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2 サラマ

 美しい湖、獣の体毛のような雑草が生い茂り、豊かな木々の香が吹く、それらは開発などされていない生の自然だった。

 時々遠くで動物の声がするが、いつかのような恐ろしさはなく、透き通るような歌声を聴いているような気さえした。

 湖の畔から内側に突き出した岩の先にのり、釣糸を垂らす人影がある。上野 勇一だ。

 彼が異世界転生を果たし三日が経っていた。

 焚き火の側に転がり落ちて気絶し、そのまま彼等に捕まってしまったわけだが、以外にも待遇は悪くないようだ。彼等にしてみても、突然現れた異種族に困惑したのだろう。取り敢えず連れて帰り「保護した」と言う方が正解だろうか。

 監視付きではあるがある程度自由な様子の勇一を見ると、彼等は中々友好的な種族なのかもしれない。


 木々の中から、真っ直ぐに勇一の方に向かう足音が聞こえる。漏れる吐息も隠すことなく近付くそれは、取り敢えず勇一を襲う者ではないようだ。


「ユウ!」


挿絵(By みてみん)


 勇一に後ろから声を掛けた彼女は、大きな体躯の紅い鱗に覆われた種族だった。

 筋肉質な四肢に肉食恐竜のような脚、尻尾の根元は恐らく勇一の胴回り程も太さがある。首は長く、その先には爬虫類に似た頭、雄々しく天を突く角が2本あり、その角を除いても身長は2mを優に超える。


「ねえ、お昼にしよう!」


 そう続ける彼女の両腕には、大小様々な沢山の…木の実や果実ようなものが抱かれている。

 勇一は振り返ってそれを認めると、小さくため息をついた。


「なぁサラマ…それ、本当に食べられるの?」


 サラマと呼ばれた彼女は、丁寧に勇一の前に採取したものを並べながら言った。


「全部食べられるものだよ。…食べないの?」


「いや食べます。ドウモアリガトウゴザイマス」


 勇一が心配するのも無理はない。サラマが採ってきたものは


 赤い蛍光色をしていたり…


 捻れにねじれ、まるで呪いがかかったような形をしていたり…


「…なあこれ、本当に植物?生きてない?」


 微かに鼓動のように蠢くものだったりと、まともなものが見つからないからだ。


「大丈夫、ユウが家に居たときに食事を出したでしょ?アレ、これを調理したものなの。美味しそうに食べてたじゃない」


「ええ…これがアレ?……ううむ」


 他愛の無い会話をしているが、このサラマという名の竜人が勇一の監視役である。そして、勇一を牢から出すように言ったのも彼女だった。簡単に言えば、彼はサラマに頭が上がらないのである。


「それでユウ、そっちは?…ダメみたいね」


「いや違うって。これからだよ、これから」


「……ふぅん?」


「ごめんやっぱりダメだった。エサ全部取られた…」


 勇一が言っているのは釣竿の話だ。どうもここの竜人達は銛や網を使って漁をするようで、出掛ける際も銛を渡されたが…生憎魚突きなど経験したこともない彼は漁師から古くなった網を貰い、縄を解して即席の釣糸を作り、これもまたやったことのない釣りに興じてみたのである。結果は言わずもがな。


「最初から銛を使えば良かったのに」


「動く魚に当てられる気がしないよ」


「慣れよ、慣れ」


 サラマから受け取ったナイフで蛍光色の果実に刃を入れた。


グニ


 妙に固い弾力。


グニグニグニグニ


 刃を立てているのに、全く通る様子がない。


「へたの辺りが柔らかいよ」


 そう言って彼女はトゲトゲしい果物を持ち上げた。勇一の頭程もあるそれにかじりつく、中々ワイルドな光景だ。


ガジュッ


 小気味良い音がする。見るからに固そうだった皮は強靭な顎と鋭利な牙にあっさりと裂かれ、咀嚼された。時々のぞく、てらてらと光る牙が目に留まる。その牙の間から果汁が滴り落ち、それがサラマの胸元に流れ蛇腹の溝に沿って這うと、勇一はつい目で追ってしまった。


