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11 決着

 ガルクは不思議な感覚にとらわれた。目の前のアイリーンと会うのは初めてのはずだが、なぜか彼女を知っている気がする。しかし、それが「女神の力に触れた者同士だけが感じる共鳴」であることを、彼が知る由もない。ただ、ガルクはそれを一種の「縁」として受け入れた。


「あのクソジジイより遅い!」


 彼の本音を言えば、殺すのが一番容易い。目の前にいる障害を全て叩き潰せば、それは今後も障害でなくなる。しかしアぺレジーナとマリアの一件から彼は、それが必ずしも正解にはならないと思い知らされていた。「互いの理解が無ければ、何も得られない」――それがガルクの夢を実現するために不可欠であり、ゆえに個人的な「殺し」という選択肢は、まず最初に除外されるべきものだった。


「このぉっ!」


 猛然と突進してくるアイリーンに、ガルクは黒い鱗の拳を振り下ろす。いわば牽制だ。「お前の動きには完全に対応できるぞ」という意思表示でもあった。その動きのすべてを余裕で追える自信がある。

 連日ヴァルカンにしごかれ続けて得た感覚だ。

 しかし、アイリーンは彼の予想を超えてきた。風のような素早さで拳と地面の間に入り込む。


「ウアアアァーーッ!!」


「ふざけっ――!」


 潜り抜けるのは不可能。このままいけば彼女は潰されてしまう。たまらずガルクは飛び退いた。彼女の攻撃も空を切る。互いに距離を取り、様子を見る――こともなく、突撃するアイリーン。


「お前っ、死にたいのか!」


「ガアァ――ッ!!」


 アイリーンが獣のように叫び、構えながら跳びかかる。その瞬間、ガルクは彼女の攻撃が土属性の力を帯びていることを見抜いた。鉄の手甲に筋力増強を加えた一撃だが、ガルクの重装甲にも匹敵する鱗を突破するには、彼女の体格は小さすぎる。通常の防御で受け止められると踏んで構えた彼のもとに、強烈な連打が降り注いだ。


(なんだこの打撃は……オレの骨まで響きやがる……! こんな小さな体で?)


 違和感をぬぐえない彼は、防御した腕でアイリーンを弾き飛ばした。受けた部位が熱い。


(火の属性も帯びている……まさか複数属性を使えるだと? それも、かなり高い段階でだ。だがそれだけじゃない、この打撃力は…………!)


 アイリーンの手元に目をやったガルクは驚愕した。少し距離があっても、へしゃげた手甲が視界に入る。つまり、中の手や指も無事ではないはずだ。

 まるで自身の中に潜む何かと戦っているかのように、アイリーンは頭を振り、折れ曲がった手で頭を掻き毟っていた。彼女が誰かに操られているのではと悟った瞬間、ガルクの胸には強烈な怒りが燃え上がった。


「ううう……」


「アイリーン、お前をそんな風にしたやつは、絶対に落とし前をつけさせる。その前に、その体をなんとかしてやるからな!」


「ウオォ――――!!」


 アイリーンはもはや獣そのものだった。反動など意にも介さず、ただ突進してくる。ガルクが防御を続ければ、先に壊れるのは彼女の体だ。


(勇一とつなげている太陽の力……なんとかアイリーンにも分けてやらねぇと)


 勇一とゴルガリアの戦いは続いていた。ガルクの加護で、彼はいかなる致命傷を受けても即座に治癒する。しかしそうしている限り、女神魔法の代償によってガルクの寿命は減り続ける。長命な竜人族といえど、永遠ではない。

 再びアイリーンがガルクに跳びかかった。勇一に意識を向けていたガルクは回避が間に合わず、再度防御の姿勢を取る。衝撃が全身に響き渡った。


 バキッ。


「クソっ! とんでもねぇことしやがる!」


 アイリーンの腕は、自身の力に耐えきれず、折れた。彼女を操っている何者かは、彼女を生かすことなど微塵も考えていない。徐々に壊れていくアイリーンの姿を見て、怒りに震えるガルクの拳。


(受けてちゃあダメだ。だが避け続けるわけにもいかねぇ…………こうなったら!)


