12 最後の襲撃者、ヴェイロン・マルクファルム
マナンは墓穴を掘るのに役に立った。二人はフィーニィが埋葬された簡素な墓の前で祈り、足早に立ち去る。出来れば村人たち全員を弔ってやりたい……だがそんな願望は、時間という悪魔によって葬られてしまった。
空は徐々に白さを増し、闇を西へ追いやっている。しかし山々と空ははっきりと区別されていた。数歩先しか見えない道中、二人は無言で木々の間を駆け抜ける。
「待って!」
沈黙を破るガルーダルの指示。勇一は即座に足を止め、彼女の指す方向に目を向けた。景色に混じった異質なものは、すぐに彼の意識をそこへ磔にした。
「あれは……!」
ヴァパの方向から、黒煙が上がっている。白む空に立ち昇るそれは、まるで漆黒の杭のようだった。
文字通り雲を貫く大地の隆起。その元に暫定首都ヴァパはある。頂上から水が流星群の様に降り注ぎ、それを受ける巨大水車を動力として潤う都市だ。
木々を飛び越えて見える光景を、二人はしばらく呆然と眺めていた。今すぐ何があったのか駆け付けたい、しかしどんなに急いでもヴァパへは半日以上かかるだろう。
「この目で見る以外に事情を知る術はない。急ごう」
「ええ、でも……そう簡単にはいかないみたい」
未だ暗い行く先に何が見えるのか。街道に出た二人はそこに沿って尚も進む。勇一は払いようのない不安を胸に、歩幅の広いガルーダルに何とかついて行くしかなかった。
***
「……橋、か」
二人の目の前に現れたのは街道を分断する河川。それに掛けられた石橋はいくつものアーチが連なって長く、さらに馬車が十分な距離を持ってすれ違える程度の幅があった。床版は中央を境に左右で色が分けられ、両端の胸壁に似た壁が落下を防いでいる。
作られた当時は鮮やかな塗料で彩られていたのだろう、所々にその痕跡が見て取れた。二人は橋に差し掛かると、そこに広がる光景に驚愕した。
「生臭い……たった今やられたみたいだ」
「ええ。馬車も人も、全部燃えている」
「出来れば戦わずに無視できればいいと思っていたけど、これじゃあ」
「こんなことをする奴が、ヴァパでも同じことをしないとは限らないわ……覚悟を決めましょう」
いくつもの瓦礫と、人と動物たちの死骸。吐き気を催すような光景と臭い。あちこちで炎がそれらを貪っている。二人は確認しあわなくとも確信した。「これはヴェイロンのしわざだ」と。
「よーーーーう、お前ら! そこにいるんだろう!」
あっけらかんとした声が河川を滑る風にのって、橋の方から聞こえてきた。すぐに二人は瓦礫に隠れると、とりあえず息を潜める。
「そろそろ来る頃だと思ったぜ。なに、ヴァパにはここを通るしかねぇんだ。さ、話し合いといこうじゃねぇか!」
「…………行きましょう」
知られているなら、隠れている意味はない。早朝の風が祝福するように二人の背を撫でた。勇一はマナンの柄を握り、何があっても反応できるように周囲に気を配る。
「……ああ」
二人は身を晒し、声のする方へ歩みだした。
向こう岸まで丁度半分の距離。破壊された馬車の前でヴェイロンはあぐらをかいていた。彼は勇一とガルーダルを認めると、大袈裟に手を降って居場所を知らせる。そしてまるで友人にそうするように「そこへ座れ」と促した。
しかし二人は警戒して応じない。すぐに無駄だと悟ったのか、ヴェイロンは肩をすくめて語りだした。
「あいつらも、黙って俺の言うこと聞いときゃあ良かったのによ。呆れたろ? あれがリザードマンってやつなのさ」
へっ、と心底見下した笑いは、さっきまで殺戮を行っていた者とは思えない。
「そのおかげで、撃破が容易だったわ……命が惜しいなら、そこをどきなさい」
ガルーダルの剣が明け方の空を反射する。隣の勇一にも針のような殺気が伝わってきた。
しかしヴェイロンは緊張の素振りも見せずに続けた。
「あの二人と違って俺ァ、余計な労力を使いたくねえ質なんだ。面倒事は他人にやらせる。自分がやるこたあ、滅多にねえ」
「何が言いたい」
「どうせお前に戻る場所なんてねぇんだ。そこに置いて、そのガキ共々消えろ……隊長さんよ」
ヴェイロンはガルーダルの腰にぶら下がった筒を指差す。やはり、やつはそれが何か知っていた。彼女は未だ切っ先を敵に向けたまま微動だにしない。
しかしそんなことよりも勇一は、ヴェイロンの言葉に驚きを隠せなかった。故に、反射的に彼女の方を向いてしまった。
「隊長……?どういう――――」
勇一は怪訝な顔で首を傾げた。ガルーダルの話によれば、彼女の隊はマシュと言う人物が率いていたはずだ。それはヴェイロンの話と食い違う。
「ははっ、ガルーダルお前、こいつになんて言ったんだ? おいガキ、何言われたか知らねえがな、あの伝令隊の隊長はこのガルーダル・ウォレンズなのよ。仲間を裏切り、死に追いやったのはこの女だ」
「ガルーダル、本当なのか」
「……事実よ」
隊長と呼ばれた彼女は剣を下げる。ひどく悲しそうな表情をしているのが勇一にも分かった。
何故彼女は自分に嘘をついたのか。部下を裏切った彼女と自分と協力して戦ってきた彼女のどちらが本当なのか、勇一にはわからない。ひりつく喉が次の言葉を遮っているうちに、彼女は言葉をつづけた。
「私は部下のみんなを奴らに売った。それは否定しようのない事実」
喉のひりつきは、やがて胸の痛みに変わった。確かに彼はガルーダル・ウォレンズと会って一日程度しか経っていない。信用を得るには短すぎる時間だ。しかし彼女が命を危機に晒してまで勇一と協力したのも事実だ。混乱と動揺が入り混じり顔をしかめる彼は、彼女の本心を確かめたくて半分裏返った声を出すのが精一杯だった。
「じゃ、じゃあどうして――」
「ユウ!」
彼の胸に殴られたような衝撃が走り、次いで後方に弾き飛ばされた。直後、目の前を左から右へ飛んでいく閃光――一瞬の熱波――そして後頭部に硬い何かが当たる。痛みに呻き、彼は昏倒してしまった。
瞼が閉じる。落ちていく勇一の意識をさらに闇へ叩き落とすように、ヴェイロンの甲高い不快な笑い声が響いた。




