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22 不器用な結論

 五ヶ月前。

 思えばガルクとの関係の始まりは決して……いや、最悪のものだった。

 意図せず侮辱してしまった勇一が悪いとはいえ、突然首を折られそうなる所から始まった。



 ***



「さぁて勇一、アンタにはこの十日間ガルクとの戦いかたをみっちり仕込んだ。あとは結果を出すだけだ」


 村の中央広場。ファーラークやサラマを含む全ての竜人たちが見守る中、決闘が始まった。

 勇一は彼の腕の長さほどの木剣を持ち、ガルクがいる方を見据えている。ガルクは彼に背を向けて立ち、集中しているのかピクリとも動かない。

 十日の準備期間は、ひたすらジズをガルクに見立てた模擬戦で終始した。

 結局彼女から一本も取ることはできなかったが、ジズから多くの助言や立ち回りを教えてくれたお陰でニ撃までならどうにか避けるか受けるか出来るようになった。

 それ以上は相手の速度に追い付けないのだ。



 ***


 五ヶ月前。

 初めてサラマと湖に行ったとき、ガルクは周囲の木々が揺れるほどに怒った。

 ドウルは後から、ガルクが彼を締め上げたのは自分達が出掛けた直後で、直ぐに湖の方へ向かったことを勇一に教えてくれた。

 だがガルクが勇一たちを怒鳴り付けたのは、昼頃だったと記憶している。

 森の中で獣の声や足音を聞き分ける聴力を持ちながら、自分たちを探すのに手間取ったとは思えない。

 多分早々に自分達を見つけたが、様子を見ていたんだと勇一は予想した。



 ***



 ガルクは自らの武器を手にとり、振り返った。

 右手には勇一が持つものと同じくらいの長さをした木刀。そして左手にもったそれを地面に叩きつけるようにして構えた。

 ……突如勇一の目の前に切り立った「崖」が現れた。

 その崖は勇一よりも高く、垂直で、動く。それは木製の「盾」だ。

 勇一は目の前の盾に知識として覚えがあったのと、ガルクが初めて盾を使った驚きも相まって、思わず頭に浮かんだ言葉を口に出す。


「タ、タワーシールドぉ!?……ぐはぁっ!!」


 呆気にとられた勇一は、突如突進してきた崖のような盾を避けられなかった。

 それは屈んだガルクの胴体から足にかけてを完全に隠すほど高く、広い。土の魔法を使わなくとも尚彼の筋力は強く、そんな大型の盾を片手で軽々と振り回している。

 背後には堅牢な鱗を持ち、弱点ともいえる腹から首にかけた範囲への攻撃は、正面で構えた大きな盾が阻む。


「ユウ!大丈夫!?」


「大丈夫!っくそ、タワーナイトかよ……どうやって攻略したっけな!」


 口の中に滲んだ血を吐き捨て、ぶつぶつと向こうの記憶を探る勇一。そうこうしている間にも盾を構えたままのガルクは、ジリジリと勇一を村人たちで出来た円形の舞台の端に追い詰める。


 ――これは、まずい。



 ***



 三ヶ月前。

 勇一は時間をかけて、村人たちと打ち解けていった。村人たちと勇一との会話が増えて行くにつれ、ガルクの態度も軟化していくのをはっきりと感じた。

 少なくとも、邪険に扱われたり声を掛けても無視されることはなくなった。

 弓を教えてくれたこともある。……教え方が合わなかったが。

 それは明らかに、ガルクの考えそのものが変わり始めた証だった。



 ***



 何度目かの盾による殴打を避け、勇一はどうにか距離をとった。


 ――わかってはいたけど、長期戦はまずい。


 元々体力も筋力も向こうが上なのだ。ならば勇一の体力が尽きる前に勝負を決めなくてはならない。


 ――しかしどうしたものか……。


 と彼は思案した。

 ガルクに向かって左側に回り込もうとすると、当然木刀による攻撃が飛んでくるだろう。

 ならば盾を持っている方は?

