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20 冤罪-2

「それで、何をどうするんだ」


「まずは検証、だ」


 血の池に横たわるハロルド。勇一とアイリーンの二人はそれを前にしてこれからの行動を思案した。

 彼はウルバハムは犯人ではないと信じている。彼女が無実だと証明し、疑いをはらさなければならない。


(確かドラマや漫画では……)


 勇一は最初に、ハロルドの遺体を観察することにした。残されたものから、真実につながる手掛かりがないかと探る。


「ん? アイリーン、凶器はどこだ?」


「まだ見つかっていないと聞いた。ウルバハムがどこかに隠したんだろう、とも」


 ぎりと勇一は歯を食いしばった。どれだけ能力が認められても、エンゲラズのブラキアにとってはホラクトは所詮ホラクトなのだろうか、と。


「アイリーンは凶器を探してくれ。俺はハロルドを見るから」


「なぁ……そんなことしなくても、ユウには力があるじゃないか」


 勇一の星魔法を使えばこの事件はあっという間に解決するだろう、と言うのがアイリーンの提案だった。

 しかし勇一はそれはできないと拒む。


「どうして?」


「ハロルドの魂を呼んで、誰にやられたか聞くのは簡単だ。でも女神魔法なんて誰が信じるんだ?」


 精霊魔法と女神魔法。前者は誰もが使える魔法故に知名度など言わずもがな。しかし後者は「聞いたことすらない」という人がほとんどだ。その存在さえ疑われている魔法を使って、素直に信じる人がいるだろうか。


「私と陛下と……お母様が言えば」


「それでも、だ。魂は俺にしか見えない。それで得た証言に価値なんてないよ。大人しく証拠を集めるしかない。それに……」


「それに?」


「俺の力、言いふらすなって言ったのはアイリーンじゃないか」


「あ、ああ。そうだった……」


 エンゲラズにいるであろうスクロール略奪の首謀者。警戒のため勇一が女神魔法の使い手であることは周知していない。


「……」


 検死の真似事にかかった勇一は遺体を見てうなる。

 彼はこんなこと初めてだった。ハロルドの遺体から命の残滓が感じられないのだ。勇一が魂を呼べるのは、「命の残滓」と呼ばれる彼にしか見えない白い()()が見える死体だけだ。しかし目の前に横たわる友人からはそれが全く見えない。これでは、魂から強制的に情報を引き出すこともできない。


