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第四十八話 罪悪感

 エマは、正気に戻った。

 ルチアは、目を見開いている。

 何が起こったのか、まだ、理解できないようだ。


「エマ……」


「お願い、あたしを、殺してほしいの……。妖魔を殺せるのは、貴方しかいないから……」


「できないよ。嫌だよ……」


 エマは、懇願する。

 自分を殺してほしいと。

 妖魔になった自分を殺せるのは、ルチア一人だけだからだ。

 ルチアは、首を横に振って、拒絶する。

 エマを殺したくない。

 いや、もう、妖魔を殺せない。

 妖魔は、元帝国の者だ。

 殺せるはずなどなかった。


「ごめんね。こんな事、頼んで……でも、もう……」


 エマは、涙を流す。

 後悔しているのだろう。

 ルチアを傷つけたことを。

 そして、ルチアにこんなことを頼むしかない事を。

 自分では、殺すことができない。

 だから、ルチアに頼むしかなかった。

 だが、ルチアは、できるはずがなかった。


「ああああああっ!!」


「エマ!!」


 エマは、絶叫を上げる。

 邪悪なオーラがエマを覆い尽くした。


「たく、なんで、前の人格が……」


 オーラが静まると、妖魔のエマが、現れる。

 精霊のエマを抑え込んだのだ。


「さあ、殺し合いましょう!!」


 エマは、不敵な笑みを浮かべている。

 ルチア達を殺そうとしているのだろう。

 エマは、すぐさま、ルチアに襲い掛かった。


「させません!!」


「ぎゃあああああっ!!!」


 ウンディーネは、結界を強化する。

 エマは、絶叫を上げた。

 結界の効果は、抜群のようだ。

 そんなエマを見たルチアは、心が痛んだ。

 見ていられなかったのだ。


「これなら、倒せなくとも、一時的に消滅します」


「だが、完全には、倒せないのでは……」


「ですが……」


 ウンディーネは、結界を強化する事で、エマを弱らせようとしているのだろう。

 そのうえで、古の剣で、消滅させようとしているようだ。

 だが、それは、ほんの一時しのぎにしかならない。

 完全に消滅させることはできないのだ。

 再び、エマは、復活してしまうだろう。

 妖魔として。

 ゆえに、ヴィクトル達は、躊躇した。

 だが、これしか方法がないようだ。

 ウンディーネは、辛そうな表情を浮かべた。


「やるしかないか……」


 ヴィクトル、フォルス、ルゥ、ジェイクは、剣を構える。

 エマを一時的に消滅させるつもりのようだ。

 もし、復活したとしても、エマは、結界により、弱っている状態だ。

 島の民を襲う事はできないだろう。

 ヴィクトル達は、覚悟を決めた。

 その時であった。


「待って」


「ルチア……」


 ルチアは、ヴィクトル達を制止させ、前に立つ。

 エマを殺したくないのだろう。

 だが、もう、迷っている暇などない。

 ヴィクトルは、説得を試みようとした。

 しかし……。


「もし、復活したら、エマはどうなるの?このままなんだよね?結界の影響で苦しむことになるんだよね?」


 ルチアは、エマが、消滅し、復活した時の事を考えたようだ。

 エマは、このまま、永遠に苦しむことになるのだろう。

 ルチアの問いに答えられないヴィクトル達。

 それが、答えだったのだ。

 真実を言えないのだろう。

 ルチアは、そう、悟り、エマの方を向いた。


「だったら……」


 ルチアは、拳を握りしめる。

 覚悟を決めたのだ。


「私が、殺す!!」


 ルチアは、涙ながらに、叫んだ。

 本当は、殺したくない。

 だが、これ以上、エマが苦しむところを見たくない。

 エマの為に、ルチアは、エマを殺す事を選んだ。

 ルチアは、跳躍し、そのまま、固有技・インカローズ・ブロッサムを発動する。

 宝石の刃に貫かれたエマは、仰向けに倒れ、体が、光の粒となって消滅しかけていた。


「ありが……とう……ごめん……ね……」


 エマは、一時的に正気に戻り、ルチアに謝罪する。

 そして、そのまま、光の粒となって消滅した。


「エマ……」


 ルチアは、両膝をつく。

 エマを殺してしまった。

 そう思うと、ルチアは、精神的に追い詰められていた。

 クロス達は、ルチアの元へ歩み寄ることもできなかった。

 ルチアに辛い思いをさせてしまったのは、自分達だから。


――私が……殺した……。皆……。


 エマだけでなく、今までの妖魔達を思い返すルチア。

 彼らは、元帝国の者達だ。

 その彼らさえも、ルチアは、殺してしまったのだ。

 島の民を救うためと言って。

 ルチアは、体が震え始める。

 怒りでも、悲しみでもない。

 ルチアは、絶望していた。


「ああああああああああっ!!!」


 ルチアは、絶叫を上げた。

 エマを殺した自分を許せずに……。



 ヴィクトル、フォルス、ルゥ、ジェイク、フィス、カトラス、ウンディーネは、ウォーティス村に戻った。

 ルチアを連れて戻りたいところではあったが、島の民は、ウンディーネを見て、喜ぶだろう。

 島の民にとっては、喜ばしいことではあるが、ルチアにとっては、残酷だ。

 ゆえに、ルチアの事をクロスとクロウに任せて、一足先に戻ってきた。

 ヴィクトル達に予想通り、島の民は、ウンディーネを見た瞬間、喜びを分かち合った。

 その後、宴が行われることとなった。

 準備をしているうちに、ルチアは、クロス、クロウと共に、戻り、フィスの家にすぐさま入った。

 誰にも、気付かれないように。

