第六十六話 孤立したルチア
ネロウは、クロスとクロウを捕らえてしまった。
まるで、ルチア達を敵とみなしているかのようだ。
そんな彼の様子を一人の帝国兵が、うかがっていた。
ネロウに、嘘を吹き込み、ルチアを敵と思い込ませたあの帝国兵が。
「うまくいったな。さて、どうするかな?」
帝国兵は、笑みを浮かべている。
この状況を楽しんでいるかのようだ。
ルチアが、危機的状況に陥り、どうするのか、様子をうかがっているのだろう。
ルチアは、愕然としている。
まさか、ネロウが、クロスとクロウを捕らえるとは、思いもよらなかったからだ。
「どうして、ネロウ……」
「決まってる。復讐するためだ」
「え?」
ルチアは、体を震わせながら、ネロウに問いただす。
ネロウは、復讐するためだと、きっぱりと、答えた。
なぜ、自分達に復讐しようとしているのか、理解できないルチア。
クロスとクロウも、同様であり、檻を破壊するために、剣を何度もぶつけるが、頑丈な地の檻は、破壊できなかった。
「僕の母さんが、死んだのは、ジェイクのせいだ。いや、お前のせいでもあるんだ!!ヴァルキュリア!!」
ネロウは、ルチアに怒りをぶつける。
自分の母親が死んだのは、ジェイクのせいだけではない。
ルチアのせいでもあると。
ルチアは、絶句した。
自分も、ネロウに、憎まれていたのだと。
だが、無理もないかもしれない。
自分は、ネロウを責めてしまった。
そんな気は、なかったのだが、ネロウは、そう思っているに違いない。
ルチアは、否定することもできなかった。
「お前が、助けに来てくれれば、母さんは、死なずに済んだ!!だから、僕は、お前を許さない」
ネロウは、ルチアを責める。
ルチアが、助けに来てくれれば、自分の母親は、死なずに済んだのだと思い込んでいるようだ。
だが、彼は、まだ知らない。
ルチアが、ヴァルキュリアに変身できたのは、つい、最近の事であり、シャーマンが、殺された事も、知らなかったのだ。
いや、他の島が、制圧されていることさえも、ルチアは、知らなかった。
だが、ルチアは、説明した所で、それは、言い訳にしかならない。
ルチアも、思っているからだ。
自分が、もし、もっと早くヴァルキュリアに変身できていれば、誰も、苦しまずに済んだのではないかと。
「待て、ルチアは何も悪くない!!」
「そうだ!!現実から、目を背けるな!!」
「黙れ!!」
クロスとクロウが、説得を試みる。
二人は、わかっているのだ。
ルチアは、何も悪くないと。
ネロウは、現実から、目を背けているだけなのだと。
だが、二人の言葉は、ネロウに届かない。
怒りを露わにし、我を忘れて、魔技・アース・アローを発動する。
オーラは、いくつもの矢となり、二人に向かって放たれた。
「うっ!!」
「ぐっ!!」
「クロス!!クロウ!!」
オーラの矢は、クロスの右肩を、クロウの左わき腹をかすめる。
二人は、苦悶の表情を浮かべた。
「もう一度、言ってみろ。殺してやる」
ネロウは、クロウとクロウを脅す。
しかも、殺気を宿して。
本当に、殺すつもりだ。
ネロウは、自分達の事を敵だと思い込んでいるのだろう。
自分達を助けに来なかったことを恨んでいるのかもしれない。
そう思うと、今、最悪の状況だ。
自分達は、囚われ、ルチアは、追い詰められた状態なのだから。
ゆえに、二人は、ある事を決意した。
「逃げろ!!ルチア!!」
「俺達の事は、気にするな!!」
「で、でも……」
クロウは、ルチアに逃げるよう促す。
ここにいても、ルチアは捕まるだけだと推測したのだろう。
自分達のように。
クロスも、同意見のようだ。
自分達の事は、気にせず、ルチアは、逃げるべきだと判断したのだ。
だが、ルチアは、躊躇してしまう。
二人を置いて逃げられるはずがなかった。
だが、その時であった。
「皆、ここに、ヴァルキュリアがいるぞ!!」
「っ!!」
突如、ネロウは、叫び始める。
しかも、ルチアが、ここにいる事を知らせてしまったのだ。
ルチアは、絶句する。
ネロウは、自分で、捕らえるつもりはない。
島の民に捕らえさせ、処刑させるつもりのようだ。
ネロウの声を聞いた島の民は、一斉にルチアの元へと迫っていく。
もはや、ルチアの選択の余地はなかった。
「ごめん!!」
ルチアは、クロスとクロウに謝罪して、背を向けて、走り去る。
逃げ延びるためだ。
逃げ延びて、クロス達を助ける為に。
覚悟を決めたのであった。
「はは、仲間を捨てて逃げた。無様だな」
「そうか?お前には、そう見えるか」