 彼は大剣(バルーク)を投げ捨てて息を吸い込み、両腕を広げて構えた。小柄な相手に対してはこうすることで威圧感を与え、遠近感を狂わせる――が、アイリーンは躊躇なく突撃する。怯むことも、折れた腕の痛みに苦しむ素振りも見せず。


「ウオオオオオオオォォ――――!!」


「来い!」


 ガルクは獣のように突進するアイリーンを迎え撃った。彼の腹にめり込む強烈な蹴り。腹に穴が開いたと錯覚するほどの衝撃の直後、彼の二本の腕が少女を拘束した。


「うぅ、いってぇ……」


 本気で締め上げれば折れてしまいそうな身体だ。ガルクは慎重に、彼の力で少女の身体を潰してしまわないように抱く。アイリーンは拘束から逃れようと暴れるが、力の差は歴然だった。


「そもそも動けなけりゃあ、怪我もねぇだろ!」


 ガルクは太陽の力でアイリーンの傷を治癒しながら、暴れる彼女を抑え込むのに必死だった。強化魔法で増した彼女の力が、拘束を困難にしている。助けを求めようと、彼は勇一の方へ視線を向けた。


「ゆ、勇一っ!」


 そして彼の目に映ったのは、ゴルガリアの腕が勇一を貫く光景だった。



 ***



「お前は、まだ若い。だから私の考えが理解できんのだ」


 ゴルガリアの言葉が虚空に消える。彼は乱暴に腕を抜き、倒れた勇一には一瞥もせずガルクへ向かった。


「ガルク・フォーナー。お前はわかってくれるはずだ」


(勇一……お前は俺たちのために復讐を決意し、恐れずに剣を振るった。その勇気に、オレは敬意を表する)


 ゴルガリアは勇一と違ってガルクを説得するつもりらしい。ガルクがアイリーンの拘束を解けば、戦いは二対一になる。いくらガルクでも、そんな状況は避けたい。しかし、ゴルガリアの思想に対してガルクは深い疑念を抱いていた。

 ガルクは首を振る。


「自分で何を言っているのか、分かってんのか」


「あの老害たち以外に、我が計画の障害はない。だが、お前は違うのだろう」


「ああ?」


「知っているぞ。お前も、この大陸を何とかしようと考えている。」


「なんだって?」


 ガルクは心を見透かされたような気がして、不快な気分に目尻を釣り上げた。ゴルガリアは子どもに語り掛けるように、ゆっくりと歩みを進める。

 その目は光を失っているが、歩みに迷いは見られない。


「この血塗られた大地を救ってやりたいという想いは私も同じだ。お前はまだこの土地に毒され切っていない。私とお前は、大陸に対する思いは同じなのだ。エルフの支配のもとでサンブリアを統治する資格を、お前には与えてやれる」


 ゴルガリアは依然として、サンブリア大陸をエルフ族に明け渡すつもりらしい。その提案がガルクの目的に近い道かもしれないことも、彼は理解していた。だがゴルガリアの言葉が本当なら、エルフは戦力を整えた上でやがてサンブリアに侵攻してくる。

 戦うという選択肢は賢明ではない事も、ガルクは薄々感じていた。


「答えろ。私も暇では無い」


「随分と急かすんだな」


「既に彼らはこちらに向かっている…………いや、既にどこかへ上陸しているかもしれん。戦いが始まってからでは遅い」


「はははっ」


 ガルクはせせら笑う。


「お前に下って、自分たちの土地を明け渡して、新しい主から管理の許可をもらう? なぜ? 元々自分たちの土地だってのに?」


 彼が笑うのはゴルガリアの荒唐無稽さだけではない。敵の背後に現れた影を、視界の端に捉えたからだ。


「勇一が笑った理由、わかるぜ。お前より、オレたちの方が現実見えてる」


 影は一歩、また一歩とゴルガリアへ接近する。ガルクは察し、女神に祈った。


「お前は妄想に憑りつかれた狂人だ。お前みたいなやつが、エルフ族とやらに重用される訳がないだろう!」


「残念だ」


 ゴルガリアが腰を落とした。アイリーンを抱くガルクは構える。次の瞬間、ゴルガリアの猛攻が始まる――はずだった。だが、彼は踏みとどまった。彼を襲う強烈な予感が、思いとどまらせたのだ。

 彼は集中した。失明しているが、ガルクがアイリーンを拘束しているのが感じ取れる。そうならば、ガルクは両腕を使えない。注意すべきは、蹴りと強靭な尻尾による攻撃だ。


(いいや、違う……そうではない)


 ゴルガリアはさらに集中する。ガルクから敵意を感じる。それだけではない――敵意は、わずかに別の方向からも向けられている!


(……背後!)


 ゴルガリアは背後に立った何者かへ、反射的に拳を振るった。味方ではない事は確かだ。しかし彼の腕は空を切り、背後にいるはずの人物を素通りして、勢いのまま身体が回転した。


「勇一!」


「ゴルガリア!!」


 黒い腕が宙を舞った。ゴルガリアは一瞬、それが自分の腕だと理解できなかった。

 勇一は突進する。マナンの切っ先がゴルガリアを貫いた。


「ぬうう……がはっ!」


「お前は、ここで死ぬ。言っただろう」


 ゴルガリアは腹を半分以上切り裂かれ、その場に崩れ落ちた。そして二度と立ち上がることはなかった。

 勇一の眼には、ただゴルガリアが映っている。

 暗い空から、無数の白点が降る。やがて訪れる死の季節が、勇一らを労っているようだった。

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