 夜になり、宴が始まる。

 ウンディーネは、島の民に囲まれて、微笑んでいるが、ルチアの事を思うと、本当は、喜べず、複雑な感情を抱いていた。

 ヴィクトル達も、遠くから、フィス、カトラス、ウンディーネを見守っている。

 ルチアの事を聞かれるが、疲れて、眠っているとはぐらかした。

 そうするしかなかったからだ。

 ヴィクトル達は、うつむき、暗い表情を浮かべている。

 すると、ウンディーネが、フィスとカトラスを連れてヴィクトル達の元へ歩み寄った。


「ウンディーネ様」


「大丈夫?」


「なんとかな。でも……」


 ウンディーネが歩み寄った事に気付いたのは、フォルスだ。

 フォルスは、ウンディーネの名を呼ぶ。

 ウンディーネは、ヴィクトル達の事を気遣うがヴィクトルは、大丈夫だと告げる。 

 しかし、ルチアの事が気がかりなのだろう。

 フォルス達も、ルチアの事を心配していた。


「まさか、妖魔が、帝国の奴らのなれの果てだなんてな……」


「フォウ様やアレクシア女史は、知っていたのでしょうか?」


「フォウ様は、わからないけど。アレクシアなら、知ってたのかもしれない……」


 ヴィクトル達は、知らなかったのだ。

 妖魔の正体が、帝国の者だったとは。

 ルゥでさえも、知らず、衝撃を受けていた。

 まさか、人を斬っていたとは、思いもよらなかったのであろう。

 フォルスは、この事は、フォウとアレクシアは、知っていたのだろうかと、考える。

 ジェイクは、フォウが、知っていたのかは不明だと答えた。

 だが、アレクシアなら、知っていたかもしれない。

 彼女は、妖魔のことを知っていたのかもしれない。

 もし、知っていたとしたら、どう思っていたのだろうか。

 ルチアが、ヴァルキュリアに変身し、妖魔を倒していた事を。


「それでも、ルチアに頼るしかなかったんだろうな……」


 もし、アレクシアが、知っていたとしても、ルチアに頼るしかなかったのではないかとヴィクトルは、答えた。

 妖魔を倒せるのは、今は、ルチアだけなのだから。

 過酷な願いだったとしても……。

 そう思うと、ヴィクトル達は、心が痛んだ。



 ルチアは、フィスの家の部屋にあるベッドの上で、体を休めている。

 外は、明るい。

 夜だというのに。

 その明るさが、ルチアの心を苦しめた。

 エマが、いてくれたらと考えると、涙があふれ出そうになる。 

 その時だ。

 ノックの音が聞こえたのは。


「ルチア、入るぞ」


 クロスの声が聞こえたと思うと、ドアが開いた。

 クロスとクロウが、部屋に入り、ルチアの元へと歩み寄った。


「クロス……クロウ……」


「大丈夫か?」


「うん……」


「無理、しなくていいんだぞ」


「でも……私が、しっかりしなきゃって……」


 クロスは、ルチアを気遣う。

 ルチアも、心情を悟られまいと、うなずいた。

 だが、クロスは、ルチアの心情を読み取ったようだ。

 ルチアは、自分はヴァルキュリアだから、強い心を持たなければならないと思っているようだ。

 それでも、涙が、あふれそうになる。

 抑えきれなくなりそうだ。

 その時だ。 

 クロウが、ルチアを優しく抱きしめたのは。


「クロウ?」


「泣いていい」


「え?」


「辛かったら、泣いていい。我慢するな、ルチア」


「うう……ごめん……」


 クロウは、我慢しなくていいと告げる。

 ルチアは、泣くのさえも、我慢しているのだ。

 ルチアの心情を悟ったのだろう。

 ルチアは、声を震わせ、泣き始める。

 もう、こらえきれなくなったのだ。

 それほど、彼女の心は、ボロボロだった。 

 クロウも、クロスも、心が痛み、ルチアを見守るしなかった。



 朝になり、海賊船が、ウォーティス島に着く。

 昨夜、ヴィクトルが、伝書鳩で知らせたようだ。

 ルチア達は、海賊船に乗る。

 フィス、カトラス、ウンディーネは、ルチア達を見送りに船場まで、来ていた。 


「本当に、ありがとう」


「助かった」


「うん。皆、無事で……良かったです……」


 フィスとカトラスは、ルチア達にお礼を言う。

 ルチアのおかげで、島は、救われたのだ。

 だというのに、複雑な感情を抱いている。

 ルチアは、これまで以上に、過酷な戦いに身を投じることになるのではないかと思うと。

 それでも、ルチアは、笑って、うなずく。

 フィス達を気遣っての事だ。

 こんな時でも、ルチアは、自分よりも、フィス達の事を思ってくれる。

 フィス達は、余計に、心が痛んだ。


「ごめんなさい。貴方に、頼らなければならなくて……」


「いいんです。私なら、大丈夫ですから……」


 ウンディーネは、ルチアに謝罪する。

 ルチアに頼らなければならない事が、辛いのだ。

 それでも、ルチアは、大丈夫だと告げた。


「どうか、ご無事で」


「はい……」


 ウンディーネは、ルチア達の旅の無事を祈った。

 そして、海賊船は、動きだす。

 フィス、カトラス、ウンディーネは、いつまでも、ルチアを見送った。

 ルチア達も、フィス達を見ていた。

 だが、フィス達の姿が見えなくなると、ルチアは、しゃがみ込み、泣き始める。

 エマの事を思い出してしまったのだろう。

 クロスとクロウは、ルチアの元へ歩み寄った。


――ごめんね。エマ……ごめんね……。


 ルチアは、心の中で、何度も、謝罪する。

 ルチアの心の傷は癒えないまま、海賊船は、次の島へと向かった。


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