表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/175

18 戦い、終わって

物語の緩急のつけ方って難しいですね


「アトルマは私が運ぼう……皆は亀裂を」


 背後では「アトルマだったもの」をファーラークが集めている。彼以外の亀裂確認組の中に勇一はいた。

 チリチリと肉の焦げる悪臭が鼻をつく。竜人(ドラゴニュート)たちが注意深く亀裂に近づくと、すでにそれは完全に光を失っており、段々と塞がっていくところだった。


「これ、もう大丈夫なんですか?」


 ジズは答えることなく、顎をクイと亀裂の方にやる。

 完全に塞がった亀裂はヒビに戻り、今度は逆再生するように地上から空中へと消えてゆく。そうして空中にあるヒビの始まりまで到達すると、スウ、と最初から何もなかったかのように消えた。それを見届けた竜人たちから安堵の息が吐きだされた。


「これで……完全に終わり、さ」


 先ほどまで起きていた戦闘の余韻を感じる暇もなく、これで役目は終わったとばかりに消えたヒビ。それは気まぐれな人間のようで、同じようにいたるところで周囲をひっかきまわしているのだろうか……と勇一は寒気を感じた。

 聞くまでもなくジズはクタクタだ。亀裂について聞きたいことは山ほどあるが、後にした方がいい……と彼は察し、その代わり、反対側の隣で堂々と立つガルクにとりあえず声を掛けてみた。


「ガルク」


「……おう」


「……お疲れさま」


「……ああ」


 男二人は互いに目を合わせず、応答した。双方の眼は、いづれも光るヒビがあった場所を見つめている。傾きかけた日光が目にしみた。

 ほんの少しの沈黙の後、顎をかきながら口を開いたのはガルクの方だった。


「まぁ……死ねなんて言って悪かったよ。勝手に首突っ込んだお前が、ぼっと立ってるの見てらんなくてさ……ついキツく言っちまった」


「もういいよ……、役に立たなかったのは事実だし」


 初陣の戦果:ゴブリン一匹・手負いのゴブリン一匹

 優に百を超える群れを相手にして、たったこれだけ。


「オンラインゲームだったら、間違いなく晒されるなぁこれは……」


 勇一は自嘲した。


「おん……なに?」


「何でもない」


 それよりさ……と、無理やり話題をかえる。


「ようやく俺の名前を呼んでくれたな?」


 彼らの村にきて結構な期間が過ぎたが、ガルクは勇一の名前をただの一度も呼んだことがない。そもそも話しかけられること自体が稀だったのだが、やむを得ず勇一を呼ばなければならないときは「おい」とか「おまえ」とかなんともよくわからない意地を通されてきたのだった。


「…………ンなこと言ってねぇよ」


 予想外の答えに勇一は思わずガルクを見上げた。いやいや、そんなはずはないだろうと抗議しようとした彼の気配を察したのか、ガルクは勇一とは反対方向に顔をそらし、固まっている。


「ガルク……俺もひと月以上お前に礼を言ってなかったけど、ちゃんといったぞ? 今更名前を呼ぶくらいで照れるなよ」


「照れてねぇし、名前も読んでねぇ」


 なおもガルクは勇一を見ない。体は大きいくせに、小さなことを気にする奴だと彼は呆れた。


「いいやガルク、お前はしっかり『ユウイチ!』って言った。ちゃんと聞いた。しっかり聞いた。何ならサラマに確認してみようか? サラマ! ……サラマ?」


「あ、おい! 姉さんに聞くとか卑怯じゃねえか! ……姉さん?」


 いつもなら近くにいるはずのサラマがいない。二人が周囲を見渡すと、ファーラークにも勇一らの組にもついていくことなく、炎の壁を作り出した地点から動かずにいる彼女を見つけた。

 再び声を掛けても返事は帰ってこない。彼女はぼうっとして、顔は勇一らの方を見ているのだが…どうも二人を認識していない様子。


「サラマ、どうしたんだ?」


「ユウ……?」


 歩み寄って声をかけると流石に気付いたようで、ようやく彼の方を見る。

 心配した勇一が手を伸ばしてサラマに触れようとしたとき、彼もガルクも全く予想していない反応が返ってきた。


「ま、まってユウ!」


「え?」


 勇一が触れようとした腕を思い切り引いて、彼女は驚くほどの距離を後ろに飛びのいた。

 今度はしっかりと勇一の方を見据えて、戸惑いの表情を浮かべている。


「触らないで!」


 思わず勇一は足を止めた。今まで彼の姿をみるや向こうの世界の話をねだってきた彼女。それとはうってかわって、今のサラマからははっきりと拒否の意思表示があったからだ。


「え」


「……ごめん、わたひ……わたし、先に戻ってる、から」


 彼女はすぐにうつむいてしまったので、勇一はその表情を確認することができなかった。

 そして返事を待たずにきびすを返し、村の方に向けて走りだす。


「姉さんどうしたんだ! おぉい何で走ってんだよぉ!」


「ちょっ」


 反射的に姉を追いかけるガルク。あっという間に二人の姿は森のなかに消えてしまった。

 あとに残されたのは、サラマに触れようと出した手で虚しく空気をつかむ勇一だけだった。


「えぇ……?」



 ***



 遺体は夜、荼毘(だび)にふされた。

 村の中央で焼かれている遺体を、ミーラは取り乱すことなく静かに見つめていた。それが気丈な振る舞いゆえなのか、単に泣き疲れて放心しているのか、勇一にはわからなかった。


