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22 師の正体-5

 

 兜に空いた穴から、ガルーダルは無言で剣を抜き取った。

 使い慣れたはずの剣が重い。

 ナミルの事情がどうあれ、彼女はガルーダルを戦士にしてくれた人だ。憎しみと軽蔑の下に未だ残る尊敬の念をどうしたものか、ガルーダルは複雑な気持ちでいた。


「そっちがけじめをつけるべきだった」


 顔を落としたまま勇一は漏らす。


「ごめん、俺は守ろうとして」


「ううん。わかっているわ」


 ナミルの攻撃は止めようと思って止められるものではなかった。仕方がない……それも彼女はわかっている。だからこの話は終わりだとばかりに彼女は踵を返した。疲弊しきった目が、ナミルの机を捉える。


「火が広がってきたね」


 勇一がばら撒いた薪が本棚を喰い始めたのだ。ぐずぐずしていればその内カーテンにも燃え移る。


「じゃあ早馬の札を取って……何してる?」


 早々に脱出しようと扉を向いた勇一は、ナミルの机に向かったガルーダルへ振り向く。留まる理由もないというのに、彼女は山のような紙の束をかき分けている。

 室内は火によって徐々に明るくなりはじめ、冬とは思えないほど暖かくなってきた。まだ逃げる余裕はあるが、漁り続けるガルーダルに彼は戸惑いと苛立ちを覚えた。


「ナミル様の言葉が気になるの。『あんなもの』って何かしら」


「その答えはここにある気がする」彼女は言う。

 程なくしてひときわ質の良い紙の束を見つけると。片方だけの複眼を勇一に向けた。


「見て。多分これよ」


 勇一から見てもそれは手紙のようだった。ガルーダルの尖った指先が、封筒の中身を慎重に開いていく。


「なにも今読まなくたって」


「だめよ。もし違っていたら、灰の中からは探せないわ」


 重要そうな単語にだけ集中し、彼女は内容を読み始めた。文字の一つ一つが秩序だっていて並び、若干古風な言い回しが見て取れる。これを書いた人物は高齢で、それなりに良い暮らしをしているのだろうと彼女は思った。


「――この手紙の送り主、ナミル様に夜の手のことを話しているわ。でも変ね、見て」


「同盟側の文字は読めないんだ。そっちが翻訳してくれよ」


「あ、そう。それじゃあ」


 ガルーダルは手紙の内容を大雑把に伝えた。そうこうしている間にも火の手は回り、周囲は炎に包まれていく。

 勇一は要約された内容を聞いて首を捻った。


「ガルク・フォーナーはまだ代理人となっていない。マザーから正式に代理人として任命する書状が届くはずなので、夜の手から刺客を送り運び手ごと書状を始末する手筈になっている――と、書いてある」


「運び手って、それはガルーダル達のことだな」


「そうね、でもナミル様はこのことを知らなかった。それがおかしいのよ」


 ガルーダルは机に広げた手紙の一文を指した。肩を合わせるようにして勇一ものぞき込む。


「ここには『懸念されていた』って書いてある。でもナミル様は書状を届けること自体は問題にしていないようだったわ」


「『書簡は私が届ける』って言っていたな。じゃあ、これは誰からの手紙で、誰に宛てて、なんでここにあるんだ?」


 「差出人は?」勇一の問いにガルーダルは差出人の名前を読み上げた。


「差出人……ゴルガリア・ベーリンゲイ!」


「ゴルガリア!」


 勇一の全身が熱くなる。それは決して火に炙られているからだけではない。

 次に彼は、手紙を寄こすということは、少なくとも付近にはいないだろうと考えた。今の時世、獣人族長の助言役という地位の者の居場所など、ほぼ一か所に絞られる。


「族長のそばだ。獣人族族長はパンテラ・シャッハと言ったな。そいつのそばにいる」


「パンテラ様は平原にいるとナミル様は言っていたわ。だから一緒にいるでしょうけど……でも、どうしてゴルガリア様を?」


 ナミルがその名を口にした時、勇一は明らかに取り乱した。ガルーダルはその時感じた疑問をそのまま口にした。


「あいつは、皆の、ドラゴニュートの、仇だ」


 肩を震わせる彼の言葉にガルーダルは寒気を覚える。同時にヴィヴァルニアへ帰ると言っていたのは嘘だったのだろうと察し、少し悲しくなった。しかしだからといって彼を責める気にはなれなかった。


(ここまで、彼にはたくさん助けられたわ。私が何か言える立場じゃないけど……)


「ユウ。ブラキアのあなたが報復を成したとしても、それが原因で戦争が起こるわ。今の状況をわかっているの」


「やっと!」


 勇一が机を殴りつける。入れ墨は赤く光り、刃物のような目をガルーダルに向けた。


「やっと、巡ってきた幸運なんだ、今を逃したら次は来ない。必ず、必ず殺してやるって決めた!」


 ヴィヴァルニアが暗殺者を仕向けてきたと言われても仕方がない。彼の行動によっては戦争を回避するどころの話ではなくなってしまう。だからと言って勇一の決意は決して揺らぐことはないと、叩きつけた拳が代弁していた。

 ガルーダルはきつく握りしめる勇一の手に自分の手を重ねた。彼女の手は甲殻に覆われていて硬かったが、とても温かい。


「ゴルガリア様が何をしたかは知らないけど、悪人だというのならこの手紙が証拠になるわ。夜の手と関わっていたというだけで大きな罪だから」


「ガルーダル」


「でも陣に着いたら、まずはガルク様に会わないと。知り合いなんでしょ」


「やめろ、とは言わないんだな」


「正直迷ってる。今の情勢で応援してるとは言えないし、大勢のために諦めて。なんてもっと言えない」


 しかし心の中でガルーダルは腹を括っていた。今こそ彼から受けた借りを返す時だと。命を懸けてまでここまで来たのだ。彼の選んだ道の終点を見てみたくなったというのもある。優しさと決意に溢れた目で彼を見る。

 勇一も大きく頷く。


(それまで、彼が私に掛けた魔法は続いてくれるかしら)


「行きましょう、運はまだ私たちにある。もう少しの辛抱ね」


「……ありがとう」


 踵を返した勇一は扉へ向かう。ガルーダルも手紙を懐にしまおうとして、まだ疑問が解消されていない事を思い出し、手を止めた。

 ゴルガリア・ベーリンゲイの送った手紙。内容についてナミルは心当たりが無いと言っていた。ならば、誰に宛てたものだろう、と。

 なんとなく不安に駆られた彼女は再び手紙を開いた。「懸念されていた」……その言葉が引っ掛かったのだ。


(丁寧な書き方。これは報告書のように見える。つまり、目上の……!)


 宛先に書かれた名前を見て、彼女の不安はさらに膨らむ。


(パンテラ・シャッハ!?)


 ナミルは「兄は平原へ向かった」と言っていた。しかしその兄宛の手紙がここにある。陣にいるはずのパンテラへ宛てた手紙が、どうしてここにあるのか。

 ガルーダルは自身の不安をどうにかしてほしくて勇一の方を見た。先程のように手を握れば、いくらか落ち着くだろうと思った。しかし


「ガルーダル、構えろ!」


 二人の間に緊張が走った。勇一は既に模造刀を構え、周囲を警戒している。


「どうしたの」


「ナミルが、消えた」


 室内の熱が、一気に氷点下へと落ちたようだった。

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