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5 強盗のワザ

「うわあぁっ!」


 勇一の本能は反射的に彼の顔と身体をのけ反らせた。が、避けようもない閃光は彼の目を潰した。

 状況が理解できないまま何かに足を取られ、顔から倒れこむ。何かが焦げる匂いだけが勇一の得られる情報だった。


「そのまま突っ込んでりゃあ、あっという間に死ねたのによぉ! 恨むなら女にしろよな、グァッハハハハハ!」


 野太い高笑い。勇一はマナンを握ったまま声から離れると、自分の顔に触れてみた……どこにも怪我は負っていない。視界の端には網膜に焼き付いた光球が居座っている。


(な……んともない)


 冷水で満たされた水槽に一晩内臓を漬けたとしても、ここまで悪寒は走らないだろう。命を失う感覚を二度と味わいたくない彼は、エドゥの次の行動を警戒した。

 灰色の髪の先端がわずかに縮れているのを見て、エドゥが何をやったのかを考える。熱であることは確かだ、と即座に謎の一部を潰した。


「ああ…………やっぱり一人が一番いいぜ」


 エドゥは岩のように大きな肩を回し、晴れ晴れとした顔で言った。


「なに」


「お互いに利用しあって、最後は出し抜く。これが『協力』ってもんだ。なァ……おぉッ!?」


「ユウ、退いて!」


 ガルーダルが何かを投げた。それは彼女の手を離れるなり拡散し、エドゥの顔面にまとわりつく…………乾燥した土を固めた、即席の目くらましだ。

 戦うには数を考慮しても不利と判断した彼女が、鎌状の腕を勇一の服に引っ掛けた。


「だあぁッ、目が!」


 必死に目をこするエドゥはもう片方の腕で周囲を探っている。未だチカチカする視界のまま、勇一は引かれるまま走り出した。


「まちやがれ! クソッタレめ、ぶっ殺してやる!! ああ痛えっ!」


 枯れた森の中に、リザードマンの悪態が虚しくこだました。



 ***



「軽い火傷ね。ほらこっちに……ヒリつくけど、我慢して」


「……」


 逃走の後。体力の続く限り走り続けた二人はいつしか休息を求め、身を隠すのに丁度良い岩陰に隠れていた。

 ガルーダルの荷物には応急処置ができる程度の道具が揃っており、彼女はその中の小さな葉で包んだ軟膏を取り出した。


「ありがとう、その……貴重な薬を」


「いいの。こういう時にこそ使わないとね」


 硬い指先に塗られた箇所は、ひんやりとして気持ちよかった。しかし人の頭ほどもある()()()が目前にあるという事実に、その感覚に心を休められない。大きな複眼に映る極小な無数の自分たちが見えて、勇一は彼女を見据えられなかった。

 彼女はなけなしの薬を使ってくれているというのに、自分はその外見だけを見て生理的な嫌悪を抱いてしまっている。勇一はそれがたまらなく恥ずかしく、顔を背けたまま礼を言う事しかできなかった。


「あれは火属性の魔法ね」


 余った薬をまた葉で包み、大事そうに鞄へしまいながら彼女は呟く。

 勇一はゆっくりと視界に彼女の全体像を入れるように振り向いた。


「戦闘に使えるほどの魔力となると、めったに見られないわ。同盟軍に入っていれば、追い剥ぎなんかしなくてもいい生活ができたでしょうに……」


(あのときは全然気にならなかったのに)


 リザードマンたちから逃げる際、彼女の外見など気にするまもなく飛びついたことを思い出す。

 あのときは……と考えたところで彼は、自分の都合で相手への態度を変えていた事実に気づいてしまった。恥ずかしいやら申し訳無いやらで、頭の中をガルーダルの言葉が素通りして行く。


「ねえ、聞いてる?」


「え?」


「どうやってアイツを倒すかって話でしょう。一人突出して来たみたいだし、他の二人と合流される前にどうにかしないと」


 表情が読めないというのは、それだけで会話に齟齬が生じる。勇一には女神の力があるので言葉の壁に悩むことは無いが、自分とは違う構造の口から日本語が聞こえることに、彼は少しばかりの目眩を覚えた。


「こっちを見失ってるうちに、あの煙の元に行った方が」


「……」


 立ち昇るあの煙が人里なら、同盟軍のガルーダルが求めれば人手を借りられるかもしれない。そうでなくとも一時の休息は得られるはずだ。今エドゥを相手にするには二人掛かりでも力不足だと痛感した勇一はそう提案した。しかし帰ってきた答えに、彼は呆れるしかなかった。


「ユウは行って」


 ガルーダルの読めない表情を見ながら、勇一は聞き返した。


「行くって……俺だけ?」


「そう。これ以上巻き込むわけにはいかないから、見つかってないうちに君だけでもあそこへ行くんだ」


 緑色をした指先が煙を差す。

 彼女は会ったばかりの勇一に逃げろというのだ。彼女にも任務があるのに、他人を優先して自分は危険な賭けに出ようとしている。

 確かに勇一にとって、ガルーダルとリザードマンとの諍いにこれ以上首を突っ込むのは利口とは言い難い。しかし


「初めてあったときの必死さでそう思ったけど……あんたの任務は、大事なものなんだろう?」


「……」


「かなり特殊な事情みたいだし、だったらむしろ、そっちが生きてなきゃ駄目じゃないか」


 エドゥを相手するには力不足。ガルーダルは彼の説得を噛み締めた。軍人としての自分は任務を優先しろと言っている。しかし人としての自分は、身を挺して彼を守れと言っている。


「俺だってヴァパに行きたい。だけどそっちの助けが必要だ、頼りにしてるんだ。だから……どっちかが犠牲に、なんてのは無しにしてくれないか」


 しかし頼りない、こんな時でなければ「男のくせに!」と叱ってやるのに。ガルーダルは気の抜けるような気分だった。しかし同時に、自分にいてほしいという正直な言葉は彼女の考えを変えた。ブラキアの彼は私がいなくなったらどうなってしまうのだろう……きっと沢山、今以上に苦労するに違いない。うっすらと芽生えた庇護欲に、彼女は従うことにした。


「どうしても?」


「どうしても」


「そっか……なら一緒にやりましょう。これが正しいことなのか、わからないけど…………」


 限りなく理想の結末に近づくため、自分の気持ちと任務、今はどちらからも目をそらす。腹には大げさに巻かれた包帯。彼が片方しかない手で巻いてくれたものだ。

 彼と自分のために、リザードマンたちが合流する前にエドゥを叩かなければならない。決心したガルーダルは、肩を一度だけ大きく上下させた。


「やろうガルーダル。二人でやるんだ」


「しっ!」


 ガサッ。

 二人は耳を澄ませる。枯葉を踏む音は、明らかに野生動物のものではない重みをもっていた。

 互いに顔を合わせると、手短に作戦を考え始めた。

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