エアリスバグ。キーファにマジ切れ。みんな大人で大人げ7い~回想入れどメタネタ止まず~
「ええ?お正月帰ってこないの?しーちゃん」
「いい年の大学生に向かってしーちゃんはやめろ」
受話器の向こうから一際大きな声が響く。妹はいつも声が大きい。夜なのだから大声を出すな。
ちなみに現在夜の九時半すぎ。九時半と言えばまだ夜も更けたばかり、まだまだこれからという時間帯だがそれは都会に限ったお話。田舎となると勝手が違う。日の出と共に起き出して、日の入りと共に眠りにつく。太陽と生活を共にする道民達の夜は早い。
近所がキロ単位で離れて位置する片田舎において、騒音問題でご近所トラブルに発展する可能性は限りなく低いが、家族は別。
酪農家にとって安眠妨害はダイレクトに響く。朝が早いだけにかなりきつい、らしい。
特にうちの母親は眠る事が生きがいみたいな人で快眠できないと翌朝、すこぶる機嫌が悪い。朝から晩までずっと機嫌が悪い。おはようからお休みまで延々と機嫌が悪い。
そのあおりを受ける被害者は当然決まって父親だ。日長一日顔を合わせなければいけない父にとって母の機嫌が悪いというのは死活問題。どこでどう引火・爆発するかわからないから行動一つ言葉一つにまで気を遣う。気分次第で自爆すらしてしまうから一時だって休まらない。さながら爆弾処理班だ。ビビりながら処理をする。
ビビりと言えば自爆はビリリダマかマルマインの専売勅許みたいなイメージがあるけど、カビゴンが自爆を覚えれるのは絵的に納得がいかないものがある。自爆のたびに肉片が飛び散ってそうだ。ハリウッド映画ばりに。うちでも肉片は飛び散らないが、父の涙くらいは飛び散ってそうである。
隠し事などいたしません。至れり尽くせり先手先読み、気配り気遣い心遣い。ストレスなんてもってのほか。完全ストレスフリースタイルの真っ白な職場を提供します。
ホワイトならぬスケルトン企業。構造が見える程の透明感。おはようからお休みまで誠心誠意尽くします。
母の代わりに炊事洗濯、家事は進んで受け持って、布団を引いてすぐに寝る。本当なら晩酌の一杯でもしたいものだが、テレビの音も気になるらしいし、早く寝た方が安全なのだ。最後に爆発させる事もない。我が身の安全最優先。そうして涙を呑んで我慢して、布団に入る父の背に社会のつらさを垣間見た。
哀れ。
母親ゆずりの気分屋で、現在親戚の家に下宿中の妹にとっては実感の薄い話なのだろうけども…………。実家に戻っているときくらいは父を気遣ってやって欲しい。
男尊女卑とかいうけども、家庭内では女尊男卑がまかり通ってるよなぁなんて、妹との会話の脇でしみじみ思う。
「だってぇ。兄さんってのもなんか違うし。今更感って言うの?呼び方を変えるのってタイミングがあると思うの。逃しちゃった気がするの、タイミング。知ってる?しーちゃんがお母さんを初めてお袋って呼んだ日の事。しーちゃんが出かけた後お父さんとお母さん爆笑してたよ」
それでも気持ち抑えめに話そうと心がけている様子を聞くと妹も幾分か成長してはいるようだ。
「………知ってるよ。あの後、親父に『お~い、おふく―あっ、間違えた。か・あ・さ・んっ』って散々からかわれたからな」
言いながらこっちの顔を見てくるのだ。にやにやしながら。どや顔で。ドヤドヤしてた。あれはいやでも気づく。気づかされる。
「あれでお袋から母さんに戻したんだよね。恥ずかしくなっちゃって」
「やめろ。今更過去の傷をえぐるな」
「実はあの時、何歳になったらお袋って言い出すのか賭けてたらしいよ。お父さん負けたみたいだったから、腹いせだったんじゃない?」
「それは知らなかった!?」
「あたしもるー姉と一緒に大爆笑。いや~儲けさせていただきました」
「おまえも関与してんじゃないか」
「いやいや、あたし達は別口。るー姉のお父さん達と一緒にやってたから」
一族ぐるみの犯行だった。
「るーもか………」
『るー』或いは『るー姉』なる人物は父の弟の一人娘。いわゆる俺たちの従姉妹だ。
例に違わず佐藤家の呪いの被害者で、その名も佐藤怜。聡、怜、知三人そろってサトー三兄妹と呼ばれている。
ちなみに俺と同い年で互いを『しー』『るー』と呼びあっている。汁ではない。こちらも年齢に合わせて呼び方を変更しようと思ったのだが、るーからの強力な抵抗に遭い断念した。
当然、妹の知と同様に名前の誤答率が半端ない。いや、怜が元祖か。
