楽園世界のヴァルキュリア―救世の少女―

第七章 救世の少女

第八十二話 ルチアとサナカ

　正気を失い、操られてしまったサナカは、呆然としたまま、ルチアを見ている。

　まるで、目の前にいる少女が、ルチアだと気付いていないようだ。

　帝国兵に捕らえられてしまったリリィは、抵抗することもできず、ただ、不安に駆られた様子で、ルチア達を見るしかなかった。

「サナカ……」

　リリィは、操られてしまったサナカを見て、心が痛んでいるようだ。

　実は、サナカが操られたのは、リリィを守るためだった。

　サナカは、操られないようにと、抵抗しようとしたが、帝国兵が、リリィを捕らえ、動くなと命じられてしまった。

　ゆえに、サナカは、抵抗することもできず、操られてしまったのだ。

「まさか、操られているというのか？」

「これは、まずい……」

　サナカの様子をうかがっていたクロウは、察してしまう。

　サナカが操られているのだと。

　このままでは、攻撃することもできない。

　帝国はサナカを利用するだろう。

　ゆえに、クロスは、舌を巻いた。

「さあ、サナカ、ヴァルキュリアを殺せ」

　妖魔は、サナカに命じる。

　サナカは、命じられるがままにルチアに向けて、魔技・ブロッサム・アローを発動する。

　ルチアは、回避し、魔技・ブロッサム・ブレイドで、相殺する。

　だが、サナカは、続けて、魔技・ブロッサム・インパクトを発動した。

「っ！！」

　ルチアは、爆発を回避するが、吹き飛ばされかける。　

　なんと、体勢を整えたが、サナカの猛攻は止まらない。

　魔技を発動し続け、ルチアをほんろうさせた。

「ルチア！！」

「待て！！クロウ！！」

　クロウは、ルチアの元へと駆け寄ろうとする。

　だが、その時だ。

　妖魔が、魔法を発動したのは。

　クロスは、その事に気付き、クロスの服をつかんで、下がらせる。

　もう少し、遅かったら、クロウは、直撃していただろう。

　しかも、威力は、今までの妖魔達に比べて、格段に強い。

　サナカを操るほどだ。

　一筋縄ではいかなそうであった。

「お前達の相手は、俺だ」

「貴様！！」

　クロスとクロウの前に妖魔が立ちはだかる。

　邪魔をするつもりだ。

　クロウは、怒りに駆られ、妖魔に斬りかかろうとする。

　続いて、クロスも、妖魔に向かっていた。

　だが、妖魔は、立ったまま、不敵な笑みを浮かべる。

　余裕と言わんばかりの様子であった。

「サナカ様！！お止めください！！」

　ルチアは、サナカにやめるよ訴える。

　だが、ルチアの声は、サナカに届いていない。

　サナカは、魔技を発動し続けて、ルチアは、回避するか、魔技で相殺するしかなかった。

　サナカと戦いたくないのだ。

　それでも、サナカは、ルチアに攻撃を仕掛けてくる。

　ルチアを殺そうとして。

「お願い、正気に戻って！！」

　ルチアは、もう一度、サナカに訴える。

　だが、サナカは、容赦なく、魔技・ブロッサム・ブレイドを発動。

　オーラは、刃となって、ルチアに襲い掛かり、ルチアは、回避する。

　だが、サナカは、もう一つ魔技を発動していたのだ。

　ブロッサム・インパクトを。

　ルチアの背後で爆発が起こり、ルチアは、吹き飛ばされた。

「うあっ！！」

　吹き飛ばされたルチアは、地面にたたきつけられる。

　起き上がろうとしたルチア。

　だが、彼女の前に、サナカが立ちはだかった。

「正気？私は、正気よ？ルチア」

「え？」

「私ね、貴方が、羨ましかった。強くて、優しくて……。同時に、妬んだ。なんで、私とは違うのって？」

「さ、サナカ様？」

　サナカは、自分は正気だと告げる。

　だが、どう見ても、正気ではない。　

　サナカの瞳には、光が宿っていないのだから。

　ルチアは、戸惑うが、サナカは、語る。

　サナカは、ルチアの事を妹のように、大事にしてきた。

　明るく、強いルチアの事をうらやましいと感じ、同時に、嫉妬したのだ。

　だが、ルチアには、理解できなかった。

　なぜ、サナカがルチアの事をうらやましいと思い、嫉妬したのか。

　サナカだって、シャーマンであり、強いはずなのに。

「だから、私は、貴方が、嫌いよ！！」

「っ！！」

　サナカは、ルチアを拒絶し、ルチアの背中を踏みつけた。

　ルチアは、苦悶の表情を浮かべる。

　サナカは、容赦なく、魔技・ブロッサム・アローを発動した。

「うっ！！あああっ！！」

　オーラの刃が、ルチアの体に次々と突き刺さる。

　回避すらできないルチアは、痛みに耐えるしかなかった。

「ルチア！！」

「くそっ！！」

　クロスは、ルチアの元へ向かおうとするが、妖魔が、二人の前に立ち、阻んでしまう。

　クロウは、苛立ち、剣を振るうが、妖魔は、クロウの剣をはじいた。

