2-4 ナスナのお家でプラスチックと言われて連想されるモノ
フジが会計を済ませている間、タカミとナスナは先程まで見ていなかったコーナーを見ていた。
「女の子のお人形が売ってますね~」
「かわいいですねぇ~」
ふたりが見ていたのはソフビ製のフィギュアだ。
ただし、女の子が人形遊びするものではない。
俗に言う美少女フィギュアだ。
最近はプラスチックと合わせた製品や、プラモデルとの互換を意識した製品も出ており、それも一緒に飾られている。
「それに不思議な匂いがしますねぇ……」
「多分ソフビとかABS樹脂の匂いじゃないかな」
会計を終えたフジはふたりの元にやってきて言った。
「『ポリ塩化ビニール』と『アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン共重合合成樹脂』のことですねぇ。
それとプラスチックが混ざって面白い匂いになってますぅ」
「……詳しいね」
フジも知らなかった材料名が出てきて、驚きを通り越し呆れのような感情が浮かんできた。
そのせいか顔も引きつり始める。
「テレビで見たことありますよ!
こんなかわいいお人形さんのことを『萌え』って言うんですよね!?」
タカミは新しい文化を見て知的好奇心をくすぐられているような声と、目に星マークを灯しながらフジに聞く。
「まあ、そうだね」
そんなタカミを愛らしくも眩しい感じたフジは、目をそらしながら肯定。
「こういうのが好きなひとって幸せそうですね。
好きなものに囲まれた生活ができるんですよ!
朝起きたらかわいい女の子が居て、家で帰りを待っててくれる。
とてもいい生活だと思いますよ」
「そうかな……」
フジは落ち着かないように手いたずらをしながら答える。
タカミがどういう特集を見たのかは分からないが、フジは絵に描いたようなオタクの生活を想像した。
フィギュアはあっても『おかえり』という言葉を言ってくれるひとはいない。
それが本当に幸せなのかとフジは考えている。
「好きなものに囲まれて過ごす時間が不幸なわけないじゃないですか!
家に何もないということが一番不幸です!」
それでもタカミはどこまでもポジティブなことを言う。
両手を強く握り、必死に自分の意見を語るタカミだが、そこには少し必死さがあったようにフジには見えた。
「まあ、本人がそれでいいなら、いいのかも」
タカミの声に押されて、フジは納得させられたように言葉を口にした。
「わぁ、これすごいですねぇ」
フジたちが話している間に、ナスナはまたプラモデルの箱を開けて匂いを嗅いでいた。
今度は女の子のロボットに鎧や武器を持たせて遊ぶプラモデルだ。
通常のプラスチック以外に、肌の質感を出すためにソフビとABS樹脂を使っている。
匂いを堪能しているナスナだが、左手に持つ袋が少し邪魔そうに見えた。
「持つよ」
「ありがとうございますぅ」
フジが声をかけるとナスナはのんびりと礼をいいながら、袋を渡してくる。
フジはそれを自分の袋と一緒にしまった。
「フジくんはこういうの作らないんですか?」
「僕は、いいかな。
僕はあまり興味ないし、あとこういうの好きなひとって、あまりいい印象持たれないから」
「わたしはそんなこと思いません。
自分の好きなものを誇っているひと、好きなものを好きだと素直に言えることこそ、幸せなひとだとわたしは感じています」
「僕の部屋を見たら引くかもよ?」
タカミは自分の考えを優しく語るが、フジはそんなタカミでも部屋を見たら引きつった顔になってしまうのではないかと思い、自虐的な言い方をした。
フジの部屋にはたくさんのプラモデルが並ぶ。置き場に困った宇宙戦艦のプラモデルは天井から紐で吊るしているほどの状況だ。
プラモデルや趣味のもの以外にも、見せられないものはいくつかある。
「引いたり気を悪くしたりなんて絶対にしません!
