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不幸少年フジと幸福部  作者: 雨竜三斗
第一章 不幸少年フジ、幸福部に誘われる
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1-7 とりあえず仮入部

 フジはやや後ろ髪を引っ張られるような感じを覚えながら階段を降りて、玄関までやってきた。


 傾いた日がとてもまぶしく目を細める。


「こんな時間まで学校にいたのは始めてかも……」


 フジは不幸を避けるためになるべく早く家に帰るようにしている。

 帰り道でもトラブルにあったり、工事や事故で通り道が塞がってることが多いので、帰るだけでも時間がかかるからだ。


 そんな歩くだけでなにかが起こる毎日を過ごしているが、幸福部に居た時間は不幸な出来事はまったく起こらなかった。これが幸福部の力なのだろうか。


 もしかしたら幸福部に入れば本当に幸せになれるかもしれない。

 幸せとまでいかなくても、自分の不幸を中和して人並みの幸せを手に入れられるかもしれない。


 さらに幸福部のメンバーは自分を歓迎してくれていた。

 自分は邪険にあつかわれても仕方がない存在なのにだ。


 そんな幸福部から逃げるように出ていってしまった。


 考えや後悔がフジの後ろ髪を引いていたが、この時間に帰らないと家につくのは何時になるのか分からない。

 そう自分に言い聞かせながら、下駄箱から靴を取り出した。


 すると黒い物体が一緒に出てきて足元に落ちた。


 二本の触覚が生え、黒光りした背中を持ち、複数の足が生えた名前を口にだすのもはばかられる虫だ。


「ひゃあ!?」


 フジは尻もちをつきそうになったが、その虫はフジの後ろにカサカサと移動。

 このままで尻で潰してしまうと思い、体を捻り横に倒れた。


「いてて……」


 虫を潰した感触はなかったが、フジの倒れた目の前にその虫が寄ってくる。


「きゃあ!」


 慌ててまた横に転がると、虫はフジの転がった反対方向へと走っていった。


 フジは玄関の近くで話をしていた女子が声に気がついたのか、ちらりとこちらを見ていたのに気がつく。

 逆光で表情は見えない。

 心配してくれているのかと思いきや、やってきた男子の腕にしがみついて、黄色い声を上げながら歩いていった。


 そんな幸せそうなシーンを見送ってからフジは、

「……不幸だ」


 そうつぶやき立ち上がろうとすると、自分に差し伸べられた柔らかそうな手があった。


「フジくん、一緒に帰りましょう」


 虫一匹に大騒ぎしていたフジの様子を見てたのかは分からないが、タカミはフジを助けに来たような安心する笑顔と声で言った。


 校舎に差し込む光がタカミを照らしており、まるで幸運の女神のようだった。


「タカミさん……」


 彼女は今日知り合ったばかりなのに、自分に手を差し伸べてくれた。


 普通のひとならば、先程彼氏と歩いていった女子のように見て見ぬ振りをするだろう。

 あるいはなにもないところで転び、挙動不審なフジを見て笑うかもしれない。

 他人の不幸は蜜の味と言うように見ていておかしいものである。

 かといって口に合わなくてもなにも思うことはない。


 だが今見上げる先にいるタカミはそうではないとフジには思えた。

 第一声は『なにしてるんですか?』でもなければ『バカみたい』でもない。

 大丈夫じゃないにも関わらず『大丈夫ですか』と声をかけるでもない。


 タカミの『一緒に帰りましょう』という言葉には、ここから先はわたしがついているよという言葉がついてくるようにフジには思えた。


 さらにタカミに見とれて少しぼーっとしていたフジに対して、彼女はなにも言わない。

 幸福部の勧誘と一緒で、フジの言葉をただ待っていた。


「うん」

 それだけ言うとフジはタカミの手を取った。


 柔らかくて、少しひんやりとしていて、心地いい手だった。


「ごめんなさい」