知が高校に上がったとき『難読のサトー』がまた来た。と古参の教師が苦笑いを浮かべたとか浮かべないとか。
またまたちなみに、『しー』と『るー』を足した『しる』を変換して『知る』。それに『さと』という一般的ではない読み方の言葉遊び的な名前を思いついて、佐藤家の呪いを妹に継承させたのは母だ。手の込んだ悪ふざけだった。
もひとつちなみに、怜は生粋の自由人。今、どこで何をしているのか俺は知らない。
「一族郎党でなにやってんだよ。どんだけ暇なんだよ」
「田舎もんに一時の娯楽を提供して頂けるなんて感謝感謝」
「田舎って言うな。思っていても言うな。道民に謝れ」
「いえいえ、東京様や大阪様に比べれば北海道なんてまだまだ。勉強させていただいてます」
「何でそんなに卑屈なんだよ。誰目線だよ」
「いやさ。しーちゃん。そうやって、都会だ田舎だと言うけれどもさ」
「いやさって、おまえ………。しーちゃん言うな」
「都会だ田舎だと言うけれどもさ。さとしーちゃん」
「やり直すのか…………。あと、さとしーちゃんて何だ、しーちゃんをにーちゃんみたく言うな」
「さとしちゃん」
「とうとう普通のちゃん付けになったな!おまえは近所のおばさんか?!」
「もう、話が進まないでしょ。変な茶々入れないでよぉ」
「俺のせいか!?」
「当然!で、都会だ田舎だと言うけれどもさ。それはどの目線で見るかによると思うの。そりゃ、東京から見れば、北海道なんてまだまだ田舎かもだけど、たとえばアマゾンの奥地に比べれば、北海道もまだまだ捨てたもんじゃないでしょ」
「余所を比較して○○よりはましとか言う論法はやめろ。褒められた側も気分が悪くなる。………なんでおまえはそう危険な事ばかり言うんだ。アマゾンの人が見てたらどうするんだよ」
「Amazonが届くのか聞きたい」
それは俺も知りたい。そこはかとなく興味があるが………。
「それが言いたかっただけだろ」
「まあねっ。本当は北海道にもアマゾンにも思うところは何もないよ!!わたしはるーちゃんと同じで個を尊重するからね」
るーの場合、個人を尊重するって言うか、個人主義なだけだけどな。ったく、なんでそんな自信たっぷりなんだよ。少しは悪びれろよ。現役女子高生のテンションについて行けねぇよ。
「それはいいとして、今年は帰らないから」
「そうだったね。なんで?今年こそ正月麻雀の負け分、取り立てなきゃいけないのに………」
「おい、物事はしっかり伝えるようにしろ。負け分なんて言い方、まるで違法賭博みたいじゃないか」
「しーちゃんこそ何言ってるの?家庭内での少額の賭けなら違法じゃないんだよ。六法全書読んだことないの?いちゃもんつけてバックレようとしてない?逃げられると思ってんの?日本の果てにでも追いかけてくよ!採算度外視だよ!!」
「バックレるって、口が悪いな………」
はじめっから日本の端っこに住んでいるようなもんだと言うのに、少額の負け金回収のために採算度外視なんて、それに何のメリットがあるというのか。
それと六法全書を読んだことはない。大半の日本人は開いたこともないだろう。と言うよりもあれを読むと表現しないで欲しい。そこらの小説と同列で語らないで欲しい。
「こと、お金の事に関してはたとえ聖人だってブチ切れるよ。ガンジーでも助走つけて殴ってくるよ!免罪符がいくらしたと思ってんの?!」
「知らねえよ!聖人を引き合いに出すな。宗教問題になるぞ!」
「私の言う聖人は聖人君子の聖人だから。とても清く正しい人って意味の聖人だから問題ないの。西洋じゃなくて東洋だから。セーフなの。ちなみに免罪符は殺人でおよそ、8ドゥカート。ネット情報で140ドゥカート=1700万円くらいってあったから、8ドゥカートはざっと100万円。どう?」
「どうって、言われてもな…………」
「いつの時代だって人の命は大バーゲンさっ」
「黒!真っ黒だっ。知ちゃん黒くてしーちゃんがっかりだよ!」
「お?久々に自分の事しーちゃんって呼んだ」
しまった。動揺して退行しちまった。仕方ないだろう、妹が突然ブラックラグーンのダッチみたいな台詞言い出したんだから。ちなみに俺は『神は留守だよ。休暇取ってベガスに行ってる』って台詞が好きだ。
「私のお気に入りはバラライカの『愉快痛快ってやつよ』だよっ!爆破もセットで」
「聞いてないし、反応するな。流せよ。恥ずかしい」
「まあ、珍しいの聞けたし、今日の所はこれ以上追求しないでおくよ。今日の所は、ね」
