第三十二話 裏切り者
「ヴィクトルさん、どうして……」
ルチアは、困惑している。
だが、ルチアだけでなく、彼の部下であるフォルス達も、困惑しているようだ。
誰もが、予想外であった。
まさか、ヴィクトルが、裏切っているとは思いもよらなかったのであろう。
それでも、ヴィクトルを信頼しているのだ。
「決まってるだろ?生き抜くための術だ」
「……嘘だよね?」
ヴィクトルは、笑みを浮かべたまま、答える。
まるで、ルチア達をあざ笑っているかのようだ。
だが、ルチアは、まだ、信じられない。
現実を受け止められていないのだ。
ヴィクトルの演技ではないかと。
本当は、敵を欺くためではないかと。
しかし……。
「本当に、そう思うか?今までのが、本当の俺様だと思うか?」
「そんな……」
ヴィクトルは、本性を現したかのように、問いかける。
今までの自分が、本当の自分だったのかと。
偽りだったのだと、明かしているようだ。
ルチアは、愕然とする。
ヴィクトルが、自分達を騙していたのではないかと、疑い始めてしまったのだ。
「船長、ご冗談を!!いくら、貴方でも、許せない事がありますよ!」
「本当だってのっ!!これが、マジだったらぶん殴ってやるっ!!」
「いい加減にしなよ!!ヴィクトル!!」
フォルス、ルゥ、ジェイクが、ヴィクトルに向かって、叫ぶ。
まだ、信じているのだ。
だからこそ、今のヴィクトルが、許せない。
まるで、ルチアを騙して、傷つけたかのように、振る舞っているのだから。
「お前達も、バカだな。まんまと騙されたんだからな」
「……」
ヴィクトルは、フォルス達をののしる。
騙していたのだと、嘲笑って。
フォルス達は、ヴィクトルは、裏切っていたのだと、悟り、何も、言えなくなった。
「ヴィクトル、貴様!!」
クロウが、怒り任せに、吼える。
だが、動けば、ルチアの身に危険が迫る。
それゆえに、動くことができず、歯噛みをした。
ヴィクトルに怒りをぶつけるかのように。
ヴィクトルは、ふっと、笑みを浮かべ、クロス達に背を向けた。
「バルスコフ、ヴァルキュリアを殺せ」
「了解した」
グロンドが、バルスコフに、命じる。
バルスコフは、うなずき、ルチアを首を絞め始めた。
「うっ!!ぐっ!!」
「ルチア!!」
ルチアは、首を絞められ、息ができなくなる。
バルスコフの腕に爪を立てるが、力がうまく入らない。
クロス達は、ルチアを助けようと、バルスコフの元へ迫るが、ヴィクトルが、前に出る。
クロス達の前に立ちはだかるようだ。
クロス達は、剣を引き抜く。
たとえ、相手が、ヴィクトルであっても、戦うつもりだろう。
しかし……。
「まぁ、待て。殺すな」
「なぜ、止める?ヴィクトル」
ヴィクトルが、制止させようとする。
これには、さすがのグロンドも、驚きを隠せない。
ヴァルキュリアを殺せば、もう、誰も、逆らうものはいない。
いや、逆らう手段がなくなるのだ。
「ヴァルキュリアは、神の力と言われている。利用価値はあるんじゃないのか?」
「だ、だが……」
「神の力が、あれば、お前は、皇帝になれるかもしれない。それを手放すつもりか?」
ヴィクトルは、ルチアが、利用価値がある事を説明する。
ルチアが持つ宝石は、神の力だ。
その宝石を持つルチアは、強力な力を持っているであろう。
ヴィクトルは、そう、推測しているようだ。
だが、グロンドは、ためらっているらしい。
せっかくのチャンスを棒に振るべきではないと言いたいのであろう。
ヴァルキュリアであるルチアを仕留めるなら、今のうちのようだ。
だが、ヴィクトルは、問いかける。
神の力があれば、皇帝になれるチャンスではないかと。
「ルチアの力さえ、手に入れば、宝石をうまく扱えるかもしれない。その後に、殺せばいいだろ」
「わかった。バルスコフ、やめろ」
ヴィクトルは、ルチアから、力を吸い取り、宝石を制御しようとしているようだ。
制御できなくとも、力があれば、皇帝になるチャンスだ。
ゆえに、今は、殺すなと言いたいようだ。
グロンドは、納得し、バルスコフに命じた。
バルスコフは、静かにうなずき、ルチアから、少しだけ、離れた。
「ゴホッ!!ゴホッ!!ゴホッ!!」
急に息ができるようになったためか、ルチアは、咳き込む。
そのせいで、力が、弱まっているようだ。
抵抗できないほどに。
ヴィクトルは、ルチアに剣を向ける。
クロス達の動きを止めるためであろう。
クロス達は、怒りを露わにして、ヴィクトルをにらんだ。
