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17 窮鼠の二人-3

 

「ヴェイロン……ヴェイロン!!」


「ゼヒッ……ゼヒッ…………よげいなごどぉ、するからだぜぇッ……ハハハ、ゼヒ」


 ヴェイロンの精一杯の笑いが虚しく風にさらわれる。勇一は焦げた鱗の足を退かそうと怒りのままにもがく、しかし無駄だった。


(ガルーダル……まさか、もう駄目なんて言わないよな…………まだ、まだだ!)


「あとはぁっ、余分な死体を"増やすだけよ……ゼヒッ」


「ガルーダル……起きろガルーダルーッ!」


「っ…………聞こえているわ」


「!?」


 黒ずんだ指先がピクリと動いた。驚きのあまり硬直したヴェイロンは、ガルーダルが上体を起こすのをただ見ていた。しかし一番この状況に驚いているのは彼女自身だった。


「でめ"ぇ、ゼヒ……どう、どう…………」


「あそこに散らばったスクロールの中には、なかったの……よ」


 彼女がヴェイロンに向けた手には紙切れが握られている。見覚えのあるそれにヴェイロンは手甲の裏を確認し、青ざめた。


「スクロール……まさか」


「ええ、ヤツの火球は魔法じゃない」


 一発逆転の手がガルーダルの手の中にある。これでヴェイロンを吹き飛ばせば全てが終わる。


「へへ……ゼヒ、へへへへへ」


 しかし当のヴェイロンは不気味に笑うだけだった。


「俺にぃ……使うつもりかぁ、ゼヒ…………さっき威力を見ただろうが、この距離で撃てばァ……てめぇら"も巻き添えよ! ヘヘハハハハハ!!」


 威力は強力、だが調整はできない。予め封じられた魔法を使えるだけ……スクロールの弱点だ。当然だが、ヴェイロンは自ら使う道具の特性も理解している。

 血の泡混じりに咳き込みながら、勝利を確信するヴェイロン。その笑いは喜びに満ちていた。

 詰みだ。勇一の心を激しい後悔が飲み込んだ。あと数秒でこのリザードマンは、勇一を踏みつける足に全ての体重をかけるだろう。

 元々彼の気まぐれで生かされていただけだ。いつでも命は奪えた。それが少し伸びただけという話。彼の言ったように、口と肛門から血と内臓を吐き出しながら惨めにむごたらしく死ぬのだろう。その前に肋骨が粉砕されて心臓や肺に突き刺さるかもしれない。そうなれば、自分がどうやって死んでいくのか見ずに済む。

 勇一は一言謝ろうとガルーダルを見た。謝って、彼女にかけた仕掛けを白状してしまおうと口を開く。しかし青い瞳に移った姿は絶望や無念さとはかけ離れたものだった。


「ガ、ガルー……ダル」


 スクロールを構えるガルーダルも、ヴェイロンと同じように確信していた。彼女はほんの少し狙いをずらすと、意思に満ち満ちた声で言い放った。


「いいえ。死ぬのはお前だけよ、ヴェイロン」


 閃光。


 火球が放たれた。灼熱がヴェイロンの真横を素通りして、三人から離れていく。


 爆発。


 火球は横転した馬車の元に着弾した。激しい爆発であらゆるものが炎に包まれる。


 爆風。


 圧力が全方位に解放された。着弾地点にあった馬車や周囲の瓦礫が吹き飛ばされ、崩れた欄干を飛び越え、姿を消す。


「な”、な”に考えてん”だ……」


 意味不明な行動にヴェイロンはうろたえたが、足元の勇一は気付いた。吹き飛ばされた大型の馬車に太い鎖が繋がれていたのを。彼の視線は、自然と鎖のもう一方がどこにつながれているのか確かめようと辿って行く。


「…………っは!」


 見上げた憎き敵の顔。ガルーダルが抉り取った右目に何かがひっかけられている。朝日の逆光でよく見えなかったが、勇一にはそれがフックであると認識した……瞬間、彼の上から重さが消えた。


「っうぎいぃぃいあああーーーーッ!!」


 強烈な力がヴェイロンを背後へ引き倒した。地面に叩きつけられ、筆で書いたように血の跡を残しながら、馬車が姿を消した地点へと高速で引きずられて行く。何が起こったのか全く理解できない敵は、ただ喚くだけだった。


「興奮しすぎよ……フックに気付かないなんて」


 濁流を目指し落下する馬車。ジャラジャラとけたたましい音を響かせながらそれを追いかける鎖。鎖の先端にはヴェイロン。巨体は滑るように勇一らから離れ、やがて濁流へと飛び込むはずだった。

 が、ガルーダルの剣がそれを阻止した。首を貫いた剣が、崩れた欄干の間に食い込む。結果、馬車の超重量がヴェイロンの首に集中した!

 そして


 バツン!!


