第四十二話 誘拐事件の真相
「あの時は、びっくりしたわ。まさか、貴方が、私を調べに来るんだもの。それほど、警戒されてたってことかしら?」
「そうだな。お前が、帝国兵だってことは、一目でわかったしな」
「さすがね」
エマは、ヴィクトルが、自分を疑っている事は、察知していたようだ。
それほど、洞察力が優れているのであろう。
ヴィクトルの事を知っていたのだから。
だが、ヴィクトルも、洞察力は優れている。
ヴィクトルは、前にウォーティス村を訪れた時には、エマはいなかった。
だというのに、エマは、ウォーティス村に滞在しており、しかも、ルチア達を助けた。
何か、裏があるのではないかと推測したヴィクトル。
だからこそ、エマの事を疑い、調べようとしたのだ。
正体を見抜かれていたと知ったエマであったが、それでも、表情を崩さない。
余裕と言わんばかりの表情を見せていた。
「で、なんで、人攫いなんてした?力を奪うためか?」
「力なんていらないわ」
「何?」
ヴィクトルは、エマに問いただす。
なぜ、人攫いをしたのか、理解できないからだ。
ヴィクトルは、牢に閉じ込められた時に、洞窟内の様子をうかがっている。
人々の声が聞こえてきたのだ。
それも、絶望しているような。
おそらく、誘拐事件の被害者が、ここに集められたのだろう。
と言う事は、被害者は、殺されていない。
ならば、なぜ、彼らは、人攫いなどしたのだろうか。
ヴィクトルは、見当もつかなかった。
エマは、あっさりと答える。
力を奪うためではないのだ。
これには、さすがのヴィクトルも、驚きを隠せない。
ならば、何のために、彼らは、攫われたというのだろうか。
「別に、あのカス共の力を奪ったところで、何の価値もないもの」
「だったら、なぜ……」
「あたしをバカにしたからよ」
エマは、攫った島の民のことを見下すような言い方をする。
力を奪っても、価値がないというのだ。
なら、なぜなのか、全く理解できないヴィクトル。
すると、エマは、形相の顔で、呟く。
自分の事をバカにしたからだと。
「あたしは、ここを任された。つまり、リーダーってわけ。なのに、あいつら、女だから、対抗できるって、言うのよ?」
エマは、ここに配属されリーダーを任された。
つい最近の事だ。
前任のリーダーは、行方不明となった時かされている。
原因は、わからない。
だが、そんな事は、どうでもよかった。
なぜなら、女性の帝国兵が、リーダーを任されることはあまりない。
リーダーを任されたという事は、自分が、認められたという事だ。
ゆえに、エマは、心底喜んだ。
しかし、島の民は、対抗できると言っていたらしい。
リーダーが女性だからと。
女性に負けるはずがないと推測したのだろう。
だからこそ、エマは、悔しかった。
自分を見下した島の民に怒りを覚えて。
「だから、さらってやったのよ。女のあたしがね。あいつら、さらわれた途端、女のあたしに怯えるのよ?バッカみたい」
怒りに駆られたエマは、自分を馬鹿にした島の民をさらってやったのだ。
牢に閉じ込めた途端、島の民は、怯え始める。
殺されるのではないかと。
女だと見下したエマを。
島の民の怯える表情を見るたびに、エマは、喜びを味わった。
自分に逆らえばこうなるのだと、思い知らせてやれたのだから。
何とも、身勝手な理由だろうか。
ヴィクトルは、エマをにらみつけた。
「でも、貴方は、違うわ。貴方をさらった理由は、私の正体を見抜いたからだけじゃないの。貴方には、利用価値がある。騎士の力は、あたしたちにとっても、重要なのよ」
エマは、ヴィクトルを攫った理由をぺらぺらと語り始める。
ヴィクトルが、エマの正体を見抜いたからではない。
ヴィクトルの力を奪おうとしていたからだ。
精霊人であり、騎士である彼の力は、強力だ。
エマ達にとっても、利用価値がある。
「それに、あの子をおびき寄せる餌になるしね」
エマは、ヴィクトルを攫えば、ルチアをおびき寄せると考えていたようだ。
ルチアの事を殺そうとしているらしい。
彼女の事を助けたというのに。
「にしても、知らないでしょうね。あたしは、被害者だと思ってるんだもの。まさか、おびき寄せる為に自作自演したなんて」
エマが、帝国兵にさらわれたのは、実は、自作自演だったのだ。
ヴィクトルを攫ったエマは、部下に指示していた。
自分を攫うふりをするようにと。
そして、ルチアに、一人で、来いと告げるようにと。
そうすれば、ルチアは、一人で、水の洞窟を訪れる。
ルチアを殺す事は、たやすくなるだろう。
