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15 亀裂よりいでしもの-2

 勇一はこの時、初めて的以外のものを撃った。自分の手で命を奪う瞬間はそれが動物であれ人であれためらいが生じるものだが、目の前でサラマに危険がせまった時、彼の頭の中のためらいは「守らなければ」という感情に叩き出された。


―――構えた弓を撃たなければ


―――とにかく撃たなければ


―――つがえた指を離さなければ


―――()()()()()()()()()()()()()()


 そして放たれた矢は、導かれるようにして飛び込むゴブリンの頭をとらえた。


「あ…当たった……」


「ユウ!どうしてきたの!」


「お、おまえ。なんできやがった!」


「サラマ、後ろ!」


 振り返りざまに強靭な尻尾を振り、サラマはまた数匹のゴブリンを屠った。

 すでに相当数を片付けたが、一向に数が減ったようには見えない。戦場には緑色の死体の山がいくつも築かれていたが、それらを乗り越え津波のように奴らは向かってくる。


「ユウ、私の後ろに」


「姉さん、たのむ!」


「ああ、クソ!もう一匹!」


 先ほどとはうってかわって震える手で弓をつがえ、放つ…当たらない。小鬼共は自分が狙われていても恐怖すら感じていない様子で、最短距離を猛烈な速度で二人に接近してくる。しかし単身のゴブリンなど恐れるに足らずと、それはサラマが裏拳であっさりと処理してしまった。

 勇一がふと冷静になり周囲を見渡すと、赤い骨と肉の(かたまり)が目に入った。近くに落ちている体の一部を見つけ、それが元々竜人だったものだと理解すると、あんなに大きく強いと思っていた彼らでさえああなり得るのだと恐怖した。

 ゴブリン程度、と(あなど)っていた勇一は早速後悔することになった。


―――こんなにたくさんいるなんて知らなかった。つかまれれば確実に死が待っている。天幕で待っていればよかった。


 早い話が、何も考えずに飛び込んだのだ。

 死の恐怖は手の動きを阻害し、矢を落とす。拾って放たれた矢はゴブリンの群れの中に飛んでいき、悲鳴こそ聞こえるものの全く効果的とは言えない。


―――こんなはずではなかった。ただ竜人(ドラゴニュート)たちの助けになれればと飛び込んだのに…


 現実は彼を突き放した。援護するはずが、自分という(かせ)が増えたことで明らかにサラマたちの動きが悪い。

 ただただ矢を放つ行為を何度も繰り返すうち、それと一緒に自分のプライドまで飛んでいく気がして、やがて彼は矢を持つことをやめてしまった。


―――なにが「強大な力」だ。そんなものがあってもなくても、使えなきゃなにも変わらないじゃないか…!


 絶望はあきらめを呼び寄せ、勇一はその場に立ち尽くしてしまう。そんな彼をよそに、周囲では戦闘が継続している。

 土煙を吸い込み咳き込んだ。目からでる熱いものは砂が目に入ったからか、それとも悔しさからでるものだろうか。


「ユウイチィィッッ!!」


 空気を震わせる聞き覚えのある怒声、それは勇一の脳をゆらし彼の意識を引き戻した。


「テメェは!なんのために!きやがった!」


 ガルクは倒木を脇に抱え振り回しながら、勇一に向けて叫んだ。最初に持っていた鉈剣は血あぶらと歯こぼれが過ぎて折れ、刃の部分は近くに倒れたゴブリンの眉間に突き刺さっている。


「自分の足でここまで来たんだろうが!だったら!最後まで!行動に!責任を!持ちやがれよぉっ!!」


 一言毎に倒木を振り叩きつけ、後ろ手で勇一に石を投げつけた。両手に乗るほどの大きさの石が避けるまもなく頭に直撃し、鈍い音とともに彼は体勢を崩してしまう。チカチカと目の前に星が瞬き、当たった所からドクドクと流れ出るものを感じる。