 単純に考えて、武器がない方に飛び込めばガルクは対応できないのでは。


 ――やって、みるか!


 早速姿勢を低くし、ガルクの右側面に回り込むように走り出した。


「フン!」


 と、盾の陰からしなる丸太のようなものが飛んできた。勇一は目の前に迫ったそれを咄嗟に防御する。


「あ……っぶな!!」


 かろうじて木刀で受け、飛びのく。衝撃で木刀を取り落としそうになった。


「考えが甘いぞ勇一!オレがそれを思いつかないと思ったか!」


 竜人にあって勇一にはない物の一つ。

 根元は人の胴回りほどもあり、そして彼らの背丈よりも長い尻尾だ。

 堅牢な鱗で覆われた尻尾の攻撃は、一撃受けただけで勇一の木刀を軋ませ、持った手を痺れさせた。



 ***



 三ヶ月前。

 一月以上もの間悪夢を見続けた勇一は限界に達し、不注意から河へ落ちた。

 ドウルに助けられた勇一は天幕で寝かされ、翌日無事に目を覚ます。

 サラマのそばを離れようとしなかったガルクは、おそらく一睡もしなかったのだろう。

 わざと勇一をファーラークの元へ向かわせたのは、夢を見ていた勇一の寝言を聞いた彼なりに考えがあったからだ。

 タバサについての話を聞き、何故彼が勇一を嫌っているのかを知った。


 ――夢……そういえば悪夢は、ガルクに母親の墓前へ連れてこられた後から見なくなったような気がする。



 ***



「逃げてばかりいんじゃねえ!ちゃんと戦いやがれ!」


「ンなこと言ったって……よぉっ!」


 飛び退いた勇一の眼前を、空気を割って盾が通り抜けていく。

 どこから攻めても返り討ち。タワーシールドを構えているのがガルクでなくただの人だったなら、視界の悪さを利用した攻め方があったものの……。

 竜人の長い首は、すっかり身体を隠した盾から頭だけをのぞかせることができる。


 ――こっちが完全に見えているのに、向こうはほとんど頭しか見えない。そしてあれだけ高いと、届いても有効打にはなりえない……。



 ***



 一ヶ月前。

 亀裂から現れたゴブリンの群れをともに迎え撃った。

 いや、勇一は勝手に首を突っ込み、ほとんどそこに立っていただけという方が正しい。

 手負いのゴブリンに襲われたとき、ガルクは不器用だったとは言え勇一を奮い立たせた。

「不幸にも襲われ、そのまま命を落とした」事にも出来ただろうに……。

 ガルクは確かに「ユウイチ!」と叫んだ。彼はかたくなにそれを認めようとしなかったが、会話中の表情は今まで見たこともない程に柔らかかった。



 ***



 攻撃が届かないなら、当然届く場所にいかなければならない。


 ――死地に陥れて後生く……違うか。背水の陣、とも違うし。


 だが勇一の思考は澄んでいた。自分の今をどう言葉にしたものかと考える余裕があった。殺し合いではない、言わば「試合をしている」という感覚が、転生前の記憶を刺激したのかもしれない。今なら全てを思い出せるのではないか。そう思ったのだが……


「痛っつ……!」


 やはりあの時の記憶だけに霞がかかっていた。刺すような頭痛に足はニ、三歩よろめく。

 ガルクがそんな隙を見逃すはずはない。盾を左にずらし、地面すれすれに下げられた木刀の切っ先が空気を裂く。それは勇一の顔面に、腹を空かせた狼の如く襲いかかる!

 しかし木刀が初動を見せた瞬間、彼の脳内に勝利への道筋が稲妻のように走った。


 ――ここだ!