「……そして、勇敢に戦ったアトルマの魂が、無事星に還り輝きますように」


 埋葬されたその墓には多くの花が添えられ、最後にファーラークが死者を追悼する口上を述べる。それが終わると皆も一様に「無事星に還り輝きますように」と祈りの言葉を捧げ、そして墓前にミーラだけを残し各々の家へと戻っていった。勇一も手を合わせて冥福を祈り、その場を後にした。

 サラマは結局、村に帰ってからも勇一を意図的に避けた。まるで人が変わってしまったような彼女をみて、彼は心臓のあたりが絞めつけられる様な気がした。


「少年、今日はお疲れさん。ちょっといいかィ?」


 天幕を目の前にして、ジズに呼び止められた。「いいか?」などと言ったにもかかわらず、疲労困憊(ひろうこんぱい)の彼の返事を待たずに、彼女はかろうじて聞き取れる声で言った。


「なにか、手伝い事ですか?」


「いんや違う。多分、忘れているんじゃないかと思ってね」


「…?」


 忘れている、とはどう言うことだろうか。何か頼まれていた記憶はないのだが……と勇一はいぶかしんだ。

 いつもニタニタと笑う彼女は珍しく神妙な顔つきで、やっぱり…と呆れた様子で続ける。


「ファーラークから少年の扱いについて言われただろう? ……忘れてるな」


「扱い……?」


「そう、扱い」


「……あっ」


 勇一はハッとした。ファーラークからは客人として扱うと言われており、一応の監視をつけることを条件に外出を許されていたのを思い出したのだ。


「あそこで死んじまってたら…、ファーラークはああ見えて結構責任感じる奴だから。

 ……まあ、あの人は多分忘れてるかもしれないけどね。監視の事とか」


「そう、でした……」


 言われてから思い出したことを勇一は恥じた。同時に、もうすぐ三ヶ月を過ぎようとしているのに未だに村の一員ではなかったことを知り寂しくなった。

 見返りが欲しくて皆の手助けをしたわけではない。彼らの役に立ていることはとても嬉しかったし、彼らも自分によくしてくれた。助けた自分を邪険にすることなく受け入れてくれた竜人たちには、感謝をしてもしきれない。彼は本心からそう思っている。

 しばらくの沈黙の後、


「どうしたら……『客』じゃなくなるんだろうなぁ……」


 どこを見るでもなく、そして考えていたことがひとりでに口から流れ出た。耳ざといジズはそんな独り言さえ聞き逃さない。


「客じゃ無くなればいいのかぃ? そうさねぇ……ここを出ていくか、この村の一員になるか、だねぇ」


 彼は自身の『強大な力』とやらを解明したいと思っている。ここにいては今以上の情報は望めそうにないので、いつかはここから出て未知の世界に踏み出そうと計画していた。今すぐここを出ていけば言葉通り『客』ではなくなる。

 けど……と勇一は顎に手を当てた。


 ――けど、そうじゃないんだよな


 ここを出ていくのは決まっている。が、それは今ではない。だが勇一が『客人』という身分を脱したいのは『今』だ。

 彼の中で答えは決まっている。長期間ではないにしろ村の人たちとともに暮らし、ともに戦い、彼らの勇敢さや異物である勇一を受け入れる寛容さにうたれた。彼らに認められたいという思いが、いつの間にか上野 勇一(うえの ゆういち)の心の中に育っていた。


「ジズさん……、教えてください」


「んあ?」


「どうすれば、俺はここの一員になれるんですか?」


 ジズはしめたと言わんばかりにニタついたが、勇一は何故彼女がそんな表情になったかわからなかった。

 彼女は着ている装飾品の一部を指で引っ張り、鎖骨をはだけさせた。竜人は服を着る習慣がない。しかし全裸というわけではなく、身にまとう骨や皮や金属でできた大量の装飾品の束が胸や局部を隠すので、結果的に服の役割を果たしている。


「……ちょっと! ジズさん何やってるんですか!?」


「いいから、見なよ。これがアタイらの仲間になる方法さ」


 ジズの左側の鎖骨には、入れ墨があった。それは羽のないドラゴンを図形化したものだと勇一はすぐにわかった。それが首筋から鎖骨を跨ぎ、左胸部を少しだけおおうように(きら)びやかな図形が彫られていて、入れ墨の事など全く知らない勇一にも、それが多大な苦労を(ともな)って彫られた物だと想像がつく。


「簡単だろぅ? これを彫れば、晴れてアタイらの仲間入りだ」


 ジズは完全にいつものニタニタ顔に戻っていた。

主人公がただ生きているだけで最高にうれしくなります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