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3 30年前-2

 エンゲラズでの戴冠式に招かれる。あの時の私は、そんな人生で滅多に無い体験を前に、浮き足立つ感情を表に出さないよう必死だった。

 事前にお父様から聞かされた話によると、新国王は私とそう変わらない年齢の少年らしい。そんな歳で国を背負うというのは一体どんな気持ちなのだろうと、向かう馬車の中で考えていた。


 式はつつがなく執り行われた。先代国王が冠を脱ぎ、次の代へ託す。新国王にとって大きすぎるそれは、載せられた途端ほんのわずかに傾いた。

 火のような赤い目は相手を恐れさせるほどに鋭かったが、その上に乗る傾いた王冠が、見た目の印象にずいぶんと隔たりを与えた。大人たちは眉一つ動かさなかったが、私は子どもらしく肩を震わせてしまう。それを赤い顔で静かにたしなめるお父様の顔を今でも覚えている。


 その後に催された晩餐会は、まさに豪華絢爛。優に百を超える貴族たちがいても肩をぶつけることがない広さにも驚いていたが、そんな部屋がいくつもある城など想像すらできなかった。上を見れば巨大なシャンデリアにため息をつき、下を見ればたった一枚で床を覆う鮮やかな敷物に目を奪われる。


「お父様。新しい王様は、派手好きな方なのかしら」


 給仕の仕草一つとっても質が高いものだと、私にすらわかる。とにかく目に映るもの全てが一流のもので、自己顕示欲をありありと感じさせる雰囲気だ。

 しかしお父様は首を振った。


「大抵の人はわかりやすいもので相手を値踏みするからね。そういう輩を一々相手にするよりも、簡単だろう?」


 けっして年齢相応の見栄っ張りというわけではないと言う。


「ふうん」


 実際私もこの時、王の持つ力を想像してしまったのだからそれが正解なのだろう。私はますます王の人柄が気になった。


「ほら、陛下はあちらだよ」


 指さされた先には人だかり……皆新しい王に媚びへつらうために列を作っていた。式で一通り挨拶と祝辞は述べたというのに、彼らは自らの足元を固めるのに余念がないようだった。


「私たちも挨拶に行こう」


「は、はい」


 ――同じくらいの男の子。あのときの私の心は、それだけで彼への親近感が湧き上がっていた。王とそうでない者、しかし同じ世代だからこそ通じる何かがあるのではないか、と。

 人々の間から徐々に国王らしき人影が見え始めると、私はつま先立ちしてまでその先を見ようとした。「はしたないから、やめなさい」と言うお父様の声も、通り過ぎていった。


「必ず間に合わせよ、わかったな」


「ははぁっ、このダルボラ、必ずや陛下のご期待に応えてみせましょう……では、これで」


「うむ」


 目の前で王と話していた大柄な男。彼がぎこちなく一礼すると踵を返し、私たちと入れ替わるように去って行く。途端に私は鼻を抑えた。


「ううっ……お父様、あれは」


「きつい香水……なんだ?」


 刺激臭が鼻を突く。それが安物の香水であることはすぐにわかった。男の服装は周囲に合わせた無難なものだったが、髪は乱暴に撫で付けられ、歩き方もおよそその服を着る者の所作ではない。手入れされていない指先が、その男が貴族の真似事をした人物であると証明していた。


「あの男、一体……」


「うん? お前たちはもしや……」


 陛下の赤い目が私たちをとらえた。そのとき自分に向けられた声と視線に、私の脚はすくんでしまう。それと同時に異臭の男のことなど頭から吹き飛んでしまった。同時に私たちは、礼節を意識する前に自然と頭を下げてしまった。

 これが齢十ニにして王となった少年の覇気。あのときの私は、それが畏怖なのか恐怖なのかもわからない感情に戸惑っていた。


「へ、陛下」


 立ち去った男の方を向いていたお父様も、あわてて膝をつく。


「ガルバ領主、アイゼンと申します。こちらが娘のベテル……ほら」


「ベテルです。お初にお目にかかります」


「ふむ、やはり『黒真珠』か」


 ぎこちなく下げた頭を上げる。真紅の瞳は、ずっと私だけを見つめていた。怯えた小動物のように震える私は、ただ見つめ返すことしかできなかった。


「聞きしに勝る美しさだ。おまえと比べられたら、本物の黒真珠さえ隠れてしまうだろうな」


 晩餐会の喧騒にあって、その声ははっきりと聞こえた。いつの間にか目の前に出された手に、不思議な力で私の手が吸い付いた。


「あ、あの?」


「決めたぞ――――」


 王が私の手を取る。冷たい指が私の手を絡め取ると、一気に引き寄せられた。

 衣服の意匠が目に入る。会場の雰囲気と違って、王の身なりは決して派手ではない。しかし当然ながら、素材は最高級のものだろう。そんなことをぼんやり考えていると


「私の妻となれベテル。輝かしいヴィヴァルニアを、一番高いところから見せてやろう」


 あろうことかこの時、私は彼の背後に光のようなものを感じてしまった。私の中に、権力への執着があったのかもしれない。



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