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ガーリー・クヴァの考察

 机を占拠する山のような書物の中で、私は頭を掻き毟った。

 新しく太陽王回顧録が見つかってからというもの、休日は消え、そうでない日はこうして本の山に囲まれて過ごしている。

 とにかくあちこちから「発見当時の状況」とか「今のお気持ちは」とか問い合わせがくる。回線はずいぶん前に引っこ抜いた。こっちはさっさと現代語に翻訳してまとめて論文を書かなきゃならないんだ。それどころじゃないの。


「でも、休みだって必要よね」


 アプリがあるとはいえ、翻訳だけでももう一回人生を繰り返せそうな本の山。新しい発見は特に大々的に公表しなきゃならない。この大陸を一つにした人物の直筆だ。そこら辺の日記帳とはわけが違うのだ。


「それにしても……ユウ・フォーナー、一体何者?」


 私は小休止のつもりで、そばにある『太陽王回顧録 第一巻』を開く。

 ユウ・フォーナー、見つかった回顧録に登場する人物だ。最初はウェーノ・ユーチって表記されていたけど、巻が進むと名前がユウに代わった。

 登場人物の一人に私がここまで入れ込むことなんてありえない。……んだけど、このユウって人は事情が違う。なにせ彼は太陽王が唯一「友」と表現しているのだ。そして太陽王はこの国の人間ならだれもが知っている。しかしユウ・フォーナーの事は、どこにも記されていないし、誰も知らない。どうしてこんなに扱いが違うの?


「太陽王の唯一の友、なのにどこにもその名前が無かった。誰にも見つからなかった場所に保管されていた回顧録に初めて出てきた名前」


 タブレット端末の中には、翻訳された太陽王の走り書き画像が浮かんでいる。


「『罪の大きさゆえに、その存在は闇に葬られた。』か。いくら友達でもやっていい事と悪いことあるよって感じで……抹消刑的なことされちゃったのかなぁ。でも、結局回顧録書いてるんだから、そんなことする意味がない」


 元々いないような人物をさらに隠すなんて、どう考えても特別な理由があるに決まってる。

 私は積み上がった未翻訳の回顧録を見て欠伸をした。


「この人、回顧録に突然出てきたと思ったらいきなり太陽王と友達になってる。でも当時の種族分布を考えると、あそこにブラキアは住んでいない。本当は太陽王の頭の中にしかいなかったりして」


 そうだったとしたら、それはそれで太陽王の人となりがわかる資料になる。けどまぁ、王妃もユウの事を知っているみたいだからその線はないんだけども。


「フォーナーを名乗り、ブラキアで、太陽王とその妻の友人。ある時ぱったりと登場しなくなってそれっきり。でも回顧録が保管されていた場所にあったレリーフが付いた金の盃は、きっと彼のもの……明らかに特別扱い。でも歴史のどこにもいない」


 三つの金の盃は一つのテーブルに置いてあった。つまり、この三人は対等な関係だってこと。考えてみればそれもおかしい。隠したいならどうして回顧録を書いたの? 走り書きと言い、どうもちぐはぐだ。

 本当にわからない。ここのところずっと、私は彼を探したくてうずうずしている。


「どこにもいない……でも抹消されてる。ううん、わずかに存在していたのかも。何処かに彼の痕跡は存在していた、でも大きな罪によって葬られた。そして回顧録と太陽王の走り書き。本文に書けばいいものを、どうして表紙の裏なんかに…………あ」


