歩き、その足元を紅い鱗の娘が小走りでついて行く。
妻が抱いた息子を起こさないように受け取り、垂れ下がった長い尻尾を娘が支えた。
「あまり、遅くならないようにな」
「大丈夫よ。私はまだ、大丈夫」
「…………」
妻を見る夫の目は心配そうな、慈しむような感情がのせられている。息子を抱く方とは反対の手で妻の頬を撫で、妻もその手を握り頭を預けた。
「……昼に聞いたわ。ガルクは、明日ドウルさんに剣を教えてもらうそうよ」
「ははは、ドウルの奴なら安心して任せられるな。なんせあいつの剣を見切ったものなどいないのだから」
「そうね……ねぇ」
「なんだ」
「この子たちの事、お願いね」
「…………ああ」
夫はゆっくりと振り返り、広間を後にする。
尻尾を持ったままの少女もついていき、広間に静寂が訪れた。
「……ありがとう、あなた」
床に置いた本を手に取り、指先を走らせて本を読む。
「……母さま」
夫と共に戻ったはずの娘が彼女に声をかけた。その灰色の目はまっすぐに娘の母親に向けられている。
「なあに?」
「わたし、母さまのこと、大好きよ」
「お母さんも、サラマが大好きよ」
サラマと呼ばれた少女は前で指を組み照れくさそうに笑った。
(いつまで、この幸せを味わえるのだろう……)
母親は、自分が子どもたちよりもはるかに早く死んでしまうことを知っている。しかし二人の子どもは知らない。
「サラマもガルクも、お父さんも……みんな、大好きよ」
「えへへ、私も! それじゃあ、おやすみなさい……母さま」
母親の返事を待たず、少女は戻っていってしまった。静かな空間はほんの少しの暖かみを持って、残された者を抱き締めた。




