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20 冴えたヤりかた-1

 サラマ・フォーナー。

 九十才。

 竜人(ドラゴニュート)からすれば成人になったばかりの彼女は悩んでいた。



 ***



 私の頭のなかに最近、気が付けば彼がいる。狩りをしているとき、食事をしているとき、眠れないとき。


 今彼は何をしているんだろう。

 彼だったらなんていうだろう。

 今度はどんな話をしてくれるのだろう。


 つまらない日々を過ごしてきた私は幼少の頃、時々村に来る商人たちが大好きだった。彼らは大陸の色々な街の話をしてくれたからだ。私が商人たちと話をするのを見てガルクはあまりいい顔をしなかったが、それでも見たことも聞いたこともない場所の物語を聞くのは何もないこの村の唯一の楽しみで、彼らにとってみればありふれた風景や出来事であっても私の生活する世界を煌びやかに飾った。

 そうして聞いた話を母親にすると彼女も喜ぶので、私は商人たちが来ると一番最初に出迎えるのだった。

 しかし何度もきていた商人たちがある時から来なくなり、再び十年以上つまらない日々を過ごすことになる。


 ある日近くの森でガルクがブラキアの男を拾ったと聞き、期待と興味が膨らんだ。それが誰であれ自分の知らない世界から来た者なら、この単調な日常にわずかでも光を与えてくれるのではないかという縋るような感情もあった。


 男は上野 勇一(うえの ゆういち)と名乗った。聞けば異世界から来たらしいが、正直どうでもよかった。

 私は早速彼に向こうの世界の話をねだった。何度も、何度も……。

 彼は嫌な顔一つせず、求めるがままに話してくれた。見たことのない土地、文化、出来事、景色、全く知らない話を聞くたびに、私は商人たちの時とは違い身体が熱くなるのを感じた。


 あるとき彼は言った


「サラマの話も聞きたいな」


 ……戸惑った。自分の世界など、朝早く狩りに出かけ、森で採った木の実を食べた後に魔法の練習をし、日が沈んだら寝る。毎日がその繰り返しで、とてもではないが面白い話などあるわけがないと思っていたから。

 面白いことなど何もない事を伝えても、彼はどうしてもと引き下がらない。

 そこで私は、少し意地悪をしてみようと思った。つまらない話をすれば、彼が再び向こうの話をしてくれると考えた。

 そうして考えるなかでも、とびきりつまらない話を彼に聞かせた。こんな退屈な話をすれば彼はすぐ飽きてしまうだろうな、と思えるものを。

 しかし予想は外れ、彼は大いに興味を示した。

 私にとってみれば当たり前なことまで、彼は目を輝かせて知りたがった。自分の世界がこんなにも相手を喜ばせるものだと初めて知り、わざわざつまらない話を選んで話したことに罪悪感を覚えた。


「サラマと話すの、楽しいよ」


 まっすぐに見つめられて顔が熱くなるのを感じたが、その時はそれが何故かわからなかった。


 亀裂を前に戦っていたとき、彼は私を守りたいと言った。その言葉を聞いたとき飛び上がるほど嬉しかった。どうしてだろう……。

 しかしその時はあふれてきた自分の感情が理解できなかった。戸惑っているといつの間にか近くにいた彼の手が目に入り咄嗟に


「触らないで!」


 そして……



 ***



「あーちょっとまてサラマ。それ、まだ続くの?」


「えぇー?」


 ある日の夜、ジズが水車小屋で作業していた時だった。扉をそっと叩く音。物憂げに俯いたサラマが、眠れないからと訪ねてきたのだ。

 ジズは何となく嫌な予感を覚えつつも作業の邪魔をしないという条件をつけて中に入れてやったのだが、ジズが作業を再開して少しもたたないうちに「ねぇ、ジズさん」と話し始めた。

 人の話を聞かなくなるのは、彼女が何かに夢中になって周りが見えなくなっている時だ。産まれた時から彼女を見ているジズの予感は的中した。


 ――こうなっちゃあサラマは、ちゃんと聴いてやらなきゃ止まらないんだよな……


 と早々に観念し、彼女につきあってやることにした。



 ***



「なるほどねぇ……」


 彼女の話は長かった。まず間違いなく言えることは、サラマは上野勇一が好きだ。上野勇一の事をどれくらい考えているか、いつも何をしているのか、如何に一生懸命か……紅い鱗を更に紅潮させて恍惚(こうこつ)とした表情で語るのだが……あーだこーだと彼についての言葉は出てくるものの、肝心の「サラマは勇一をどう思っているか」を全く言おうとしない。

 ……いや、とジズは心の中で訂正した。言おうとしないのではなく、誰かに言ってほしいのだ。彼女の中では答えは既に決まっている。要は、誰かに背中を押して欲しいのだ、と。


 ――本当に、姉弟揃って面倒くさい性格だ。そこは父親(ファーラーク)に似なくていいものを……。


 ジズはファーラークとは幼馴染だ。百年前彼が戦争に参加するために、以前住んでいた村を出た時も一緒だった。

 彼からタバサについて相談されたときも「面倒くさい男だ」と思った。しかしそれも彼の良さだとジズは思っている。面倒くさい性格というのはつまるところ、相手のために多く悩んでやれる人ということだから。