「ネティはハロルドが死んだこと、知ってるのか?」


「ハロルドの遺体を見て取り乱して、部屋にこもってしまったそうだ。廊下にまで聞こえるくらい泣き叫んでいて、とても話をきける状態じゃない」


「そうか……」


 ネティ・バーサ……穏健派の最大勢力バーサ家の娘。同じ穏健派のガリアバーグ家長男ハロルド・ガリアバーグとは婚約関係にある。

 二人の仲は良好で、周囲も祝福していたとアイリーンは言う。


「とにかく行動しよう。時間は少ない」


 友人の死という出来事は、勇一の心に重くのしかかる。しかしいつまでも落ち込んでいる時間はないと、二人は行動を開始した。



 ***



「だめだ、何も見つからない。そっちはどうだユウ、何かわかったか?」


「……ああ」


 アイリーンは現場周辺を捜索したが、何も見つからなかった。なんの成果も得られなかったことへの苛立ちを抑え渋々勇一の元へ戻ると、彼は遺体の前で腕を組んでいる。


「背中の傷を見てくれ。これが致命傷になったんだ」


 服をめくりあげ刺し傷を見せる勇一。そこには深々と空いた赤い点が一つあった。

 アイリーンは少し離れた場所から覗き込んだ。


「これだけか。襲撃者は手練だな」


「傷口を見ると、突き上げるように刺している……これは思ったより簡単に片付きそうだ」


「どういうことだ?」


「ハロルドと俺は大体同じくらいの身長だろう」


 勇一は倒れたハロルドの足元へ立ち、アイリーンを自分の背後に移動させた。……のだが、アイリーンは頑なに近づこうとしない。


「アイリーン?」


「私は、ここでいい」


「……」


 本棚でハロルドだけが隠れる位置から、アイリーンはか細い声で呟いた。勇一は怪訝に思いながらも話をすすめる。


「そこからハロルドを刺すとなると、かなり低い位置から突きあげなきゃならない……ウルバハムの身長でやろうとすると、相当無理な体勢になる」


「確かに」


 ホラクトの少女であるウルバハムは、少なくとも頭一つ分は勇一より大きい。


「あとは……状況だ」


「ふぅむ」


「ハロルドがホラクトを嫌っていたのは周知の事実だろう。態度が軟化してきていたとはいえ、そう簡単に意識を変えることなんてできない。なら、どうしてここにいる?」


「そうか! わざわざ人目のつかない図書館の端で、嫌っているホラクトと二人きりで会う理由はない……と言うことか」


 人間である以上、気まぐれというものはあるだろう。しかし現場から推察するに、ハロルドがウルバハムと二人きりで会う可能性は限りなく低く見える。


「アイリーンは凶器どころか、犯人特定につながるものはなかったと言っていたな」


「不思議なくらい何もなかった」


「そして側を通りかかったウルバハムが捕まった。凶器を隠す時間なんてないだろう。ここから彼女が捕まった場所まで行こう。捜索しながら」


 二人は図書館の出入口を警備する衛兵からウルバハムが捕らえられた場所を聞き出す。衛兵は最初訝しんでいたが、アイリーンが名乗るとあっさりと情報を出した。


「もうみんな、ウルバハムが犯人って決めつけてる。何が『無駄なことはやめろ』だ、クソ……」


「それを覆すんだろう、ユウ。この先でウルバハムが捕まった」


 魔法院に接する形で存在する図書館は、外からと魔法院からの二か所に出入り口がある。ウルバハムがいたのは院内の方で、西棟を貫く形で図書館へ通路が伸びていた。


「直線じゃないが、それなりに見通しは良い。窓は部屋にしかないから、凶器を隠すのも難しいな」


「外に投げ捨てることもできない。この先は中庭か……探せばすぐに見つかりそうだね」


 図書館を出て廊下を行くと、中庭を囲う通路に行き当たる。二人はウルバハムが捕まった場所に立ち、周囲を見渡した。


「……ウルバハムには無理だ」


「ああ、私もそう思う」


 凶器の行方、犯行の動作、動機……何をとっても彼女が犯人とは考えにくい。二人は再び図書館に戻り、適当な椅子に腰かけた。


「アイリーン、ハロルドはいつ殺されたんだろうな」


「少なくとも昼前だろう、発見がそのあたりだった。通りかかった私が彼を確認し、キミを呼びに行った」


「……最後にハロルドを見たのはアイリーン、君だ。そこに何か手掛かりがないかな」


「手がかり……?」


「なんでもいいんだ。俺の部屋から出たのはどっちが先だ? その時、何か変わったことはなかったか?」


「変わったこと…………うーん」


「ハロルドのことじゃなくてもいい、自分が変だなって思ったこと」


 腕組みしたアイリーンは天井を見上げる。


「……………………私が先に部屋を出たんだが、ネティとすれ違った。こんな時間に何をしてるんだと思ってのを覚えている」


「ネティと?」


「南棟を出てすぐだったな。私に気づかず、入れ違いで南棟女子寮に走って行った」


「ハロルドはその時部屋に?」


「うん、本を読んでいたから。邪魔するのも悪いと思って、先に出た」


(時間的に俺とぶつかった直後か……)


 ネティが勇一とぶつかり、その後自室に帰る様子をアイリーンが目撃している。

 勇一はあの時しばし呆然としていたが、その後は彼女の通った道をなぞって部屋に帰った。その時すでにハロルドはいなかった。


「入れ違いだったのか……」


 アイリーンの話が本当だとすれば、ハロルドは明け方までは確実に生きていたことになる。


(死体となって発見されるまで大体……六時間以内か? その間にいったい何があったんだ)


「なあアイリーン。ウルバハムがいたところはほぼ一本道、凶器は見つからないし、状況的に彼女が犯行を行うのは不可能に近い。それじゃあだめなのか?」


「なにが?」


「ウルバハムの解放」


「だめだ」


 ぴしゃりとアイリーンは言い放つ。


「お母様はこの事件を『解決しろ』とおっしゃったのだ。解決とは犯人確定までだ」


「…………確かに」


「ウルバハムを助けたいなら、それ以外に無い。怪しい人物がいたか聞いて回ろう」


 勇一は唸った。周囲はウルバハムが犯人だと決めつけている。真犯人がいなければ、罪は自動的に彼女に擦り付けられてしまうだろう。それは何としても阻止しなければならない。


(それに、ハロルドを殺した犯人をこのまま野放しにできるかって話だよな。でもそうなると…………)


 勇一はアイリーンを見た。黄金の瞳が不思議そうにその視線を受け止める。


 ある程度自由に動け、容易に逃走でき、戦闘の心得があるハロルド・ガリアバーグを殺害しうる人物。


 今一番怪しいのは、彼の目の前にいる少女なのだ。


 ――アイリーン様を無条件に信じるのは、危険だ。


 ハロルドの言葉が勇一の脳内に反響する。

 勇一は「君が一番怪しいんだ」とは、言い出せなかった。


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