17 亀裂よりいでしもの-4
「全員、伏せなさい!」
声にいち早く反応したジズとガルクらは反射的に地に伏せ、サラマはやや反応が遅れた勇一を抱き寄せ共に頭を下げた。
直後彼らの頭上を風圧と共に巨大な柱のような物が飛び越え、ゴブリンどもに向かって飛んでいく。
横倒し状態で飛んでいくそれは、緑色の無数の死体を産み出し奴らを押し戻す。
いくつもの凄惨な死体を産み出し満足したのか、ジャラジャラという音とともにそれは再び勇一たちの頭上を飛び越え持ち主の元に戻っていった。
「遅れてすまない。……この身体は、森を駆けるのに少々不自由でな」
「ファーラークさん!」
全身の赤く染まった刺青、禍々しく光る無数の装飾品を纏った巨体は、絶体絶命の勇一からすれば「いつのまに俺は悪魔と契約してしまったんだろうか」と思われてもおかしくはない。
勇一がファーラークの次に目に入ったのは、彼が持っている武器のようなものだった。いや、戦場に持ってくるものなのだから武器なのだろうが…と疑問符を浮かべる。
なぜならその形は、あまりに馬鹿馬鹿しかったから。
それは、「武器」というにはあまりに粗雑だった。
そもそもそれは、武器なのだろうか?
見たところ槍ではない。では杖か?否、杖でもない。
――鉄骨?短い電信柱?
勇一の倍の背丈はあるかというファーラーク。
その武器は彼と同じくらいの長さをしている。
彼が片手でつかむ、成人男性の胴回り以上ある太さの柱の先端には鎖が付いていた。
鎖は一度地面に垂れ、さらに伸びた先はファーラークの右腕に巻かれている。
記憶を総動員してかろうじて思い至った勇一は、フレイルという武器の鎖を長くして、球だけを取り払ったもののようだと理解した。
「ああ、あれはね。どこだっけ? ……どっかの神殿から引っこ抜いてきた鉄柱さ。手持ちの武器がなかった時にたまたま持ってきたあれを、使いやすいとか言ってずっと持ってるんだ」
勇一の表情を読み取り解説するジズは得意げにククク、と笑った。柱の根元についている僅かな白い石材が、ジズの話が本当であることを証明していた。
その柱にはよく見るとても精巧な彫刻が施されており、なるほど確かに、もしかしたら何か信仰の対象だったのかもしれない。しかしそんな神聖な物も、戦場で血にまみれてしまってはかたなしだ。
――ご愁傷様。
勇一は口には出さないが、哀れまずにはいられなかった。
鎖をもって柱を振り回すファーラーク。その攻撃範囲は脅威の一言だ。それが地上に叩きつけられるたび、地につけた手からはわずかに振動が感じられる。それが勇一らの頭上を横なぎに越えるたび、重々しく振られる風切り音が耳の穴に飛び込んだ。
数メートルの鉄柱があらゆる方向から飛んで来る…考えるだけで勇一はゾッとした。
ファーラークは両手で鎖の長さを調節しながら重量のままに薙ぎ、叩きつけ、逃走が遅れた竜人たちがファーラークの元に集まるまで時間を稼ぐ。
「皆集まったな、私の後ろに!……ガルク!サラマ!」
呼ばれた二人以外の者たちを自身の後ろに退避させ、今度はその二人に指示を飛ばす。
「ガルクはアレをやれぃ!…サラマは私のあと、奴らを挟み込むように火をつけろ!」
「えぇ!?いいのかよ!…いやっほう!!」
「………」
何やら指示を出されてはしゃぐガルク。
対照的にサラマはどこか上の空だ。返事が返ってこないことに眉を顰め、今度は少々荒い語気で
「聞こえているか!サラマ!!」
「…あっ、う、うん!」
ぼうっとするサラマに一喝し、ファーラークは前を見据えた。
その背から叩きつけるように伝わる気迫。勇一は、これが戦場に立つ戦士の気迫というものなのだろうと思った。
ガルクは目を閉じ、自らに気合を入れている。サラマは先ほどの抜けた表情とは違い凛とした眼差しで、ファーラークが行動を始めるのを待つ。
「さぁて勇一君、私は「風神」と呼ばれたことがあってな」
村で皆と話すような落ち着いた声で…グイ、とファーラークは首だけを勇一に向けいきなり話し出した。右手に持った柱の重さをまるで感じていないように、パンパンと左の手のひらで弾ませている。
勇一は記憶の中に『「風神」ファーラーク』という言葉を覚えている。それは昔話の中に出てきた彼の異名だった。
だが勇一はその話に悠長に付き合おう等とは微塵も思わなかった。亀裂から再び現れたおびただしい量のゴブリンの群れが、奴らの死体の山を乗り越えて一直線にこちらに向かってくるのが見えたからだ!