 勇一は突然訪れた好機に頭痛を忘れ、前方へ飛び込む。膝をつき、地面を滑走し、思い切り仰け反った直後、振り上げられた木刀が掠めた頬を僅かに裂いた。


 ――一撃目。


 狙うは木刀を振り抜いたせいで出来た、ガルクの胴体と構えた盾の隙間。



 ***



 十日前。

 ガルクに決闘を申し込まれた。

 いつもとは違う雰囲気をまとったガルクからは、自らの思い違いを切り捨てたいという考えが見えた。

 もしかしたら決闘が終わったら、ガルクと友人になれるかもしれない……そう思った勇一は、申し出を受けた。

 ガルクが勝てば彼の心の中のしこりは消えるかもしれない。ならば負けた方がいいかと言えば、それは違う。そもそもガルクは、そんな動きは簡単に見抜いてしまうだろう。

 亀裂での戦いで見せてしまった醜態を振り払いたいのもあって、勇一も本気で戦おうと思った。



 ***



 勇一の頬を裂き上昇したガルクの木刀は瞬時にに切り返され、急降下して襲い掛かってきた。

 そのまま受ければ勇一の脳天をかち割ってしまうのは火を見るより明らかだろう。

 脚全体を使って、ガルクの股下目指し滑走を続ける勇一。彼は一撃目をかろうじて避けた直後に、既に木刀を頭上に構え防御態勢に入っていた。

 周囲の村人たちが聞いた打撃音は、攻撃を受けた音ではない。叩きつける木刀と受け止める木刀がぶつかり合った音だ。

 ミシミシと音を立てながら、何とかガルクの二の太刀を受けきる。


 ――二撃目!


 この後があれば勇一は対応できるかわからない。だが幸いなことに、ガルクの股下へ勇一の身体全体が入り込んだ。木刀による三撃目が入ることはないだろう。

 そしてここから始まる勇一の、最初で最後の反撃はまさに決死のものとなる。

 彼はガルクの股下に潜り込むと、ほとんどの生き物が突かれれば激痛を感じるであろう箇所。……即ち足のカギ爪の根本に、間髪入れず渾身の力をもって木刀を叩き込んだ!


「痛っだああぁぁぁぁ!!」


 さしものガルクとてやはり激痛に耐えられなかった。彼は思わず打撃を受けた右足を振り上げてしまう。

 だがこれこそが勇一の狙った状況。振り上げられた右足を確認することなく、今度は全体重がかかった反対側の脚にすかさず掴みかかる!

 竜人特有の肉食恐竜のような脚は勇一には掴みやすく、持ち上げやすい。つまりは踏ん張りがきく。


「倒れろおぉぉぉぉ!!」


 勇一は気合いの掛け声とともに掴んだ脚をガルクの後方に押し倒す。全ての重さを預りながら均衡を失った柱は、倒れるが定め。


「うおあぁぁぁぁぁ!!」


 派手な土煙とともに竜人ガルクの大きな体躯は、その背を大地に打ち付けたのだった。


 ――……まだだ!


 村人たちが思わずあげた歓声を受けても勇一は動じない。

 まだ、倒しただけでは終わらない。彼の最後の追撃が待っている。



 ***



 そして今日。

 勇一とガルクの決闘は始まった。

 タワーシールドを構えたガルクが圧倒的有利に見えたが、勇一は村人たちの大半の予想を裏切ってみせた。

 圧倒的不利を覆し、勇一は見事ガルクと言う巨大な塔を倒すことに成功したのである。

 どちらが勝っても二人は満足するのだろう。馬鹿な男二人のぶつかり合いは、最終局面に達した。

 勇一は土煙舞う中に突入した。ガルクが体勢を立て直す前に勝負を決めるつもりだ。

 彼は倒れたガルクの脚を踏み台に飛び上がり、木刀を構える。狙うは急所の一点、即ち心臓。


 ――振るのでは駄目だ。最短距離を……突く!


 木刀を持った片腕を限界まで伸ばし上半身を捻り、目指すは心臓。その切っ先が触れようとした


 ――獲った!!……あぁっ!


 突如眼前に現れた木刀によって、勇一の意識は弾き飛ばされたのだった。

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