第二十五話 欺きながら
しばらくして、ルチア達は、ファイリ島にたどり着いた。
もちろん、帝国や妖魔に気付かれずに。
「とうとう、着いたね」
「おうよ。だが、ここからは、慎重に行くぞ」
うまく到着できたルチア達であったが、問題は、ここからだ。
まずは、ファイリ島に潜入しなければならない。
おそらく、ファイリ島にも、帝国の者がいるであろう。
帝国は、ファイリ島を占領しているのだから。
ファイリ島の民は、自由を奪われているはずだ。
その状況の中で、ルチア達は、潜入しなければならない。
ここからは、慎重に進まなければならなかった。
「野郎ども、後は、任せたぞ!!」
「イエッサー!!」
ヴィクトルに託された部下達は、敬礼し、船を動かし始めた。
これも、ヴィクトルの命令だ。
ファイリ島に侵入している間は、船をなるべく、島から遠ざけるように。
長時間、魔法を発動しているのは、負担になるからであろう。
以前は、二日後に、海賊船は、戻ってきたらしいが、今回は、本格的な任務だ。
ゆえに、ヴィクトルは、島が、解放されるまで、船を近づけさせるなと、部下に命じていた。
「行くぞ、俺様について来い!」
「うん!!」
ヴィクトルは、ルチア達を連れて、ファイリ村を目指す。
しかも、ヴィクトル、フォルス、ルゥ、ジェイクは、大きな袋を手に持って。
この島は、妖魔達が、徘徊しているようだ。
だが、戦闘は、なるべく避けたい。
ここで、戦闘になれば、ルチアが、ヴァルキュリアである事が知られてしまう。
そうなれば、ファイリ村に潜入する事は、困難を極めるであろう。
ゆえに、ルチア達は、気配を消し、ファイリ村に近づいた。
ファイリ島付近に到達したルチア達は、ゆっくりと、入口まで近づく。
ファイリ村では、帝国兵が、徘徊している。
島の民を監視するかのように。
「あの状況だと、中には入れないな」
「ああ。どうするつもりだ?まさか、正面突破とか、言わないだろうな?」
「まさか」
今の状態では、ルチア達は、村に侵入することは、不可能に等しいであろう。
クロスは、懸念しているようだ。
クロウも、不安視しているようで、ヴィクトルに、尋ねる。
「正面突破だ!」などと言いだすのではないかと、思い込んで。
だが、ヴィクトルは、そこまで、猪突猛進ではなさそうだ。
作戦は考えてある、と言ったところであろう。
「じゃあ、どうするつもりなの?」
「まずは、これを着ろ」
ルチアは、ヴィクトルに尋ねる。
正面突破ではないなら、どうやって、乗り込むつもりなのか。
すると、ヴィクトルが、袋から、服を取り出し、ルチア達に渡す。
ヴィクトルが渡した衣服は、ボロボロのフード付きのローブ。
ばれない様にするために変装すようだ。
「なるほどな」
クロウは、納得する。
どうやって、侵入するつもりなのかと、思考を巡らせていたのだ。
もちろん、これだけでは、簡単に、侵入できるはずもない。
しかし、ヴィクトルなら、うまくやってくれる。
ルチア達は、そう、確信を得ていた。
ルチア達は、ローブを身に纏い、フードを深くかぶり、大きな袋を手にして、ファイリ村へと侵入を試みた。
しかし……。
「おい、止まれ!」
「貴様ら、何者だ!」
ルチア達が、ファイリ村に入った途端、兵士が、気付き、ルチア達の前に、立ちはだかる。
やはり、そう簡単には、入らせてもらえないようだ。
だが、ルチア達は、慌てた様子を見せなかった。
「おいおい、慌てんなって。ほら」
「そ、それは……」
ヴィクトルは、慌てた様子を見せず、冷静さを保って、懐からある物を取り出す。
それは、許可証だ。
帝国が発行している。
他の村は、帝国が支配しているため、帝国から商人が来ることがある。
村の支援と称して、商売をする為だ。
ヴィクトルは、その許可証を所持している。
もちろん、偽装しているとは、思うが。
それを目にした兵士たちは、驚いているようだ。
どうやら、偽物とは、思っていないらしい。
「俺さ……俺達は、商人だ。ほら、いいだろ?」
「だが、こんなにも、大勢で?」
ヴィクトルは、思わず、「俺様」と言いかけたが、気付いたようで、「俺」と言う。
何とかして、入ろうとするが、兵士は、警戒している。
人数が、多いからであろう。
商人は、だいたい、一人か二人でくるものだ。
ゆえに、「大勢で」と、尋ねて。
「今回は、それほど、多いってことだ。ほら、今のうちに、稼ぎたいんでね。大勢じゃ、無理か?」
「……まぁ、いい。通れ」
「ありがとうな」