「まだ、わかっていないようだな」
ルチアが、逃げ去るのを目にしたネロウは、嘲笑っている。
結局は、自分の命が、大事なのだと。
ルチアは、二人を捨てて逃げたのだと、勘違いして。
だが、クロスとクロウは、信じているようだ。
ルチアが、自分の為だけに、行動する者ではないと。
だからこそ、ネロウの言葉を否定したのだ。
「うるさい!!」
ネロウは、再び、魔技・アース・アローを発動する。
感情を二人にぶつけるかのように。
いくつものオーラの矢が、二人を襲い、二人の体を切り刻む。
二人は、苦悶の表情を浮かべ、うめき声を上げながら、膝をついた。
二人でさえも、檻の中では、抵抗すらも、困難を極めているようだ。
ネロウは、二人の様子を目にして、不敵な笑みを浮かべていた。
「逃げられないよ、ヴァルキュリア。絶対にね」
ネロウは、確信を得ていた。
ルチアは、もうすぐ、捕まると。
そして、処刑されるであろうと。
ルチアは、ひたすら逃げた。
追われても、追われても、ただひたすらに。
――どうしよう。どうしよう。クロス達が、捕まっちゃった……。ヴィクトルさん達も、もしかしたら……。
ルチアは、焦燥に駆られている。
クロスとクロウが、捕まってしまった。
もしかしたら、ヴィクトル達も、とらわれているかもしれない。
そう思うと、ルチアは、自分でアウスの元に行くしかない。
だが、今は、島の民、全員が、ルチアを追っている。
生き延びる為に。
お互い生死をかけているようだ。
だが、ルチアも、捕まるわけにはいかなかった。
「きゃっ!!」
ルチアは、足を滑らせ、バランスを崩し、倒れ込んでしまう。
疲れ果てているのだろう。
身も、心も。
島の民に、追われ続け、ネロウは、自分を恨んでいる。
しかも、クロス達は、捕まってしまった。
ルチアにとっては、最悪の事態だ。
だが、ルチアは、まだ、あきらめていない。
痛みをこらえ、起き上がるルチア。
しかし、島の民が、すぐさま、ルチアを取り囲んだ。
「っ!!」
ルチアは、目を見開く。
完全に、取り囲まれてしまったからだ。
これでは、逃げることさえ、ふかのうであった 。
「も、もう、逃げられないぞ……」
「か、覚悟しろ……」
島の民は、声を震わせながら、ルチアに、迫る。
ルチアよりも、怯えているかのようだ。
「お願いです。話を聞いてください!!私が、皆さんを救いますから!!だから……」
「無理なんだよ!!」
「え?」
ルチアは、島の民を説得しようとする。
だが、一人の男性が、声を荒げた。
それも、涙を流しながら。
ルチアは、驚愕し、戸惑っていた。
どうしたのだろうかと。
「あんたの言いたいことはわかる。でも、俺達、死にたくない……」
「いやだ。殺されたくない」
「お願いよ。捕まって……」
島の民は、ルチアに訴える。
まるで、懇願する科のようだ。
彼らだって、ルチアを捕まえたくない。
だが、捕まえなければ、自分達が、殺されてしまうかもしれない。
そう思うと、彼らが、取るべき行動は、たった一つしかなかったのだ。
ルチアを捕らえるしかないと。
――この人達は、本当は……。
ルチアは、察してしまった。
本当は、島の民も、自分を捕らえたくないのだと。
島の民の心情を知ったルチアは、怒りに駆られる。
島の民に対してではない。
ネロウに対してではない。
帝国に対してだ。
ネロウの心を揺さぶり、傷つけ、島の民を苦しめる帝国が、許せなかったのだ。
だが、抵抗するわけにもいかず、ルチアは、うつむいた。
「今だ!!捕らえるぞ!!」
島の民は、一斉に、ルチアに迫りくる。
ルチアを捕らえようと躍起になっているのだ。
こうするしかないと、ルチアに謝罪しながら。
彼らの様子をネロウは、遠くから見ていた。
「ははっ!!捕まった!捕まった!!」
ネロウは、捕らえられたルチアを目にして、笑い始める。
もう、彼は、何が、正しいのか、判別できていないようだ。
「残念だったね。君達の負けだよ」
「ネロウ……」
ネロウは、振り向きながら、呟く。
彼の背後には、クロス、クロウ、そして、ヴィクトル達が、いたのだ。
しかも、精霊に発動させた魔法・スピリチュアル・ケイジを発動させて。
幼馴染のコロナやパートナーのヤージュさえも、ネロウは、捕らえた。
地の檻に閉じ込められたクロス達は、どうすることもできなかった。
狂ってしまったネロウを目にしたコロナは、心が痛んだ。
「さようなら、ヴァルキュリア」
ネロウは、ルチアに別れを告げるかのように呟く。
まるで、ルチアが、死ぬ事を推測しているかのようだった。