 太陽王はどうしても彼をどこかに残しておきたかった。そうよだってそもそも、隠したいならこの回顧録なんて書かないもの。

 他と違って、ユウの盃だけ何かを入れた痕跡が無かった。つまりあの書庫ができて、盃が置かれた時点でユウはもう存在していなかった可能性が高い。

 隠したかったにもかかわらず残したのは……。


「王と王妃が、お互いに感情を抑えきれなかった……?」


 心臓が少し高鳴る。もしそうなら、二人の人間的な部分が明らかになる。ここまで深い関りがあるなら、もしかして大陸統一を太陽王に決意させたのもユウだったりして。

 これまでの研究で、太陽王は一貫して大陸の統一にこだわっていたことがわかっている。しかしきっかけが謎だったのだ。


「いやいやいや、だとしてもよ? 彼がどうして太陽王に決意させたのよ。どうやって?」


 謎を追っていたら、新しく謎が現れた。でも考えることが多くなるとうんざりする以上にワクワクするのよね。


「ユウはいつ死んだかがまだわかってない。でももし彼の死が太陽王に何かを決意させたのだとしたら、とんでもなく重要な人物じゃないの」


 背中がむず痒い。ユウはこの国の成り立ちに関わる重要な存在……だとしても、それに反比例するかのような扱いに疑問は募るばかりだ。


「太陽王、王妃、ユウ……この三人に一体何があったの――」


「ガーリー?」


「わああっ!!」


 自分の名前を呼ぶ声に、私は驚いて椅子から転げ落ちた。もうもうと埃が舞い、起き上がるまでに十回はせき込んでしまった。

 頭を上げた私は山のような本の隙間から声の方を覗き込む。見慣れた人物が一人。キナールだった。


「キナール? 帰ったんじゃ」


「帰ったわよ……は?」


「……何」


 キナールが化け物を見るような目を私に向けた。わなわなと肩を震わせ、かすれた声を出す。


「アランとの夕食(ディナー)はどうしたの」


「ディナー? もちろん覚えてるわ」


 私はちら、と卓上時計を見る。八時五分前。八時に出れば三十分で待ち合わせ場所に着く。全然時間あるじゃない。


「でも八時にはまだ五分ある」


「ええ……ええそうね」


 キナールの足がつかつかと窓へ向かう。そして、カーテンに手をかけて叫んだ。


「『朝の』八時五分前ですけどね!」


 まばゆい光が眼を貫く。光が痛い。暖かな日光を浴びて、私の身体にはゾッとする寒気が走った。


「あ……さ…………?」


「あぁ、アランはどうしてこんな人を好きになったのかなぁ!」


 なんてこと。時間に余裕があると腰を下ろしたのがいけなかった。翻訳と考察に夢中になりすぎて、私は時間を飛び越えてしまったみたい。

 間違いないく今の自分の顔は死人のように青くなっているだろう。


「アランとの食事をすっぽかしたの、これで何回目だっけ。きっと昨日はしっかりした服装で待ってたでしょうね。『今度こそ』って、パリッと決めたスーツでさ。気負わなくていい、けど安すぎない小綺麗な店を選んでたんだろうなぁ」


 キナールはやかんを火にかけつつ、私の罪悪感へザクザク切込みを入れる。


「あーあ、ガーリーは来ない。でも予約はキャンセルできない。がっくり肩を落とした彼は、対面の椅子を見ながら一人で食事をしたんだわぁ」


「わ、わかったから! わかったから!」


 本の山から脱出した私は、ドタバタと準備した物を身に着ける。なんて謝ろう。

 急いで脱いで、急いで着る。ああもう、自分の性格が恨めしい。

 一通り身に着けて、あとは顔ね。鏡を見るのが怖い……絶対酷い顔してる。


「ガーリー」


「もう、なによ――わぷっ」


 顔面に熱々のタオルが叩きつけられた。続けてわしわしともみくちゃにされる。


「もが……ぷはっ」


「すっぴんの方がかわいいなんて、相変わらず世の中の半分を敵に回してるわ。はっ、トレジャーハンターの肌が何でこんなにつるっつるなのか、そっちを研究した方がよっぽど人類のためになるんじゃない」


 キナールは小言を呟きながらタオルを私の手に預けた。反対の手にはどこから取り出したのか、いくつもの化粧道具が握られている。彼女の顔は布で完全に隠され、表情を見ることはできない。会った時からそうだったけど、慣れとは恐ろしいもので、今では彼女がどんな顔をしているのか大体わかる。


「んっ」


「ほら動かない。大したメイクはできないけど、まあ……クマを消すくらいなら。あと耳の後ろは拭いときなさい」


「あ、ありがとう」


「お礼を言う暇があったら玄関に行け!」


 ぐいぐい押し出されるようにして家を追い出された私は、すぐさまバイクに飛び乗った。前輪を浮かせて道路を飛び出すと、まっすぐアランの家に向かう。


「あっ」


 ふと空を見上げると、数機の飛行機が空を舞っていた。朝日に照らされ、機体に反射した太陽光が真昼の流れ星みたい。


「疾風騎士団……そっか、もうすぐ記念日だった」


 太陽王のために命をかけて任務を遂行した者たちは、その栄誉を称えられて騎士の称号を授けられた。

 それから疾風騎士団はこの国の最も名誉ある地位として、現在まで存続している。


「っと、なんて謝ろう」


 速度を上げて姿勢を低くする。騎士団は私を励ますように空に円形の軌跡を残し、音だけを置いて見えなくなった。

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