第四十三話 姿を消して
複数いた妖魔達をルチアは、たった一人で蹴散らし、吹き飛ばした。
これは、一体どういう事なのだろうか。
妖魔達も、帝国兵も、理解にできなかった。
「な、なぜ……」
「さあ?」
帝国兵が、戸惑いながらも、問いただす。
だが、ルチアは、答えるつもりはない。
まるで、形勢逆転が、起こったかのようだ。
帝国兵は、怒りに駆られ、歯を食いしばった。
「この、小娘が!!」
帝国兵は、感情のままに、叫ぶ。
すると、吹き飛ばされていた妖魔達が、起き上がり、再び、ルチアに襲い掛かった。
それでも、ルチアは、怖気づくことなく、跳躍し、再び、回し蹴りを放つ。
蹴られた妖魔達は、また、吹き飛ばされてしまった。
「なぜだ!?どうなっている?」
「答えるつもりはない」
帝国兵は、ルチアに問いかける。
だが、ルチアは、決して、答えようとしなかった。
理解できず、混乱する帝国兵。
妖魔達は、再び、起き上がるが、二度も、蹴散らされ、吹き飛ばされたためか、弱っているようだ。
これは、妖魔を倒すチャンスだ。
ルチアは、再び、跳躍した。
「はあああっ!!」
ルチアは、固有技・インカローズ・ブルームを発動する。
弱体化した妖魔達は、一斉に、固有技を受け、消滅した。
十数体は、いたというのに、ルチアは、たった一人で、倒したのだ。
「そ、そんな……。そんな事が……」
帝国兵は、後退する。
信じられないのだろう。
ルチアが、たった一人で、妖魔達を倒したことが。
ルチアは、帝国兵をにらみながら、帝国兵に迫っていった。
「ひ、ひいっ!!」
帝国兵は、後退しようとするが、バランスを崩し、尻餅をついた。
それでも、ルチアは、帝国兵に迫った。
「こ、殺さないでくれ」
帝国兵は、ルチアに懇願する。
殺されると思っているのだろう。
だが、ルチアは、殺そうとはしなかった。
「ヴィクトルさんとエマは、どこにいるの?」
「お、奥にいる。右に曲がると牢があるはずだ」
「じゃあ、核は?」
「り、リーダーが持ってる」
「そう」
ルチアは、帝国兵に、問いかける。
ヴィクトルとエマの居場所を。
帝国兵は、抵抗することなく答えた。
恐れているのだろう。
答えなければ、殺されると思い込んでいるのだろう。
もちろん、ルチアは、そのような事をするはずがないが。
ルチアは、続けて、質問する。
核が、どこにあるのかも知らなければならないからだ。
帝国兵は、怯えながら、答えた。
「ぐへっ!!」
ルチアは、容赦なく、蹴りを放つ。
蹴りは、帝国兵の顔面に直撃する。
さらに、運が悪いことに、その帝国兵は、壁に頭をぶつけ、そのまま、気を失ったのだ。
ルチアは、帝国兵に、一瞥もせず、そのまま、奥へと進んだ。
ルチアは、洞窟内を駆けていく。
たった一人でだ。
しかし……。
「うまくいったようですね」
「うん、これも、クロウのおかげだな」
「俺は、何もしていない」
「いやいや、貴方のおかげですよ。貴方の闇魔法で、私達の姿は、完全に見えていないはずです。もちろん、気配も」
どこからか、フォルスの声が聞こえる。
だが、ルチアの周囲には、誰もいない。
フォルスは、微笑んでいるかのように語りかける。
すると、今度は、クロスの声が聞こえてきた。
ルチアが、進めたのは、クロウのおかげらしい。
続けて、クロウの声が聞こえてくる。
クロウは、自分の成果だと思っていないようだ。
だが、これも、クロウのおかげであった。
実は、クロウが提案した作戦は、ルチアが、一人で洞窟に来たと見せかけるためだ。
闇の精霊人であるクロウは、闇魔法で、自分達の姿を見えなくし、気配も消した。
そして、そのまま、ルチアと共に洞窟に侵入したのだ。
当然、帝国兵は、その事を知らないため、ルチアが、一人で、妖魔を蹴散らしたかのように見えた。
クロス達が、タイミングを見計らって、蹴散らしたとは、思っていないだろう。
「ありがとうね、クロウ」
「あ、ああ」
ルチアは、クロウにお礼を言う。
クロウは、どこか、照れながらも、うなずいた。
ルチアに、お礼を言われて、まんざらでもない様子だ。
「でも、無理はするなよ。体に負担がかかってるだろ?」
「問題ない。これくらい」
クロスは、クロウを気遣う。
闇魔法を発動し続けている状態の為、体に、負担がかかっているはずだ。
クロウは、感情を表に出さないため、クロスは、心配しているのだろう。
クロウは、ある程度、進んだら、闇魔法を解くつもりだ。
ルチアやヴィクトルを守るためだろう。
「私なら、大丈夫だから。ね?」
「考えておく」
ルチアも、クロウを気遣う。