「ユウ?」


「んん!?違うんだ、えーっと……そう、この世界の事考えてたんだ!」


「……?」


「俺がいた世界には、魔法は存在しないんだ」


この世界に魔法が存在する。それだけでもここが以前にいた世界でないとわかる。


「ああ、前に言ってた『俺は異世界人なんだー!』ってやつ?確かに妙な服装してるなーって思ってたけど」


「本当の事だって…まさか信じてなかったの?」


「んー、そういう訳じゃないよ。ただ異世界人でもそうじゃなくても、私達にとっては客人ってだけで」


 実際、勇一が保護された後牢に入っていたのは最初の晩だけで、翌日には別室に移された。サラマの一声が無くとも牢から出されていたのかもしれないが、勇一は知る由もない。


「それで、魔法がなくてどうやって生活するの?」


「ああ、魔法が無いから、技術を使ったんだ。馬が無くとも走る……馬車?のようなものや、遠くの出来事を見ることができる道具を作ったり」


「それは面白いね!後で作って見せてよ」


「えぇ!?いやいやそれは無理!中身がどうなってるかも知らないし…」


「自分が使うものなのに、どうやって動いてるのか知らないの?」


「う~ん……中身が複雑になりすぎて、専門的な知識を持った人しか作れないんだ」


「そうなの、それじゃあ弟子に教えるのが大変ね……」


「そう、だね…」


 上手く柔らかい所を見つけ、無事切り分けられた果実を頬張りながら彼は考えた。

 魔法…彼がただの高校生だった頃はいつも欲していた力だ。

 進んだ科学は、魔法と何らかわりないと言ったのは誰だったか。彼にとって、普段使う道具は人類が積み上げた技術の結晶。だが彼はそれがどうしてそう動くのかを知らない。

 それは、魔法とどう違うのだろう。


 向こうにいた頃の事をぼんやりと思い出していると、返事をしてから黙ってしまった勇一を心配してか、サラマがはなしはじめた。


「私達の村はね、外との交流が他とはある方なの」


「うん?」


「前までは数年に一度商隊がやって来てね、色々なものを売ったり、見せてくれたんだ」


「前までは?」


「ここ20年くらい商隊が来なくて…私この村から出たこと無いからさ、外の人の話を聴くの好きだったのに…」


「……」


 少し、変な空気になってしまった気がする。話題を変えなければ。


「そ…そういえばさ、ここの村の人たちってみんな魔法が使えるんだね」


 この竜人の村に限ったことかもしれないが、勇一が会った者達は皆、魔法を使うことができた。


「うん、この村の人たちはみんな使えるよ」


「もしかしてこの世界の人達は、みんな魔法を使える?」


「商人の人達も魔法を使ってたの見たことあるし、みんな使えるんじゃないかな?」


 この世界の魔法は、かなり一般化している?

 確かに村人達は皆、窯に火を入れるのも畑に水を撒くのも、まるで呼吸するかのように魔法を使っている。


「それと魔法にも…属性?ってものがあって、人によって得意なのとそうじゃないのがあるんだって」


「サラマはどんな魔法が使えるの?」


「私は火を使えるよ」


「それ以外は?」


「…全然ダメ」


 話を聞くに、例えば魔法力(と仮に表現するが)が100あったとして火が80、水が20といった具合に得意な魔法の割合があるのだろう。

 サラマはどうやら火100で他はからっきし、といったところか。

 もし魔法が誰にでも使えるのなら、転生した彼はどうなのだろう。


「なあサラマ」


「なあに?」


「今度さ、俺に『姉さん!!』


 森に怒号が響き渡る。

 声のした方を見ると、1人の竜人が立っていた。

読んでいただきありがとうございます


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