ヴィクトルは、荷物を見せる。
大量の袋を見た兵士たちは、警戒しながらも、ルチア達を通した。
ヴィクトルは、お礼を言いながら、さっさと、入る。
ルチア達も、無言で村に入った。
「すごい、うまく、入れたね」
「だろ?」
ルチアは、安堵したようだ。
もちろん、小声で、ヴィクトルに語りかける。
ヴィクトルは、誇らしげな表情を浮かべた。
うれしいのだろう。
「よく、ばれずに済むな」
「本当、一時は、どうなるかと思ったよ……」
クロウは、冷静さを保ちながら、ぼそりと呟く。
クロスも、一呼吸する。
まるで、ひやひやしていたかのようだ。
当然であろう。
あの兵士達は、警戒していたのだから。
「心配ありませんよ。毎回、これで、成功していますから」
「え?毎回?」
「そうそう、あいつら、バカなんだよっ。本物の」
ジェイク曰く、あの程度の演技で、毎回、うまくいっているらしい。
これには、さすがのクロスも、驚きを隠せない。
どう考えたって、妖しいのだから。
ルゥは、さらに、暴言を吐く。
あの帝国の兵士達は、本物のバカらしい。
ゆえに、侵入は、意外にも簡単であった。
「もちろん、商人だけだと、ばれちゃうから、他の理由で、入った事もあるけどね。簡単、簡単」
ジェイクは、陽気に語る。
どうやら、商人以外の変装で、侵入したらしい。
しかも、どれも、簡単に成功したとか。
相手がバカだったからだというのもあるが、本当に、大胆だ。
ルチア達は、心の底からそう思った。
「ヴィクトルさん達を敵に回したくないね……」
「そうだな、気をつけよう」
「ああ」
ルチア達は、改めて、考える。
もし、ヴィクトル達が、自分達の敵となったら、恐ろしいことになるのではないかと。
ゆえに、気をつけなければならないと、クロスや、呟き、クロウは、静かにうなずいた。
「ルチアは、わかってると思うが、俺様が、いいって言うまで、正体は隠し通せよ」
「うん、わかってる。皆の為にもね」
「おうよ」
ヴィクトルは、ルチアに忠告する。
正体を隠しておくようにと。
もし、正体がばれれば、捕まってしまう可能性がある。
ゆえに、ヴィクトルは、タイミングを見計らって、ルチアに、正体を島の民に告げるつもりらしい。
もちろん、ルチアも、そのつもりだ。
ファイリ島の皆を助けたい。
そのために、ここに来たのだから。
失敗は、許されない。
ゆえに、ルチアは、心に決めていた。
「で、これから、どうするつもりだ?」
「まずは、ここの人間と合流する。ついて来い」
ヴィクトルは、ルチア達を連れて歩き始める。
ルチアは、周りを見回す。
すると、ルチアが、想像している以上にひどかった。
なぜなら、人や精霊は、生気を失っているかのように思える。
おそらく、帝国兵に制圧されている為、絶望しているのであろう。
そう思うと、ルチアは、腹立たしかった。
帝国の兵士達が、許せずに……。
だが、ここで、帝国に気付かれるわけにはいかない。
ルチア達は、警戒しながら、ヴィクトルについていった。
すると、とある一軒家に、たどり着いた。
ヴィクトルは、すぐさま、鐘を鳴らした。
「よう、来てやったぜ」
「あら、いらっしゃい」
「やっと、来たのかよ」
鐘が鳴った直後、すぐさま、ドアが開く。
家の中にいたのは、茶髪の妖艶のな人間の女性と赤い短髪のわんぱくな精霊の少年であった。
どうやら、彼女達は、ヴィクトルの知り合いのようだ。
「あら、その子達は?」
「新しい部下かよ」
女性と少年は、ルチア達の存在に気付く。
新人の海賊だと思っているようだ。
二人の問いにヴィクトルは、首を横に振って、否定した。
「違うぜ。ヴァルキュリアと騎士だ」
「ええ!?」
「は、初めまして。ルチアって言います」
ヴィクトルは、ルチア達の正体を告げる。
どうやら、彼女達には、ルチア達の正体を告げても、問題ないようだ。
ルチアは、頭を下げた。
少々、緊張しながらも。
「クロスです」
「クロウだ」
クロスとクロウも、自己紹介をしながら、頭を下げた。
「オレは、バニッシュだ。よろしくな。クレイディアのパートナーだ」
「あたしは、シャーマン候補のクレイディアよ」
「え?」
少年は、自己紹介する。
彼の名は、バニッシュと言うようだ。
女性のパートナーらしい。
女性も、自己紹介をする。
しかも、シャーマン候補だと、告げて。
ルチアは、驚愕し、目を瞬きさせた。
「よろしくね、ルチアちゃん」
クレイディアは、ルチアの反応を楽しむかのように、ウィンクをしてみせた。