「駄目、駄目だよ……。サナカ…」

　リリィは、涙を流して、呟くが、彼女の声すらも、サナカには届いていない。

　何度も、止めようと、もがくが、帝国は、リリィを離そうとしなかった。

　サナカは、ルチアから、離れる。

　ルチアは、激痛に耐え、起き上がるが、ふらついてしまう。

　それほどのダメージを負ってしまったのだろう。

　もう、回避することもできないほど弱っていた。

「終わりね」

　サナカは、構える。

　魔技を発動するつもりだ。

　止めを刺そうとしているのだろう。

　その時だった。

「駄目、サナカ！！」

　リリィは、サナカに向かって叫ぶ。

　声が枯れるのではないかと思うほどに、大きな声で。

　リリィの声に、反応したサナカは、振り向く。

　だが、その表情は、あの優しかったサナカではない。

　冷酷な表情をリリィに見せていた。

「貴方は、黙ってなさい。それとも、まず先に、貴方を殺すわよ？」

「いいねぇ。それも、面白そうだ」

　サナカは、リリィを殺そうとしているようだ。

　邪魔をされたと感じているのかもしれない。

　ルチア達の戦いを傍観していた帝国兵は、不敵な笑みを浮かべる。

　シャーマンが、パートナーを殺すところを見たいと言わんばかりに。

　サナカは、リリィに迫る。

　リリィは、もがくが、帝国兵は放さない。

　このままでは、リリィは、サナカに、殺されてしまう。

　それでも、サナカは、立ち止まり、リリィに向けて、魔法を発動しようとしていた。

「駄目です。サナカ様！！」

「ルチア……」

　ルチアは、痛みをこらえながらも、サナカの前に立つ。

　リリィを守るために。

　リリィは、ルチアとサナカを見ていることしかできなかった。

「駄目ですよ。リリィ様は、サナカ様の大事なパートナーじゃないですか……」

「……」

　ルチアは、サナカに語りかける。

　知っているからだ。

　リリィは、サナカにとって、大事なパートナーであり、家族である事を。

　だからこそ、殺させまいと、リリィの前に出たのだ。

「じゃあ、貴方から、殺してあげる」

　サナカは、ルチアをにらみ、魔技を放とうとする。

　今度こそ、ルチアを殺すために。

　ルチアは、回避しようとせず、相殺させるつもりだ。

　リリィを守ろうとしているのだろう。

　だが、その時であった。

「駄目、サナカ！！ルチアは、サナカの妹なんだよ！！」

「っ！？」

「え？」

　リリィが、サナカに訴える。

　しかも、衝撃的な言葉を告げて。

　なんと、ルチアのサナカの妹だというのだ。

　サナカは、「妹」に反応したようで、動きを止めてしまう。

　ルチアは、驚き、目を開けて、振り向いた。

「い、妹？」

「そうだよ、サナカ。ルチアは、サナカの妹なんでしょ？」

「わ、私が？」

　ルチアは、戸惑いながらも、リリィに尋ねる。

　リリィは、うなずいた。

　ルチアは、正真正銘、サナカの妹らしい。

　血のつながった姉妹のようだ。

　だが、ルチアは、戸惑いを隠せなかった。

「た、確かに、私には、お姉ちゃんがいるけど、行方不明になったって……」

　自分の過去を思いだしているルチアは、知っていた。

　自分には、姉がいたのだと。

　だが、その姉は、孤児院から脱走したらしく、行方不明になったと聞かされていた。

　それ以来、ヴィオレットがルチアの姉として、ルチアを支えてきたのだ。

　ルチアは、戸惑いながらも、サナカの方へと視線を向ける。

　その時だ。

　今まで、ぼんやりとしていた姉の顔が、はっきりと浮かんできたのは。

　ずっと、心の奥底にしまい込んでいた為、姉の顔がはっきりと思いだせていなかったのだが、リリィの話を聞き、思い出したのだろう。

「っ！！」

　ルチアは、はっとし、目を見開く。

　その姉の顔は、サナカにそっくりだったのだ。

「妹だからこそ、許せなこともあるのよ。リリィ」

「そんな……」

　サナカは、リリィにはっきりと告げる。

　妹だからこそ、許せないのだ。

　余計に。

　話を聞いたリリィは、愕然とした。

　もう、サナカは、元に戻らないのではないかと、あきらめて。

「はははっ！！残念だったねぇ。妹は、実の姉に殺される。なんとも、残酷な話だ」

　帝国兵は、笑い始める。

　この状況を楽しんでいるのだろう。

　実の姉妹が、殺し合い。　

　最後は、ヴァルキュリアは、実の姉に殺されるのだと思うと、楽しくてたまらない。　

　そんな感情が、帝国兵の中に生まれているのだろう。

　サナカは、ルチアに襲い掛かろうとした。

「待って！！お姉ちゃん！！」

「っ！！」

　ルチアは、叫ぶ。

　サナカの事を「お姉ちゃん」と呼んで。

　サナカは、ルチアの声に反応し、体が、固まった。