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27 再会と別れ-2

「――そしてヴァパからここへたどり着いた、と」


「勇一、本当なのか? ゴルガリアが……その……親父(おやじ)の…………皆の仇だと」


 まだ夜明けにはほど遠い。外の冷気から隔てられた天幕の中で、ガルクたち三人は、勇一に詰め寄っていた。

  勇一は、彼らの質問に答えるしかなかった。ガルーダルと出会ったときには、すでに彼女の仲間は全員死んでいたこと。夜の手に襲われたこと。獣人の村を滅ぼされたこと。ヴァパでナミルとパンテラと戦ったこと。それらの困難を、ガルーダルと二人で乗り切ったことを、彼は力説した。そして女神魔法の説明も避けては通れない。

 話が進むにつれて、ガルクたちの表情には、次第に複雑な感情が浮かんできた。


「この話、まさか信じる訳ではあるまいな」


「ううむ、情報が多すぎるな。何から整理すればよいやら」


「亀裂が開かれた…………? 皆は、それで……」


 ガルクは拳を固く握り締め、肩が震えるのを止められなかった。胸に刻まれたドラゴンの入れ墨が赤く染まっていく。顔には何も表さないが、心の中では激しい怒りが燃え上がっているのがわかった。


「ダラン、吾輩にこ奴を半刻ほど預けろ。言っていることが本当かどうか、この体に直接聞いてやる。聞いておるのかダラン!」


 強い口調で迫るヴァルカン。しかしダランは白いあごひげを撫で、彼の言葉など届いていないかのように思案している。


「それよりもユウ殿、パンテラと夜の手の関係について聞きたいのだが」


 ダランの冷静な態度に、ヴァルカンの目がつり上がった。


「それよりも、とは何だダラン! こ奴に肩入れする理由でもあるのか、ええ!?」


「ちょっと待って下さい。ガルーダルは? 彼女がいれば話はすぐに終わるはずです」


「貴様は黙っておれい!」


「ヴァルカンこそ静かにせんか! 貴様がどうしてもと言うから――」


 ダランとヴァルカンは向かい合い、激しく言い合いを始めてしまう。その激しさたるや、天幕の外にいる見張りが入り口の隙間から覗き込むほどだった。

 勇一は困惑しながらも、二人の間に割って入るのは避けて、隣にいたガルクに話しかけた。ガルクは腕を組んで胡坐をかき無関心な様子だったが、勇一の声に反応して地面に向けていたしかめ面を上げた。


「ガルク。あのヴァルカンって人は」


「親父の"戦友"だ。風神ファーラークと、雷神ヴァルカン。あの戦鎚には雷の力が宿っているらしい。そんで一応、今の俺の師匠だ」


 苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てるガルク。ファーラークの戦友となると当然、百年前の大陸戦争を戦い抜いたということだ。


「ファーラークさんの戦友で将軍か」


「いや、将軍ってのはあだ名だ。本当の将軍は別にいる」


「あだ名?」


 ファーラークが軍を離れた後も、ヴァルカンは百年間、ゴブリンやオーク、魔獣との戦いに明け暮れた。その結果、彼は人々から将軍という名声を得たとガルクは言った。

 だがそんな彼は、この場にふさわしくない。ダランは有角族の長であり、ガルクは蟲人族の代表格だ。同盟を形成する勢力の中でも特に力のある二人である。その中に紛れ込んだヴァルカンは、地位もなく、浮いた存在だった。 勇一が疑問に思うのも無理はない。

 ガルクは先ほどまでのしかめ面をもっと険しくして、ヴァルカンに対して嫌悪を含んだ視線を向けた。


「なんつうか、ダラン様と()()()()んだ」


「うん?」


 どういうことか勇一が聞こうとしたとき、強烈な破裂音が響いた。怒りを募らせたヴァルカンが地面を殴りつけたのだ。土はえぐれ、舞い上がった土埃が天幕内を舞う。


「――付き合っておれん! ダラン、吾輩は行くぞ!」


 ヴァルカンは見張りを突き飛ばし、天幕を去ってしまう。


「待てヴァルカン…………行ってしまったか。相変わらず冷静さの欠片もない奴め」


「ダラン様、放っておきましょう。今は彼の話を聞くのが先です」


 ダランは呆れた様子で首を振った。そして大きく息を吐き、ガルクに促されるまま再び勇一に向き直った。


「恥ずかしい所を見せてしまったわ。あれは心配性でな、とにかく物事の根本にかかわらなければ気が済まんのだ」


「はぁー」また一つため息をつく。しかし次の瞬間から彼の目は有角の長らしい、齢を重ねた鋭い目つきに変わった。その目を前にした勇一は思わず背筋を伸ばしてしまう。


「そう、夜の手よりまず言わなければならぬことを思い出したわ。お主の言うガルーダルの事であるが」


「彼女は無事なんですか!」


「発見した見張りによれば、馬にはお主しかおらんかったそうだ。突風が吹いたかと思うと、いつの間にかそなたを乗せた灰色の馬がそこに居ったと。そなたを下ろした後、馬は何処かに消えて行ったそうじゃ」