「敵と戦いたくなったか!!覚えたての弓で何かを撃ってみたくなったか!!」


「……」


 無数のゴブリンが倒木にとりつき、流石に鬱陶しくなったのか緑の群れにそれを投げつけた。

 襲い来る一匹の脚をガルクが掴んだ直後、枯れ枝を折るような音がした。両手に一匹ずつもち、それを派手に振り回して暴れている。


「特別な力がないと何も出来ないのか!?なにも出来ないからやっぱやめまーすってか!?ここに来た時点でお前は一戦力なんだ!働け!ガキみてぇなこと考えてんじゃねぇぇっ!!」


「…さい」


「自分の面倒も見きれねぇ!そんなボンクラは!そんなやつは!今ここで死ね!死んでしまえぇっ!」


「ガルク!言い過ぎ…!」


「うるせえ!こいつが来てなにが変わった!結局こいつは、自分で勝手に出てきたくせに、オレたちにてめぇの世話を押し付けたんだ!だったら!あのクソどもの中に投げ込んでやった方がまだ役に…」


「うるさ…ぐあっ!!」


 ガルクに怒りをありったけぶつけようとしたとき、何かが勇一の横っ腹に追突した。それは一匹のゴブリンで、竜人の誰かにやられたのだろうその片腕は肩から先がなかった。

 汚い汁をまき散らしながら勇一に馬乗りになり、残った方の腕と爪で彼を引き裂こうと振りまわしている。

 遠目ではわからなかったがその爪と牙はボロボロで黄色く汚れており、身体全体から排泄物のような強烈な悪臭が彼の鼻腔(びくう)を侵した。

 勇一は嘔吐(おうと)しそうになるのを必死にこらえながらゴブリンを押し返そうとするが、前のめりの体勢で爪を振り回し隙あらば咬みつこうとするそれを中々排除できないでいる。

 ゴブリンが勇一の鼻先を食いちぎろうとボロボロの牙を鳴らすたびに、その牙についた赤黒い固形物と白濁(はくだく)したよだれが彼の顔にふりかかった。


「どおしたユウイチ!そのまま死ねば楽になるぞ!俺たちもなぁ!」


 二匹を踏みつぶし、なおも悪態をつくガルク。手負いのゴブリン一匹にてこずっている間に竜人達は何匹仕留めたのだろう。だが今、勇一は情けなさよりもガルクに対する煮えたぎる怒りの感情の方が勝っていた。

 どうにか片腕でゴブリンを抑え、もう片方で地面をまさぐる。爪は頭のすぐ横をかすめ、脂ぎった皮脂(ひし)吐瀉物(としゃぶつ)のような口臭が襲う。目線の先にあるのは勇一の頭を打ち付けた石、それは散々ガルクに罵倒された彼の怒りを乗せて、その感情のままに誰かを殴るのにちょうど良い大きさをしていた。


「…っ、クソおぉぁっ!!」


 ギリ、と相手を見据え、手に持った石で思い切り、情け容赦なく、殺意を込めて、半ば八つ当たりでゴブリンの側頭部をぶん殴る。

 突然の打撃によって流石にひるんだそれを押しのけ、立場を逆転させた。今度は勇一が馬乗りになり、殴った石を両手で持ち、ガルクに見立てたその額に狙いを定め全力で何度も打ち下ろした。


「クソッ!クソッ!!クソォッ!!クソオォォッ!!」


 一回、


 二回、


 三回、


 四回、


 やみくもに振り回された爪が、勇一の胸を服の上からなでる。

 服は裂け、肌には一文字の赤い線が浮かび上がった。


「ウオオアアアアアアアァァァァァァッ!!!!」

 

 五回、


 六回、


 七回、


 八回、


 抵抗する力が徐々に弱くなる。両手に持った石は、すでに相手の血や油の色で染まっていたが、勇一は構わず全力で打ち下ろす。


「シネ!シネ!シネェ!!シネエェェェッ!!」


 九回、


 十回、


 十一回、


 十二回、十三回、十四回、十五回、十六回、十七回……


 何度も打ち付けた小さな(ひたい)はつぶれ、へこみ、白くどろりとした液体がにじみ出ている。完全に抵抗がなくなると、息を切らした勇一はゆっくりと立ち上がり顔面の土埃と血がまじった黒い汗を拭きガルクを睨んだ。

ゴブリンどもの勢いはいつの間にか弱くなり、その数を減らし続けていた。

主人公がくじけるのは好きですが、また立ち上がるのはもっと好きです

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