クロウの事が、心配なのだろう。
クロウは、静かに、答えた。
もちろん、ルチアの為なら、命を捧げる事も惜しくないため、魔法を解くつもりはないが。
ルチアが、クロス達を引き連れて、侵入したと知らないエマは、最深部で、待機している。
ルチアを待っているのだろう
しかし……。
「妖魔達が、消滅した?なんで……」
エマは、動揺しているようだ。
妖魔達が、消滅したのを察したのだろう。
気配を探れなくなったのだ。
――何か、策を練ったのかしら。あんな一気に消滅するはずがないわ。
エマは、思考を巡らせる。
仮に、ルチアが、強かったとしても、たった一人で、妖魔を蹴散らし、消滅させることなど、不可能に等しい。
だが、エマは、ルチアの様子をうかがう為に、部下に命じていたのだ。
ルチアの様子を探ってこいと。
部下の報告では、ルチアは、単身で洞窟に向かっていると聞いている。
クロス達の姿は、どこにも見当たらなかったとのこと。
どこかに、隠れて、ルチアの後を追っているという事でもなかったらしい。
だからこそ、勝ったと、確信を得たのだ。
そのはずなのに、ルチアは、一気に妖魔達を消滅させた。
つまり、何らかの方法で、ルチアは、クロス達を率いれたことになる。
一体、どうやってなのかは、まだ、不明だが。
「ヒヒヒッ。どうやら、計画は、狂ったようだな。エマ」
「いいえ。まだよ。シェイ」
エマの背後から、不気味な笑い声が聞こえてくる。
エマが、振り向くと、黒褐色の肌に青い髪の男性がいた。
彼は、妖魔だ。
シェイと呼ばれた妖魔は、エマの部下か、パートナーと言ったところであろう。
エマは、シェイに心情を悟られてしまったが、あくまで、平然を装って答えた。
「そうか?その様子だと、計画が狂ったように思えるのだがな。ヒヒヒッ」
「貴方は、黙ってなさい。妖魔の分際で」
「わかったよ。リーダーさん、ヒヒヒッ」
シェイは、エマを煽る。
エマは、怒りに駆られ、シェイを罵った。
妖魔のさえも、見下しているようだ。
それでも、シェイは、怒りに駆られることなく、不気味に笑っている。
エマは、ため息をつきながら、シェイに背を向けた。
「おやあ?どちらに?」
「あいつの所よ」
「どうぞ、いってらっしゃいませ。ヒヒヒッ」
エマは、ヴィクトルの所へ向かうらしい。
計画が狂い、ヴィクトルに何かをするようだ。
シェイは、不気味な声で、エマを見送る。
エマは、静かに歩き始めた。
「あの小娘。一体、どうやって……」
エマは、苛立ちながら、進んでいく。
思考を巡らせるが、どうやって、ルチアが、窮地を切り抜けたのかは、未だに、見当もつかない。
ゆえに、余計に苛立った。
――こうなったら、あの男の力を奪ってやるわ。覚悟しなさい。
エマは、ヴィクトルの力を奪うつもりだ。
奪って、ルチアに対抗するつもりなのだろう。
ヴィクトルを人質に取れば、うまく、ルチアを殺すことができるかもしれないと思っているようだ。
しかし……。
「っ!!」
ヴィクトルがいる牢にたどり着いたエマであったが、ある光景を見て、思わず、立ち止まってしまう。
それは、ヴィクトルが、牢から逃げており、いなくなっていたからであった。
「い、いなくなってる!?」
エマは、驚愕する。
ヴィクトルは、火の魔法で、鉄格子を溶かしたのだ。
つまり、ヴィクトルを閉じ込めても無駄だったというわけであった。
牢から脱出したヴィクトルは、洞窟内を歩き回った。
帝国兵を蹴散らしながら。
妖魔の姿はなく、ヴィクトルにとっては、好都合だ。
ヴィクトルは、そのまま、奥に進むと古の剣が、地面に刺さっていた。
「やっと、見つけたぜ」
ヴィクトルは、古の剣を地面から引き抜いた。
「こいつさえあれば、こっちのもんだからな」
古の剣があれば、妖魔に対抗できる。
消滅しても、復活してしまうが、何もないよりは、マシだ。
ヴィクトルは、古の剣を握りしめた。
――妖魔達の気配が、一気に消えた。ルチア達が、ここにいる事は、間違いないな。
ヴィクトルは、妖魔達の気配が、一気に消えたのを察知する。
これにより、ルチア達が、洞窟に侵入したのだと、察したのだ。
ルチア達と合流し、エマの事を話さなければならない。
それに、核を取り戻す事も、重要だ。
ちなみにヴィクトルは、エマが、核を持っている事は、見抜いている。
プライドの高い彼女なら、自分が、核を管理したいと思うだろう。
見ていなくとも、ヴィクトルは、気付いていた。
「さて、行くとするか」
ヴィクトルは、足早に洞窟内を駆けていった。
ルチア達と合流するために。