たとえ部屋にえっちな本が沢山あっても、それがフジくんの幸せなら否定することはないです」
「でもえっちな本はないかな」
「じゃあえっちなブルーレイはあるんですね?」
「それもないよ」
「じゃあ、えっちな道具?」
「ひとに見せられないって、えっちなものがあるからじゃないから」
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「ではぁ、わたくしはこちらですのでぇ~」
ナスナは店を出てフジたちとは反対側の方へと歩く。
「また明日ー!」
タカミは大きく手を振って、フジは小さく手を振ってナスナを見送った。
「買っちゃたけど、本当に大丈夫かなぁ……。
帰りに何かあって壊したりしないかやっぱり心配だよ」
フジは不安な表情で大切なプラモデルの箱を見直す。
「昨日わたしと分かれたあと何かありましたか?」
「急に犬に追いかけられて、家まで逃げたくらいかな」
「すごいです! やっぱりフジくんは動物に好かれるんですね!」
「吠えられたけど、あれは好かれてるのかな……」
「でも怪我とかはしなかったんですよね」
「あ、うん。
初めて無傷で家に帰宅できたかも。それはタカミさんのおかげ、かな」
「そう言ってもらえるとうれしいです」
フジの言葉を素直に受け取り、主人公の帰還を喜ぶロボットアニメのヒロインのような笑顔を見せたタカミ。
フジはその眩しさを直視できず、目をそらして両手の指を絡ませる。
すると手に持っている袋が少し重いことに気がつく。
「あ、ナスナさんが買った塗料こっちに入ってた」
ナスナが女の子ロボットのプラモデルを見ていたときに、一時的に預かったのをすっかり忘れていた。
「どうしようか」
「今から追いかければ間に合うかもしれませんよ。
ナスナさんのお家は、先程別れた箇所を真っ直ぐです」
「行ってくる。ごめんね、タカミさん」
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いしますー」
フジはタカミの元気な声に送られて走り出す。
明日学校で渡すこともできるはずだ。
タカミにお願いすれば、すぐにナスナにその件を連絡してくれることも走り出した後に思った。
だがフジが帰宅、あるいは明日の登校中に小さな瓶を割ってしまえばそれはできなくなる。
最悪また購入のためにお店に来て、そのあと割ってしまうということを繰り返してしまうことも考えられた。
今から追いかけるのが正しい。
「ナスナさーん、待って――」
丁度ナスナが角を曲がったように見え、声を出すがナスナは気が付かずに通り過ぎた。
フジもすぐに曲がろうとするがそこは角ではなく入り口。
「えっ!?」
武家屋敷のような入り口があった。
高級そうな木材でできた扉はすでに閉まっており、本当にナスナはここに入っていったのだろうか確認ができない。
表札もなく本当にここがナスナの家なのか疑問に思っていると、
「おい!」
「はいっ!?」
太いナイフのような声にフジは背筋を伸ばして、裏返った声で返事をした。
ゆっくりと振り向くと身長190cmはあろう黒いスーツの大男。
ふたりとも黒いサングラスをかけているが、光を遮断するはずのレンズを通して鋭い眼光がフジに飛んでいる。
「組の事務所に何用だ!?」
「あっ、えっと」
「何を持ってる!?」
「ぷ、プラモデルを」
「それで何するつもりだ!?」
「もしかしてC―4か!?」
「なんだと!?」
「シーフォーって、ぷぷぷ、プラスチック爆弾じゃないですよ!」
「C―4がプラスチック爆弾だって知ってるじゃねえか。おら――」
大男がフジの両腕をつかもうとした瞬間、武家屋敷のような木製の門がゆっくりと開く。
「あら、表が騒がしいと思ったら~フジくんではありませんかぁ~」
そこからできたのは自分と同じ学校の制服を着た女の子だった。
香ってくるアロマの匂い、間延びした口調、優しげなタレ目。
つい先程別れたナスナが制服のまま出てきた。
だがあまりの状況に混乱したフジの口からは、最近知り合った名前を呼ぶことはできなかった。
「お嬢のお知り合いで」
「部活のお友達ですぅ~」
「それは失礼しました!」
大男ふたりは、背筋を伸ばしてから腰を直角に曲げた。
「あ、あははは。こちらこそごめんなさい」
フジの体は小刻みに震えており、それを口にするので精一杯だった。




