1-5 教祖セン
部室をノックする小さな音が聞こえた。
丁度会話の間だったから聞こえたものの、話をしていたら聞こえなかったかもしれない。
返事を待たずに部屋に入ってきたのは、黒い前髪で顔が隠れたツインテールの女の子だった。
「あっ、センさん! 儀式は終わったんですか!?」
「うん……」
センと呼ばれた女の子は小さく頷いた。
見た目通り寡黙、静かな女の子のようにフジには見えた。
そんなセンの様子や『儀式』という言葉もだが、その白くて細い手に持っている物がとても気になっていた。
「気になる?」
フジの視線に気がついたのかセンは手に持っているものを前に出して、
「う、うん……」
「御神体」
そう言ってフジに『御神体』と呼んだプラモデルを見せる。
「それはバベル軍の特殊戦闘兵器ルジオミールじゃ――」
「――御神体でいい」
静かな声で即返された。
フジの好きなロボットアニメ『絶対生存マジンキ』その敵メカとして登場するのが『特殊戦闘兵器ルジオミール』だ。
センの言う『御神体』は色が違い、一部の武器がついてない。
だがアニメの設定を熟知したフジは、このプラモデルがなんなのか見間違えることはないと自信を持って言える。
大事そうにそのプラモデルを持つ彼女が『御神体』というのであれば、それ以上深く追求はできないし、フジにはそんな度胸もなかった。
「センさん、こちらわたしと同じクラスのフジくん!
今日は幸福部の見学に来てくれたんです!」
「……私はセン――二年生だけどあまり気にしないで」
(失礼ながら、見えない……)
センの身長はフジよりひとまわり低い。
フジの身長でも中学生に間違われるのだから、もしかしたらセンは小学生と名乗っても騙せてしまうかもしれないと思うほどだ。
身長もそうだが指も小さく細い。
力のないフジが触っても折れてしまいそうだ。
先輩だと思ったナスナが同じ学年で、同じ学年だと初見で思ったセンが上級生。
その上『御神体』のこともあり、フジの頭には整頓しきれない情報が入ってきて、頭の上はクエッションマークがくるくる回っている。
「センちゃんはね、自分で宗教を立ち上げちゃったんだよ」
「へっ!? そんなことできるの?」
さらにフジを混乱させるような情報が入ってきて、その口から裏返った素っ頓狂な声が上がる。
フジの宗教の印象といえば、社会や歴史の授業でも学ぶキリスト教や仏教、イスラム教などだ。
それに加えてロボットアニメに出てくる宗教や、SF漫画の悪役が日本を乗っ取るために作った宗教など、フィクションの宗教などが浮かぶ。
それを立ち上げる手順や方法、そもそも新しい宗教を作るというのがフジにはまったく想像できなかった。
「――できる。日本の法律でも宗教法人の立ち上げは
……個人でも条件付きで可能」
「そ、そうなんですね……」
「興味ある……?」
センが首を傾けると、黒い前髪の間から細くて赤い目が見える。
真っ赤なルビーのような目は、神秘的――というより宗教を立ち上げるだけの不思議な力を持っていそうだとフジは感じた。
「でも、神様でも僕の不幸はどうにかできないかも……」
フジは奇麗な目をそらして、断る理由を探りながら答えた。
風水、手相、アロマセラピー。
セン以外の三人の専門分野はオカルトではあったとしても、そこには怪しい要素は感じない。
極めようとしなくても、インターネットで調べれは手軽に分かる情報だ。
だがこの新興宗教と呼ばれるものは(センには申し訳ないが)怪しく感じる。
ニュースなどで事件を見たり、フィクションに登場する怖い宗教を見ているとなおさらだ。
「――私の神様はひとを救わない」
「じゃあどういう宗教なんです?」
「私の神様はひとに試練を与えるだけ……。
試練を乗り越え――その先に幸せと呼べるものがある」
「そ、そうなんだ……なおさら僕とは相性が悪い、かな」
言葉に詰まるたびに目をあちこちに泳がせながら、
フジは都合の悪いところを説明。
センのいう『試練』とはどういうものなのか想像はできない。
だが、その試練を突破する自信がフジにはなかった。
「――神様は乗り越えられない試練は与えない。
答えらなれないテストが無いのと同じ」
「そ、そうかな」
センの言葉はとてもポジティブな考えだと感じた。
「さらに本日……神からのオラクルが降りている。
今日は新たな出会いがある――と」
「そ、そうなんですね」
「そしてこの出会いは……私とその者にとって大きな転機となる――」
「転機」
「――神は君が我が同志達の元に来ることを予言し……私に教えてくれた。
そしてこの先に試練が待っていることも――」
「その試練は遠慮したいかな」
「――試練は避けて通れない」
食い気味に言われた。
文字通り予言を語るセンの声はとても真剣だった。
それに影響されてか部室の空気も神秘的な雰囲気に変わっている。
まるでセンの発動している結界の中にとらわれてしまったようだと感じたフジは、思わず両手の拳を強く握る。
「――神はこうも申した。
この試練は私だけでなく……幸福部の同志達も……
そして君も――乗り越えなくてはいけない」
フジは、ロボットアニメの名言に『人間だけが神を創れる。信じればそこに神はいる』という言葉があるのを思い出した。
センの言葉の後ろには間違いなく、彼女の創った神様がいる。
だからこそセンの言葉に強さを感じてフジは息を呑んだ。
「これは君が神の言葉を信じる信じないにかかわらず……試練は必ずやってくる」
「避けられないってこと」
センは強く頷き、フジを魔力のある宝石のような目で見つめている。
センが手に持っている御神体――特殊戦闘兵器ルジオミールのプラモデルも、その不気味なモノアイでフジを見ているような気がした。
「――入信の答えはすぐじゃなくてもいい。考えておいて……」
センがそう言うと今までの空気感はなくなり、穏やかな表情でセンの話を聞いていたタカミたちがいるのに気がつく。