「そんなはずは……」そう言いかけた勇一の前に、ダランは布にくるまれた何かを差し出した。受け取った勇一がそれを開くと、彼の顔はみるみる青くなっていく。

 くるまれていたのは、軽装の鎧一式だった。


(ガルーダルの装備品だ、見間違えるはずがない)


「そうだ、ガルーダルは俺が蘇生させたんだ」


「蘇生?」


「俺がガルーダルと会った直後、彼女は俺に伝令筒を託して息絶えたんです」


「それで女神魔法で蘇生したって訳か」


「ガルーダルはとても悔しそうで、絶望して……俺はその時なんて言うか、未来の自分を重ねてしまったんです。ゴルガリアを殺せずに死んだら、俺も同じような顔をするんだろうかって。それで……」


「女神に力を与えられた者は、魔法の使用に多大な犠牲を強いられるようになると聞いたことがある。もしやユウ殿の腕はそう言う?」


 頷く勇一。直後ガルクは声を荒げた。


「だったら……!」


 しかしそこから先の言葉を、彼は食いしばって耐えた。自分の言おうとしていることがどれだけ身勝手か、理性が働いたのだ。勇一はそんなガルクの思いに応えた。


「確かに俺は星の女神から死を司る力を授かったけど、蘇生は永遠じゃない。魔法をかけると相手は生き返るけど、その間俺の体は失われ続ける。それかガルーダルの時みたいに、何日分蘇生して一気に削られるか」


「では星魔法を解いたら?」


「体が塵みたいになって、消えてしまいます。だから同じ人間を再び蘇生させることはできません」


「ならばガルーダルは……」


「時間切れ……か」


 ガルーダルは蘇生の期限が切れ、塵と消えた。彼女の装備品だけが残っているのが証拠だ。

 あまりにも呆気ない別れ。どうしてもっと長期間の蘇生ができなかったのか、後悔しても変えられない事実が勇一を苦しめる。抑えきれない感情が体中を駆け巡り、悲しみに歪んだ表情は他の二人が声をかけられないほどだった。


「何も残らなかった……ガルーダルの想い、悲しみも、彼女は果たそうとしたのに、任務の為にひたすら歩いたんだ」


 勇一の体は多数の痣と傷に覆われている。何度も死闘を制し、何日もほとんど休むことなく歩き続けた証拠だ。彼は裸足のつま先を見て、いくつかの爪が欠けている事に気付いた。戦いと移動に没頭しすぎて、いつ失ったのかも知らなかった。


「それなのに……」


 ガルーダルの望みは何一つ叶わなかった。徒労という言葉が勇一の頭をもたげる。


「ユウ殿、そのことだが」


 ダランは伝令筒を手に取った。蓋と底を取り払った彼は、筒だけになったそれを勇一の目の前にかざす。


「まだ絶望するには早いやもしれぬぞ」


「え?」勇一は顔を上げた。ダランは訳知り顔で筒をいじっている。その顔は初めて見る機械を前にした少年のように若々しかった。


「この筒、ガルーダルは誰に渡すとか話しておったかな」


「誰に? それはもちろんガルク――いや、確か……最初はダラン様に」


 勇一は思い出した。初めて会った時、彼女はダランに渡せと確かに言っていたことを。


「彼女もマザー・マリアからそう言われたのだろう。わしはこれを見た瞬間、もしやこれはガルクではなくわしに充てられたものではないかと思っていたが……ユウ殿の言葉で確信したわ」


 ダランは筒の縁部分をつまむと、力を込めて引っ張った。小さく弾けるような音とともに縁が外れる。


「海の向こうの大陸には、ドワーフと呼ばれる種族がいるそうじゃ。彼らは採掘と金属加工の技術に優れておってな、この筒は正に彼らの作品。

 見よ。金属を均等に伸ばす技術、芸術的な模様を打ち込む技術、それを筒状に曲げる技術……どれをとっても一流という言葉では足りん。こういった実用品を作るのはササリコ地方の特徴でな――」


 興奮気味に産地と特色について解説を始める老人を前に、勇一は戸惑いの表情を隠せなかった。重苦しい雰囲気を察していたガルクは慌ててダランを止める。我に返ったダランは恥ずかしそうに咳払いすると、分解された筒を勇一の前に出した。


「まあ、見なさい。筒を構成する大部分は、曲げられた金属の板じゃ。ここをよく見ると」


「……二枚?」


 筒はニ枚の板が重ねられて出来ていた。外からは勿論、ニ枚を固定する縁の存在がそれを分かりにくくしていたのだ。

 ダランは内と外の板をずらす。すると間から折りたたまれた紙が現れた。

「まさか」と呟く勇一の前にそれが掲げられた。

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