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不幸少年フジと幸福部  作者: 雨竜三斗
第一章 不幸少年フジ、幸福部に誘われる
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1-4 お嬢様風アロマセラピスト ナスナ

 部室を優しくノックする音がした。


「ごめんなさぁい。理科室に寄ってたら遅くなっちゃいましたぁ~」


 間延びした口調の女の子が部室に入ってきた。

 穏やかな空気が部室に入り、男子がふたり居るのに女の子の部屋のような雰囲気になる。


 彼女のとても長くふわふわの赤毛からアロマの香りが漂ってくるようだった。


「いいんですよ。この部活は基本自由行動ですから!」

「ありがとうございますぅ~」


 タカミが声をかけたタレ目の女の子はタカミとは違いリボンを選択、スカートの丈もとても長くしている。そんなところからフジは、お嬢様学校から来た転校生ではないかと思ってしまった。


「……いつもと違う匂いがしますわぁ~」


 そんなお嬢様な雰囲気がする彼女だが、急にらしくない行動を始めた。

 周囲を犬のようにくんくんと匂いをかぎ始めた。


「この匂いはタカミちゃん」

 意識を嗅覚に集中するように彼女は目をつぶり、匂いを辿って部屋を嗅ぎ回る。


「こっちのタバコっぽい匂いはケントくん」

「父さんが吸ってるから、ついてしまってるのかもしれないねっ」


 ケントは念のためフォローするように言った。

 だが結構近い距離で手相を見てもらっていたのだが、フジにはその匂いは分からなかった。


「くんくん……」


 犬のような動きで彼女はフジの元へとやってきた。

 何故かスラックスの方から匂いを買いでくる。


(女の子にこう思っちゃ失礼なんだろうけど……なんだか、えっち)


 フジは恥ずかしいというより、いやらしいことをさせているような感じがしてきて、顔を赤くしながら彼女の動きを追っていた。


 足から腰に、ブレザーの匂いを嗅いでからネクタイに鼻を当てるほど接近、そして首元。さらに顔に近づいてくる。


(こ、ここで地震が起こったり、誰かが僕の体を押したら、ちゅーになっちゃう)


 少し動けは彼女の唇が頬に触れてしまうのではないかという所まで来ており、フジは体中に力を入れて動かないようにしている。


 だが彼女からでるアロマよりもリラックス効果のある甘い香りに、フジの体の力が吸われていく。


 フジは助けを求め目を動かしてタカミとケントを見る。

 だがふたりはニコニコしてフジを見ているだけだった。


「嗅いだことのないひとの匂いですぅ~。

 それともうひとつ不思議な匂い~」

 と本当に至近距離でつぶやく。


 その甘い声と一緒に出た息がとても甘く、さらにくすぐったくて、フジは背中がブルっと震える。


 そして彼女の鼻は下へと戻り、フジの右腕を嗅ぎ始めた。

 二の腕から肘、手に近づいてくると、彼女は気がついたように目を開き、

「あなたですかぁ~」


 タレた目を開いて、上目遣いで彼女はフジを見つめる。


「なな、なにが?」


「この匂いはなんですかぁ?

 のりのような薬のような匂いですぅ~」

 と聞いて彼女はフジの手のひらに鼻を当てた。

 鼻だけでなく、唇も触れているのが分かり、フジの顔は真っ赤に染まる。


「たったったたたたたた」

「たたた?」


「多分、接着剤とか……ぷぷ、プラモデルの塗料の匂いだと思いますっ」


「まあ、そうでしたかぁ~。それは嗅いだことのない匂いですぅ~」


 匂いの正体を知った彼女は、答えがわかったことを喜ぶように両手を合わせた。


 彼女の接近から開放されたフジは、胸に左手を当てて呼吸を整えながら、

「でもそんなに染み付いちゃってます?」

 と聞く。

 だが、今のこの右手を自分の顔に近づけることはできない。


 もしかしたら今この右手は塗料や接着剤の匂いよりも、彼女の甘い匂いがついているかもしれないからだ。


 だが今ここでひとりならば、嗅いだかもしれない。

 それにここで手を口元に当てたら間接キスが出てきしまいそうだった。


 匂いの持ち主は、フジの言葉に花のように甘い香りがしそうな笑顔を見せた。


「違いますよぉ~。わたくしがぁ、匂いに敏感なだけですよぉ~。

 君の使ってるシャンプーやボディソープの種類も、匂いから分かりますからぁ~」


「す、すごい能力だね……アニメの異能力とかみたいだよ」

「よく分からないですが、褒められてますね~。ありがとうございますぅ」


 通じないだろうと分かっていても、今のフジの思考回路では他にいい言葉が思いつかなかった。


「彼女は部員のナスナさん、一年生ですよ」

 状況が一段落したところで、タカミが彼女を紹介する。


(同い年だったんだ……)

 だが物腰や言葉遣いから、年上のように思えた。


「こちら見学に来てくれた同じクラスのフジくんです」


「よろしくぅ、接着剤のフジくん~」

「よ、よろしく」


 先程言った『アニメの異能力』が使えそうな異名だが、それにしてはカッコ付かないとフジは乾いた笑いをしながら返事をした。


「わたくしはぁ、アロマセラピーみたいな匂いで幸せになれる方法を研究していますよぉ」

「それでナスナさんもいい匂いがするんだ」


 匂いもそうだが、ナスナの行動にもフジはドキドキさせられっぱなしだった。

「えへへ、ありがとうございますぅ」


 周囲に色とりどりの花が咲くエフェクトがつくような笑顔と、どんな生き物も引き寄せられるような匂いがしそうな声でナスナは礼を言った。


 だがそんなナスナには、自分が内心でどう思っていたのかは、分からないだろう。この笑顔を見てフジはそう思った。

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