 千切れ飛ぶ音。自分を引きずる謎の力から逃れようともがいていたヴェイロンが、仰向けのままぱったりと動くのをやめてしまった。彼の身に何が起こったのか勇一は理解できなかったが、ガルーダルが肩の力を抜いたのを見るとつられて息を吐いた。


(終わ……………………った)


 勇一はしばしガルーダルを助けるのも忘れ、唸る風と水音に身を任せた。



 ***



「ユウ、わたし、ね」


「喋るなって、体起こすから。いや、その前に……」


 勇一はガルーダルに刺さった剣に手をかけた。慎重にゆっくりと引き抜くと、袖で血をぬぐう。不思議なほど出血は少なかった。


「全然、痛くないの……変、よね」


「大丈夫だガルーダル、大丈夫」


「気休めは、いいわ。あの、ね」


 ガルーダルは視線を自分の手に向けた。本来あるはずの四つの腕は半分になってしまった。満身創痍の彼女はそれでも不思議と高揚感に包まれていた。


「死んで罪が許されるなら、私は喜んで受け入れるわ。今だって、そう思ってる」


「……」


「でもそれじゃあみんなが報われない。任務は失敗して、死体もどこにあるのかわからない、そんな不名誉なことってないわ。だから私は、みんなの遺品をもって任務を終わらせることにしたの。終わらせて、私の罪を告白する。それでようやく……私は罪人として死ぬの」


 自責の念に苛まれた彼女は、贖罪の意識で正気を保った。その裏切りで結果的に三人が死んだ、極刑は免れないだろう。遺族に殺されても文句は言えないと、彼女は力なく漏らした。勇一を見上げる複眼が日の光を水面の様に反射している。


「でも、ここまでみたい。悔しいよ…………私は結局、罪の清算もできなかった。私の口から謝れなかった。任務を遂行できなかった…………みんな、ごめんね…………ごめんなさい」


 ごめんなさい。ごめんなさい。震える声で仲間たちへの謝罪を繰り返す彼女に、勇一は目頭が熱くなった。彼女は心の底から罪悪感に苛まれているのだ。だからこそ、彼は今こそ秘密を打ち明けようと強く思った。


「ガルーダル、あんたは死なない…………俺がそうした」


「どういう、こと」


 突然の告白に戸惑うガルーダル。しかしふと、彼女は自らの違和感に気付いた。


「意識がはっきりしてるだろう。体も動くはずだ」


 ガルーダルはもう一度自らの手を見た。右半分の視界が欠損しているがはっきり見える。指も信じられないほどよく動く。

 彼女が戸惑っているうちに勇一はヴェイロンの元に行って、帰ってきた。その手には純白の鞘が握られている。彼がガルーダルから抜き取った剣を鞘に納めると、それは本来の姿を取り戻した。


「初めて会ってすぐに死んでしまったあんたを、女神魔法で数日間蘇らせることにした……って言ったら、信じてくれる?」


「そんなこと……………………あ」


 あまりに理解できない言葉だったが、勇一の「不思議な力」を見ている彼女は思い出した。ハニガンとの戦いで感じた山を覆うほどの恐怖、ヴェイロンを不意打ちするための指示、そして致命傷を受けたにもかかわらず生きている自分……。


「これが俺の秘密。死を司る星の女神の魔法であんたを蘇らせた。その代償でこれだ」


 勇一は左の袖を捲くって見せる……何もない。

 彼女は彼と初めて会ったときのことを思い出した。暗闇と朦朧とした意識の中でよく覚えていなかったが、確かに初めて会った時彼の左腕は手首近くまであったような気がして彼の言っていることに合点がいった。


「途中で諦めるなんて許さないからな」


「どうして、そこまでして」


 勇一は「ふん」と鼻を鳴らすと、まるで用意していたような台詞を吐き出す。


「あ、あんたがいれば楽にヴァパに入れるって思ったから」


「……………………」


「……………………」


「……………………」


「あ、あんたが、悔しそうだったから。すごく責任を感じてるみたいだったし……」


「そっか、ふふふ」


(ああ、君はお人よしなのね)


 体が不自由になってまで他人を助ける義理はないというのに。ましてや出会ったばかりの人間になど。

 損な性格だ。ガルーダルは心の中でため息をついた。しかしそれで自分は助かったのだから悪く言うのはやめようと思った。

 彼の言う数日間というのがいつまでかはわからないが、せめてそれまでは私が彼の支えになろう……彼女はそう固く決心した。


「ねぇ、起こしてくれる。もう大丈夫だから」


「あ、ああ」


「んしょっと……………………そうだ、思い出したわ」


「?」


「私がこれを奪い返した時、君はとっても怖い顔をしてたよね」


 ガルーダルは腰のベルトを指す。彼女の仲間の遺品であることを知らなかったとはいえ、勇一は死者から物資をはぎ取る行為を咎めるような態度をしていた。

 しかし勇一もまた、死者の肉体を傷つけ利用している。意地悪く責めるようなガルーダルの視線に、彼女の考えを悟った彼はまごつく。


「いやっ、そう、あれは……俺もおかしかったかなって思ってはいたんだ」


「ふぅん」


「ただ、言い出せなくて……」


「わかった、わかったわ」


 パンッと手を鳴らし、ガルーダルは勇一と肩を合わせる。


「じゃあ私達は裏切り者と、冒涜者……お似合いの二人ってことね。凶徒同士、せっかくだから助け合っていきましょうよ。急げば夕方にはヴァパへ着くわ……よろしくね」


「……うん、よろしく」


 橋を越えた遥か向こうには、黒煙上がるヴァパ。二人は出会った時とは微妙に変化した仲を感じつつ、あえてそのことには触れなかった。

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