「ようしサラマ。知っての通りアタイはまどろっこしいのは嫌いなんだ」


「?」


 だがジズは回りくどいことは嫌いだ。良いなら「良い」、いやなら「嫌い」とはっきり伝えた方が物事は円滑に進むことが多いと知っているからだ。サラマが誰かに背中を押して欲しいと望んでいるなら、(ケツ)を蹴り上げてやろうと決心した。


「要は上野勇一が好きで、手込めにしたいと。そう言うことだろう?」


「す……て、手込めっ!?」


「アタイになにか言ってほしくて来たんだろう?だから教えてやる。いいかいよく聞くんだ……」


 ジズは悪魔のようにニヤリとすると、思いつく限り過激な方法をサラマに伝授してやることにした。



 ***



 ――目の前のサラマは、本当にサラマだろうか。


 勇一は、朝早くから彼の天幕に訪れたサラマに刮目した。

 竜人は人間のように服を着る習慣がない。身につける装飾品がその役目をしているのだが……サラマが身に付けているのは、間違いなく「布」だ。腰と胸に巻かれたそれは、見ようによっては水着に見えなくもない。

 戸惑う勇一をよそに、顔を真っ赤にさせたサラマは器用に身体を丸め少しだけ間を空けて彼の隣に座る。長い首をしならせ勇一を見据えると、消え入りそうな声を絞り出した。


「ど、どうかな……」


「どう、って……」


 沈黙。

 竜人からすれば服とは装飾品の塊のことであり、布切れではない。その布自体は綺麗にしてあるものの特に高価なものではなく、むしろ古いものだという事が見て取れる。だが胸と腰に巻かれたそれにつけられた、金色にきらめく装飾品が勇一の目を引いた。


「これ、ね。母さまにもらったの」


 今まで彼が見てきた竜人たちの装飾品は、いづれもちょっとやそっとの衝撃や傷では壊れないように頑丈に作られていた。

 しかし今サラマが身に着けているのは、砂粒のような大きさの金の輪が連なって紐状になったものや、薄く緑色に輝く宝石のようなものが組み込まれていたりと、明らかに装飾そのものが目的に作られているように見えた。

 それは枝に引っ掛けただけでちぎれ飛んでしまうくらい細く、目が奪われる程に美しく、今のサラマの心を表しているかのようにか弱かった。

 巻かれた古風な布につけられた金細工は紅い鱗も相まって彼女を引き立て、その場の静かな空気は見とれる男と恥じらう女の距離を縮める。

 何より今までそんな経験がなかった彼女が、そういった「おめかし」をして勇一に会いに来たという事実はいっそう二人を近づけた。


「すごい……ええと、とても綺麗だ」


「ふふ、こっちが?」


 サラマは金の糸を爪ですくった。カギ爪に乗りたわんだ糸がゆらゆらと揺れる。


「いや、全部。……似合ってるよ」


「あうう……」


 再び沈黙。

 臆面もなく答える勇一に、恥じらうサラマの赤い頬が更に赤くなった。

 いつの間にか二人の間にあった隙間は姿を消し、勇一の肩とサラマの腕が触れ合う。


「成人になったんだね。おめでとう……。えっと、この前はごめんね?その……触らないでって」


 この前……亀裂の戦いが終わった後の事だ。その後はなんだかんだとサラマは彼に声を掛けられず、また勇一も成人式の事でサラマに声を掛けられなかった。そう、今の今まで二人の間に会話がなかったのだ。


「あはは、ありがとう。これが終わってもサラマは俺を避けるし、嫌われたのかと思ってた」


「き、嫌うなんて無いよっ!その、実はね……」


 必死に否定するサラマ、そのたびにゆらゆらと金色が揺れた。主張しすぎずかといって隠れすぎない金色の装飾品たちは、彼女のしぐさを飾り立てる。自分を初めて着飾ったにも関わらず、派手すぎないようにまとめたのは記憶の中にある母親の真似か、それとも彼女自身の感性か。

 彼女は勇一が成人の儀式を受けている最中、その家の前にいたことを話した。彼が儀式を受けると聞いていてもたってもいられなくなり扉の前で来たはいいものの、彼を突き放してしまった自分が中に入ってどうするか考えるとどうしても入ることができなかったことを。


「あぁ!なるほどそれでファーラークさんは……あれ、ってことは」


 儀式の最中、何故ファーラークがサラマの話をし始めたか合点がいった。という事は、自分の恥ずかしい台詞を彼女に聞かれたという事だ。痛みで朦朧としていたとはいえ自分の口から出た台詞を思い出し、今度は勇一の顔が赤くなる。


「あ、あぁ、あれは……その……」


「ふふふ、『サラマの全てが好きです』だっけ?」


 攻守逆転。

 声の上ずった勇一をからかうように、その時のセリフを繰り返すサラマ。


「なんであんな恥ずかしい台詞が出てきたんだ俺は……」


「ねぇ、もう一回行ってよ。私のどんな瞳が好きなんだっけ?」


「ああもう……『真昼に雲から差し込む光みたいに綺麗な瞳』が好きだって!」


「へへ、えへへへへへへ……」


 くねくねと身体をくねらせて、照れ笑いを隠そうともしないサラマ。熱を帯びた彼女の身体は、隣の勇一と一緒に周囲の温度も暖める。

 ふとサラマは何かを考えるように頭を抱え、顔を背けた。



初々しい関係って想像するとほっこりします

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