エマは、そう、考え、自分を攫わせたようだ。
「そうか、お前は、知っていたんだな。ルチアの正体を」
「ええ。だから、助けたの。味方のふりして。でも、もし、恩人のあたしが、実は帝国兵だったなんて知ったら、絶望するでしょうね」
ヴィクトルは、エマが、ルチアの正体を最初から見抜いていた事を悟った。
エマが、ルチアを助けた理由は、自分を殺させないようにするためだ。
彼女を助けたエマが、実は、帝国兵のリーダーだったなんて知ったら、ルチアは、自分を殺せるはずがない。
迷いやためらいが生まれるだろう。
そして、彼女は、絶望するはずだ。
その隙をついて、エマは、ルチアを殺そうとしているのだろう。
何とも、愚かな考えだ。
ルチアの優しさを彼女は、利用しようとしている。
ヴィクトルは、怒りを露わにした。
「楽しみだわ。あの子が、一人で、ここに現れて、無残な姿になるのが。これで、あの島は、完全に、あたしたちの帝国のものよ」
ヴィクトルの心情に気付かないエマ。
それほど、喜んでいるのだろう。
これでい、自分達の勝ちだと思い込んでいるのだろうか。
罠を張り巡らせたも同然だ。
ゆえに、ルチアは、ここで死ぬと確信を得ていた。
「ぺらぺらとよくしゃべるな。力がないから、言葉で攻撃か?」
「何ですって?」
ヴィクトルは、エマを挑発する。
わざと女だから、力がないと見下すかのように。
エマは、ぴくりと顔を引きつらせ、ヴィクトルをにらみつける。
その表情は、恐ろしかった。
「力がないから、卑劣な手を使って、ルチアを殺そうとしてるんだろ?実力もないお前みたいな女が」
ヴィクトルは、さらに、煽る。
エマが、苛立つのをわかっていながら。
エマは、拳を握りしめ、鉄格子に迫る。
そして、エマは、魔法・スプラッシュ・スパイラルを発動し、水の弾が、ヴィクトルに襲いかあった。
「ぐっ!!」
水の弾が、ヴィクトルの体に直撃する。
ヴィクトルは、苦悶の表情を浮かべ、うずくまった。
「今度、逆らってみなさい。力を奪って、殺してやるんだから」
エマは、ヴィクトルを脅す。
怒りに駆られているようだ。
本当は、殺してやりたいところだが、それでは、意味がない。
ヴィクトルの目の前で、ルチアを殺すつもりだ。
そうすれば、ヴィクトルも、絶望し、力を奪って、殺せる。
これで、海賊も、壊滅状態に追い込むことができるだろう。
エマは、そこまで、考えていたのだ。
「餌は、餌らしく、黙っていればいいのよ」
エマは、そう、ヴィクトルに、言葉を吐き捨て、背中を向けて、歩き始める。
ヴィクトルは、荒い息を繰り返していたが、壁に背を預けて、息を落ち着かせた。
「こんなところで、終われるかよ」
苛立ったのか、ヴィクトルは、呟く。
と思いきや、ヴィクトルは、笑みを浮かべていた。
ここで、大人しく、閉じこもっているわけがなかった。
朝になり、ルチアは、水の洞窟へたどり着く。
だが、ルチアの周りには誰もいない。
ルチアは、一人で、ここを訪れたようだ。
これが、クロウの考えたいい案だというのだろうか。
あれほど、ルチアが、単身でここへ向かうのを反対していたというのに。
「ここだね」
ルチアは、呟き、洞窟の中へ入っていく。
洞窟の中に入ると、一人の帝国兵と複数の妖魔が、ルチアを待ち構えていた。
「ほう、一人できたか。ヴァルキュリアよ」
帝国兵は、不敵な笑みを浮かべている。
勝ったも同然だと思い込んでいるかのようだ。
ルチアは、たった一人で、この洞窟に入った。
周辺を見るが、クロス達の姿は、見当たらない。
気配も、感じない。
ゆえに、ルチアは、本当に、一人できたのだと、察したのだろう。
だが、ルチアは、答えようとせず、構えた。
「二人は、返してもらうから!!」
ルチアは、帝国兵をにらみつける。
ここで、負けるつもりはないのだろう。
何が何でも、ヴィクトルとエマを救うつもりのようだ。
だが、それでも、帝国兵は、笑みを浮かべたままであった。
一人で、この人数を相手にできるはずがないと高を括って。
「やれっ!!」
帝国兵は、妖魔達に、命じる。
妖魔達は、一斉にルチアへと襲い掛かってきた。
ルチアは、ヴァルキュリアに変身し、地面を蹴り、妖魔達へ向かっていく。
妖魔達は、ルチアに斬りかかろうとするが、ルチアが、回し蹴りを放つ。
その時であった。
妖魔達が、一斉に、吹き飛ばされたのは。
「なっ!!」
帝国兵は、あっけにとられている。
何が起こったのか、理解できないようだ。
大勢の妖魔達が襲い掛かってきたというのに、ルチアは、無傷の状態で、立っていた。