「こういうときは『ありがとう』の方がいいですよ」


 詫びの言葉を口にしながら起き上がったフジに、タカミは笑顔のまま、手を握ったまま、そう言った。


 その優しいアドバイスに従ってフジはその五文字を口に出そうとするが、喉奥で引っかかったようにその音はでなかった。


 本当は何度も言う機会があったのかもしれないが、フジにはそのタイミングを見つけることができなかったのだろう。

 フジにとって、普段言い慣れていない言葉だ。


 フジがしばらく、喉奥の小骨と戦っているような顔をしていると、

「次からそう言ってくれるとわたしは嬉しいです」

 タカミはフジの心境を察したような優しい声で言った。


「う、うん……ごめんなさい」


 また言ってしまったとフジはすぐに気がつきうつむいてしまうが、タカミはなにも言わない。


 怒られる。

 あるいはタカミの機嫌を損ねてしまった。


 そう思って恐る恐る顔をあげると、タカミの先程から変わらない笑顔があった。


 気がついているのならそれでいい。

 そうして許してくれたとフジは感じ顔を上げた。


「さ、帰りましょう! フジくん、家はどっちですか?」

「あっち」

「じゃあ同じ方向ですね!」


「タカミさん、部活は?」

 フジはなぜタカミがここにいるのかが今更気になった。


 完全下校時間まではまだ一時間ほどある。

 幸福部のようにやる気のある部活ならば、時間いっぱいまで活動しててもおかしくはないだろう。


「幸福部は自由行動がほとんどだからいいんです!

 さ、行きましょう!」


「でも、僕と一緒だと不幸になるよ?

 帰るだけなのにトラブルに見舞われたりして、家に着くのが遅くなっちゃうかもしれないし、そうしたらご家族の方が心配するかも」


「大丈夫です!

 わたしは一人暮らしですし、この方角は恋愛運や金運に恵まれる方角ですから、悪いことなんて起こりません!」


「そ、そう……」


 言い切ったタカミにフジは少し引きながらも、タカミとなら大丈夫かもしれないと微かに思った。


 一人暮らしというのも気になったが、それ以上に気になる言葉を口にした。


 恋愛運に恵まれる。


 今まで恋愛どころか、女の子との会話もほとんどなかったフジに積極的に話しかけてくるかわいい女の子が現れた。

 恋愛かどうかは抜きにしても、今までとは桁違いの異性運になっているだろう。


 隣を歩く自分より少し身長の高い女の子、タカミを見つめて、

「ねぇ、どうして僕を幸福部に勧誘したの?」

「フジくんが幸せになれる方法を知らない気がしたからです!」


「幸薄そうだったってこと?」

「そういうわけではないです。

 人間誰もが幸せになれる方法があります!

 でもそれはひとそれぞれで、誰かに教わることも教えることもできません。

 だから自分で見つけるしかないんですね」


「自分で見つける」

「そうです!」


 タカミは細い両手でフジの弱々しい両手を取って、

「ですから、フジくんにはフジくんの幸せになる方法を見つけてほしいんです!」

 今日一番の笑顔で言われた。


(今まで不幸だったけど、この子といれば変われるかもしれない)


 ヒロインが登場して主人公の人生が変わるというのは、物語では定番だ。


 だが現実にそれが起こるとは思ってもいなかったし、そんな幸せなことが起これば反動で次の日には大怪我をするか、地震で街が崩壊してしまうのではないか。


 だがそんなことは起こらない気がする。


 なぜなら、今一緒に歩いている間にフジがコケたり、後ろから犬が噛み付いて来たり、車に轢かれそうになったり、夕立に襲われたりしていないからだ。


 さらに登校時には工事中だった場所も『一時中止』と看板にマグネットが張られており、問題なく歩くことができる。足元も崩れる心配もなさそうだ。


 このタカミという幸運の女神を信じることを決意し、

「とりあえず仮入部ってことで……」

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