「ルチアは、牢に連れていけ」
「他の奴らは?」
ヴィクトルは、グロンドに命ずる。
ルチアを牢に閉じ込めるつもりだ。
グロンドは、承諾するが、クロス達は、どうするのかと、問いかけた。
「殺せ」
「わかった。やっちまえ!!」
ヴィクトルは、残酷な命令を下す。
クロス達を殺せと。
自分の部下までも、捨てるつもりだ。
グロンドは、嬉しそうに、叫ぶ。
すると、岩陰に隠れていた妖魔達が、クロス達を取り囲んだ。
クロス達は、逃げ場がなくなってしまった。
これでは、ルチアを助けることさえできなくなってしまったのだ。
「来い」
「……」
バルスコフは、ルチアを強引に奥へと連れていく。
ルチアは、抵抗することもできず、引きずられるように、奥へと連れていかれた。
「待て!!」
クロスが、ルチアの元へ向かおうとするが、妖魔達が立ちはだかる。
その間に、ルチアは、クロス達から遠ざかっていった。
「じゃあな」
「待て、ヴィクトル!!」
ヴィクトルが、笑みを浮かべながら、クロス達に、背を向けて、去っていく。
彼らをあざ笑いながら。
クロスは、ヴィクトルの元へ向かおうとするが、妖魔達が、クロス達に襲い掛かった。
ルチアは、牢に入れられ、閉じ込められている。
宝石も、奪われ、自由さえも、奪われてしまった。
――こんなところに、牢屋があったんだ……。あいつらが、作ったのかも……。
ルチアは、あたりを見回す。
どう考えても、火山内に、牢屋があったとは思えない。
ゆえに、帝国の奴らが、牢屋を作ったのだろう。
――ヴィクトルさん、本当に、裏切ってたのかな……。
ルチアは、一人、思い悩む。
本当に、ヴィクトルは、裏切っていたのだろうか。
今でも、信じられない。
ヴィクトルは、情に厚い男だ。
ゆえに、裏切っていたとは、到底思えない。
だが、それすらも、騙すための演技だとしたら?
そう思うと、ルチアは、何が、真実なのか、理解できず、混乱した。
――皆、大丈夫かな……。
ルチアは、クロス達の身を案じている。
連れ去られる前に、妖魔達が、クロス達を取り囲んでいた。
騎士である彼らなら、妖魔達を一時的に消滅させることができるが、それにしても、数が多すぎる。
ルチアは、不安に駆られていた。
クロス達が、命を奪われていないかと……。
――宝石も、取られちゃった。神の力を奪うつもりなんだよね……。
ヴァルキュリアに変身できるアイテム・宝石まで奪われてしまった。
この火山内のどこかにあるはずだが、どこにあるかも不明だ。
ルチア達は、完全に追い詰められてしまった。
それも、ヴィクトルの策略にはまって。
そう思うと、ルチアは、怒りが込み上げてきた。
ヴィクトルの事が、許せないほどに。
――冗談じゃない。こんなところで、死ねるかっての!!
ルチアは、鉄格子の方を見る。
ここで、死ぬわけにはいかないのだ。
ファイリ島の民を救わなければならない。
他の島の民も、今も、帝国の支配により、苦しめられているところであろう。
ルーニ島の民も、心配だ。
――脱出してやる!!
ルチアは、決意を固めた。
牢から脱出して、宝石を奪取し、帝国と妖魔を倒すことを。
元々、単身で乗り込もうとしていたのだ。
ゆえに、ルチアに、迷いはなかった。
ルチアは、そっと、牢の外を見回した。
――私を見張ってるのは、帝国兵。だったら、問題ないよね。
ルチアを見張っているのは、帝国兵のみ。
妖魔は、いないようだ。
おそらく、クロス達を始末するために、総動員で動かしているのだろう。
ならば、好都合だ。
帝国兵は、自分が、無力だと思い込んでいるかもしれない。
帝国兵に、遅れを取るわけがない。
ルチアは、決意し、壁の方へと体を向けた。
そして……。
「えいっ!!せやっ!!」」
突然、ルチアが、壁を蹴り始める。
穴を開けて、脱出するつもりだろう。
帝国兵が、ルチアの異変に気付き、牢へと向かった。
「な、何をしている、やめろ!!」
帝国兵は、慌てて、牢の門を開け、ルチアを止めようとする。
しかし、ルチアは、それをいとも簡単に、回避した。
「はあっ!!」
ルチアは、帝国兵の顔面に向かって、回し蹴りを放つ。
帝国兵は、顔面を蹴られ、さらには、壁に激突し、意識を失った。
ルチアは、帝国兵の手足をロープで、縛り、鍵を奪って、牢から脱出した。
「よし、脱出できた」
ルチアは、牢に鍵をかけ、走りだす。
目的は、決まっている。
宝石を奪還する事、そして、帝国兵と妖魔を倒すことだ。
ルチアは、覚悟を決め、向かっていった。