「まぁ、伊達にそう呼ばれていた訳ではないのだよ。そもそも異名とは、実際にやってのけた功績が…」
「ファーラークさん!前!まえ!!」
「ファーラーク!自慢話やご高説は後で聞いてやるから、ちゃっちゃと終わらせるんだよ!」
ファーラークは「おやおや」と少し間の抜けた声を出すと、次に勇一やジズの焦りをハッハッハッと笑い飛ばす。
「それではとくと見よ、風神の力!」
そして再び前を向き
スウウゥゥ―――――――――――――――――――――――………。
今度は胸が反り返るほど息を大きく、深く吸い込んだ。
そして
「……ゴアッッッ!!!!」
―――咆哮一閃
放たれた声は風となり、風は衝撃波をまとった突風へと変じ、目の前の地面に敷かれた汚い緑色の絨毯を引きはがし、切り刻んだ。
周囲にいた勇一らも、鼓膜を震わせる大音量にしばらく思わず耳をふさいだ。
目前に迫っていたゴブリンどもは一匹残らず、一気に亀裂付近へと押しやられた。
「つぎは、私ね!はあぁーっ!」
押し込まれた緑の群れを確認すると、サラマは両手を振り上げた。すると奴らを左右から挟み込むように炎があらわれ、二列の壁がみるみる出来上がる。
炎の壁は絶え間なく吹き出すように燃え、同胞に押されて運悪く壁に触れた緑色の部位を、容赦なく消し炭にした。
「ガルク!」
「っしゃあ!お前らぁ!伏せとけよォ!」
待ってましたと言わんばかりに、明らかにご機嫌なガルクが前に躍り出た。
「オラァ!足元注意だ!」
躍り出たガルクが右足を高く振り上げる。その身体の周囲には、その場にいる全員が認識できるほどのオーラのようなものがまとわれ、一目で何か大きなことをやろうとしているのがわかる。
「少年はあれ見るのはじめてだったね。土属性魔法の面白いところが見れるよぉ」
ニタニタと笑うジズの声を傍に、勇一はふと亀裂の方を見た。亀裂は最初に見た時よりも明らかに光を失ってきているように見える。それが何を意味しているのかは分からないが、彼は自分の心の波が少しだけ落ち着くのを感じた。
何か(あるいは誰か)を踏みつぶさんとする体勢のガルクは限界まで足を上げて一瞬停止し、気合の入った掛け声とともに大地を踏みつけた!
「だりゃああぁぁーーーーーっ!!!!」
轟音。
直後に大地震。
ガルクの足元の地面は砕け、大きくうねり、周囲を地震が襲った。
予め伏せていた竜人たちには大して影響は無いが、吹き飛ばされてもなお立ち上がるゴブリンどもは、突然の地震に足を取られ転倒した。
無様にもがくそれらを確認すると、ファーラークは口の端を釣り上げヌハハと笑うと、両腕をいっぱいに広げて唸りだす。
「ぬおおおおぉぉーーーっ!」
広げた腕をジワジワと狭め、胸の前で手のひらを向い合せる。と同時に、勇一らは追い風を感じた。それは亀裂の方に向かって段々と強く吹き、耳に響く風切り音は大きくなり始める。吹いた風は徐々に弱々しいつむじ風へと姿を変え、ゴブリンどもを巻き込む形で炎の壁に挟まれた。
直後、つむじ風は両側の炎を吸って大きく成長する。天空を目指して大きくうねる蛇のように真っ赤な炎の旋風と化したそれは、身体を切り裂く程ではないものの超高温の風が奴らの皮ふや肺を焼いた。
勇一はこの光景に見覚えがあった。様々な媒体で見たことのあるそれは、山火事などに起こりうる、いわば自然災害だったはずだ。だが目の前でうねりながらそびえたつ赤い風の塔は、魔法によって起こされたもの。
亀裂から現れたばかりの最後の群れは立ち上がることなく、一匹残らず全身焼け爛れ、あるいは窒息により、息絶えた。
勇一は絶句した。ともすれば大量の死を生み出す兵器となり得る魔法の存在と威力に。
しかし同時に、そんな彼らをして「強大な力」と言わしめた、未だ正体の分からない自分の力に俄然興味がわいたのだった。
戦闘回が終わりました。
表現やテンポなど、更に勉強したいと思います。




