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10 悪夢

 ―――ねぇねぇおかあさん!ほらみて!


 これは…夢。そう夢だ


 ―――ああ!危ないわ!お願いだからおりてちょうだい!


 子どもが元気に遊んで、心配そうに親が見守る


 ―――へへへっ、ほら!こんなことも!


 ちいさな子どもは、予想できない行動で親を困らせるものだ


 ―――もぅっ…、ほらっ、つかまえた!


 親子の日常、微笑ましい一コマ


 ―――きゃあ!あははは!


 自分は関係ないと思う?


 ―――……セ


 関係ないなら、なぜ見えたと思う?


 ―――カ……セ


 キミの力だ、そして彼女は……


 ―――カエセ


 もう、煩いな…


 ―――カエセ!!


 ―――カエセ!!!!



 ***



「…うあああぁぁ!!」


 藁のベッドから飛び起きる。割れるような頭痛と、滝のように流れ出る汗。呼吸は荒く、心臓は信じられないほどに速く鼓動していた。


「変な夢…夢?なんだっけ…」


 勇一は困惑している。なにせ悪夢を見たことは確かだが、肝心の内容を覚えていないのだ。ぼんやりした頭の中は霧がかかったように不明瞭で、手足は鉛のように重い。起きたばかりだというのに、今日は一日寝ていたい衝動に駆られるが、今日は約束があることを思い出し彼は持てるすべての力をもって身体を持ち上げた。ぼぅっとしているわけにはいかないと、額の汗を拭い気持ちを切り替える。

 いまだに残る頭痛と奮闘しながら外に出ると、とっくに日は昇っていた。村の端にある井戸で顔を洗うと、ジズの元へ向かう。


「ジズさん、おはようございます」


「おお、来たね。早速だけど、これ持っとくれ」


 約束とは、彼女の手伝いをすることだ。

 ガルクは早朝に狩りへ出発し、サラマはミーラの家だ。ここにきておよそひと月、特に何もすることがない日はこうして村の手伝いをしている。最初こそ慣れない労働に全身を痛めていたが、慣れてしまえば楽しむ余裕も出てくるというもので、今では簡単な修理程度なら勇一一人でできるようになっていた。


「へぇ?悪夢を見る」


 水車小屋の点検と修理がてら雑談中、ふと自分のみた悪夢の話をした。勿論、内容がわからないので起きたときの状態を話すだけだが。


「悪夢ったって、中身がわかんないじゃねぇ」


「とにかく、寝起きが最悪なんです。あんまり寝た気がしなくて…」


 それなら…、とジズは小屋の奥に積み上がったガラクタの山をかき分ける。やがて見つけたのは、いかにも年代物の小さな香炉だった。それを勇一に渡すと、水車の点検を再開する。


「これは?」


「見ての通り香炉さ。中身はまだ残ってるはずだから、寝る前に火をつけるんだ。嗅げば安眠間違いなしさ。…そこの金具を取っておくれ」


「もらってもいいんですか?」


「もちろんさ。アタイにゃもう必要ない代物だからねぇ」


 ククク、と手渡された金具を打ち付けながらジズは笑った。


「なんでそんなものがここに…」


「よぉし!少年、ここはもういいから向こうに行きな。危ないよ」


 ガンッ!と水車の軸を叩くと、凄まじい軋みと共に水車が回り始める。さらにジズは、近くにある釜のようなものに魔法で火をつけた。

 ここは鍛冶場。もっぱらジズが使用し、農具や鍋などの修理を行っている。勇一は一度ここで銃器を作ってみようかと考えたことがあったが…火薬の調達やらバネやらネジやら冶金やら、彼が知っている銃の事などたかが知れていたので早々にあきらめたことを思い出した。


「はぁ、後は炉が暖まるのを待つだけだね。まぁったく肝心な時にぶっ壊れやかってこのポンコツが!…何か言ったかい?」


「いえ、なんでもないです…。それじゃ、俺はこれで」


「ああ待ちな。ほら、約束のもんだよ」


 自分の役目が終わったのなら、これ以上ここにいる理由は無いだろう。ジズから投げられた荷物を受け取り、勇一は次にあることを頼むためサラマに会いに行くのだった。



 ***



「え?弓を教えて欲しい?」


 丁度ミーラの家から出てきたサラマに声を掛けた。突然の頼みに少し戸惑っていたようだが、狩りを覚えたい旨を話すると笑顔で了承してくれた。


「ああ、俺は助けてもらった身だし、せめてその恩だけでも返したいんだ」


「ガルクは?最近、ユウの事認めてきてる気がするよ。ちょっとだけ」


「実は…もう頼んだんだ」


 ガルクを除けば、弓の腕はサラマが一番だろう。そして何度もガルクを観察してわかったのだが、彼は何事もここの秩序と姉のサラマを優先したがるようで…それならばその秩序に参加すればいいのではと勇一は考た。水車小屋の件のように積極的に村の皆に関わろうとしたのだ。

 果たしてそれは成功し、集落の皆に受け入れられていくのに従ってガルクも嫌々ながらではあるが勇一の努力に向き合ってくれるようになったのだった。勿論、余計な探りを入れなければ…の話だが。

 そうしてある時、いざガルクに弓の教えを乞うたのだが……



 ***



『ああ、弓?んなもん、獲物を見つけたら、ギュッと絞って、ジッと狙って、あとはバシッと当てるだけだろうがよ』



 ***


 ガルクはガルクなりに教えてはくれたのだが、どうも彼の教えは勇一には合わなかったのだ。


「まぁ、人には向き不向きがあるんだなって…」


「ガルクは昔からそうなんだよね~」


 勇一は枝に的を掛けるとサラマの所へ戻り弓を構えた。ジズに予め頼んで作っもらっていた弓は驚くほど彼によく馴染み、まるで長い間彼と共にあるような使い勝手だ。


「さあ、よく狙って…」


 サラマは勇一の後ろに回った。四本の指がつがえた矢を持つ手にそえられる、勇一の手を包み込む大きな手。手の甲に感じる肌の感触と後頭部に当たる柔らかいものを意識しないように集中し、つがえた指を離すと放たれた矢は一直線に的の横を素通りし木々の中へ消えた。


「あぁ惜しい!もうちょっと!」


 これは、想像していたより何倍も大変かもしれない…。と勇一は戦慄するのだった。



 ***



 この日、彼の矢が的を捉えることはなかった。

 何事もはじめから上手く行く方が珍しいのだと、勇一は自分を慰めた。

 結局今日は、悪夢の内容を思い出すことができなかった。いささか不安ではあるが、午後には頭痛などの症状も治まっていたし、今夜も悪夢を見るとは限らないのであまり気にしすぎるのも悪いかもしれない。と勇一は思った。

 ジズにもらった香炉に火を入れると、ほどなくして天幕の中をよい香りが満たす。それは勇一にとってはじめて経験する匂いだった。呼吸するたびに不安や心配といった負の感情が吹き飛び、頭の中が幾分かすっきりした。…今夜は良い夢が見られそうな気がする、と勇一は少しの希望を胸に横たわり目を閉じた。


 そんな淡い期待は、彼が眠りに落ちてすぐに砕け散るのだった。

読んでいただき、ありがとうございます












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