2-2 模型店に行くけどこれはデートか否か?
女の子と一緒に買い物は、フジの人生では間違いなく初。
さらにふたりの女の子を左右に並べて歩くのも人生で初だ。
車通りのほとんどない道なので横に並んで歩いたまま、目的地に着くまでずっとこの状態が続くだろう。
そのせいでフジの心臓は学校を出て、公道を歩く現在も最大加速状態を維持している。
「タカミさぁん、これから向かってる方向はぁ、どのような運気に恵まれてますかぁ?」
「はい! 北西は『主人の方位』と言われており、旦那さんのお仕事や夫婦関係に関わる方角ですね!
ですが、独身の女性がこの方角に寝室を設置したり出会いを求めるのは難しいと言われています」
「あらあら、でも今日はフジくんと一緒だからぁ、大丈夫ですねぇ」
急にナスナのおっとりとした声に名前を呼ばれ、フジの心臓は急停止。
「はい! わたしたちふたりだとあまりいい運には恵まれないかもしれません。
ですが今日はフジくんが一緒です」
(ぼ、僕にどういう期待をしてるんだ……)
フジの両手で花のように笑うふたりだが、緊張でふたりの会話についていくほどの余裕はフジにはなかった。
「うん……」
「どうしましたぁ?」
「なんか目線を感じる」
と言ってフジは足を止めて周囲を見渡すが、当然誰もない。
「気のせいじゃないですか?」
「そうかなぁ……。少し怖いけど」
「大丈夫ですよぉ。
この辺はぁ、黒いスーツの男性がよく歩いてますけどぉ、お仕事の事務所があるだけですぅ。
フジくんが感じた視線もぉ、そのひとたちですよぉ」
「そ、そうなんだ」
「はい~。あとわたくしのぉ、おうちも近いんですよぉ」
「そうでしたね!」
(ナスナさんが住んでそうな豪邸ってあったかなぁ?)
そんなやり取りをしていると、フジの行きつけの模型店に着く。
店自体はあまり大きくはないが、子供向けの四駆プラモデルやその改造パーツ、ロボットアニメのプラモデルなどが充実しており、休日は元気な声が外まで聞こえる。
表のガラスケースには展示用に作られたロボットたちがポーズをとっている。
だが持たせている武器が重たく、腕が下がっておりポーズが決まっていない。
無様に倒れてしまっている主人公ロボットもあったり、お世辞にも状態はあまり良くなかった。
「わたし、こういうお店初めて来ました!」
タカミはそんなプラモデルたちを眺めながら、楽しそうな黄色い声を上げた。
「女の子はあまり来ないからね。
でも女の子に人気のロボットアニメもあるし――あっ」
ここは自分のテリトリーだからか、フジは喜んで知識を披露しようとしたが、
「ごめんね、あまり興味ないよね」
フジは言葉を飲み込んでからタカミとナスナに謝り、うつむく。
プラモデルの知識や情報などは、専門外の人間にはまったく興味をそそられないだろう。
逆に聞いてるだけで不快と思われることもあるかもしれない。
女の子ならなおさらだ。
ケントのようなイケメンが語るなら絵になるかもしれない。
だがフジのような根暗で、一緒にいる女の子に身長が負けているチビが言っても、オタクが自慢話をしているようにしか見えないだろうと思って口を閉じた。
「いいですよ。もっとフジくんの話を聞かせてください」
「昨日はぁ、わたくしたちがたくさんおしゃべりしましたからぁ~」
「いいの?」
フジは少し顔を上げて、タカミとナスナの表情を伺う。
「もちろんですよ!
わたしはフジくんのことを、もっと知りたいと思っていますから!」
「わたくしもですよぉ」
ふたりがフジをバカにしてあざ笑うために言っているのではないことは、表情を見れば分かる。
両親もあまり興味を持ってくれないフジの趣味についての話題。
それを初めて『聞きたい』と言ってくれるひとがいた。
それもかわいい女の子がふたりも。
フジは恥ずかしながらも顔を上げて、
「女性はあまり来ないってイメージはあるし、それはあまり間違ってないと思う。
でも女の子も好きになれるロボットってあって、イケメンが出てたり、アイドルがいたりすることがあるんだ。
だから女の子もそういう方面から、プラモデルに興味を持って買いに来ることもあるよ。
ほかにも自衛隊のパフォーマンス部隊はアイドルみたいだから、そういうプラモデルも売れてるみたいだね」
フジは言い終わった後、少し早口だったかもしれない、分かりづらかったかもしれない、やっぱり本当は興味ないんじゃないか、それもと興味のない話題にずれてしまったんじゃないかと不安になった。
「フジくん、物知りなんですね」
「ええ~。プラモデルそのものの知識だけでなくぅ、自分以外にどういうひとに需要があるのかぁ、客観的に見ることができる目をお持ちなんですねぇ~」
フジの不安は大きくはずれた。
タカミもナスナも感心した表情とキラキラした目で、フジを見ていたのだ。
「そ、そんなにすごいことかな?
こんなのちょっと調べたりすればすぐ分かることじゃ」
「そんなことありません!
専門分野に強い方は、視野が狭くなりがちです。
その点、フジくんはどうして人気が出るのかちゃんと考えてるんです!
これはなかなかできない考え方だと思います!」
あまりに褒められるので、フジはお世辞で言ってるのではないかと思っている。
タカミもナスナもフジの印象ではとても優しい女の子だ。
フジの気分を害さないように、話を合わせているのではないか。
フジの脳の一部はそう訴えている。
だが別の部分では、かわいい女の子にべた褒めされてとても気分がいいと言っている。
他にもタカミもナスナもフジに気を使うような女の子ではないという意見も出てきた。
「あ、ありがと……」
フジは自分の語りを肯定的に捉えてくれたことを感謝することにし、弱々しい声ながらもちゃんと礼を言うことができた。