「アリガトウゴザイマス」
その念押しがなければ、もっと素直に喜べたんだけどな………。だいたい、免罪符に関しても当時の一般市民の平均年収とか調べないと安いのか高いのかなんて判断出来ないだろうに。そのあたりに考えが及ばないあたりまだまだ甘いな。
「で、帰ってこないのは新幹線取れないからなの?飛行機じゃダメなの?」
「毎回、飛行機だからな。ちょっとマンネリなんだよな」
そう、それが今年の冬休みに帰省取りやめようと思った理由。せっかく北海道新幹線が通ったのだから一度利用してみたかったのだ。チケットが取れなくて断念したけどな。みんな考える事は同じなのだろう。
「そんな倦怠期の熟年カップルみたいなこと言って~」
「そういう例えやめろよ」
夫婦じゃなくてカップルってところが生々しい。夫婦はマンネリとか気にしない。そんな次元にいない。良妻賢母だと思ってた人が旦那が定年迎えた途端に離婚したりするんだ。一緒にいる意味がなくなったとか言って。
「でも実際、チケット取れたとしても函館から道央までは別で移動しなきゃいけないんだから手間じゃない?素直に飛行機で来る方が断然楽だよ。それに知ってる?北海道新幹線って『函館に行こう』なんて言っちゃってるけど、従来の函館駅につくんじゃなくて新函館北斗駅って改名した駅に到着して、函館駅に行くにはそこからさらに乗り換えて15分くらいかかるらしいよ。従来の利用者としては内心複雑だろうね。いや、そこ渡島大野駅だしって」
「別に楽したいんじゃない。何か楽しめるイベントが欲しいんだ。あと、新函館北斗駅の事は知ってるが話は広げないからな。おまえと話してるとどこでネガティブキャンペーンになるかわからないからな」
出来るだけ、敵は作りたくないものだ。それにしても楽すると楽しむ。文字にするとなんとも伝わりにくいものがあるな。
「む~。そんなことないのに~。でも、イベントか。なら船はどう?」
「船?」
「うん。フェリー。大体一日くらいかけて着くらしいの」
「へぇ。そんなのあるんだ。知らなかったな」
「なんも北海道の船は青函連絡船だけじゃないんだよ」
「青函連絡船だけと思ってないし。だいたい連絡船自体国鉄がJRに変わったときなくなっただろ。ネタが古いわ。何歳だおまえ」
「結婚出来る年ではあるかな?法的にはセーフ」
「世間的には一発アウトだ」
「法と慣習どちらが優先されるか………。深いテーマだね」
「そんな話はしていない」
「法治国家としては当然、法が優先されるべきだけど、生活を考えると地域というコミュニティを無視するのは自殺行為。地方になればなるほどコミュニティの影響力は強くなってきて、その傾向は強くなる。そもそも法が時代に常に適応し続けるものではない以上、時代との整合性が求められるけれども、はたして適切な変化が出来るのか、いや、安定を求めるという人間の性質を考えると変化そのものが可能かどうか………」
「おい、やめろ。大学の友人とさえそんな深い話はしないのに何で妹とせにゃならんのだ」
「なにかね。せっかく友達のいない兄へ話題を振ってあげているというのに、かわいい妹とのコミュニケーションに不満があると言うのかね」
「不満だらけだ。法の今後について議論する事を妹とのコミュニケーションと言う世界がどこにある」
俺にだって友達はいる。………一、二………従姉妹は友達カウントしていいだろうか。
「常識なんて生まれ育った生活環境のたまものなんだから、ところ変わればまったく違う常識がある。そんな常識に盲信的に依存してしまってはたして良いものだろうか。いや、よくない!反語!」
うるせ~よ。何が反語だ。言いたかっただけだろ。まったく、ああ言えばこう言う。何キャラだ、おまえ。せっかくの冬休みだというのに頭使わすな。不快テーマだ。
「まあ、だけど。船で行くって言うのは面白いかも知れないな」
「でしょ?話の種にはなりそうでしょ?まあ、それでも私は飛行機を押すけどね」
「それはもう良いよ。調べてみてなんとかなりそうなら船で帰ろうかな」
「そうしなよ。是非そうしなよ。日付決まったら教えて。迎えに行くから。車で!」
「免許ないだろ。おまえ!」
そもそも、免許の取れる年齢じゃないだろ。なかったよな?
「誰も私が運転するなんて言ってないじゃない。るー姉が帰ってくるみたいだから、ついでに」
「俺はついでか!?」
「るー姉車買ったんだって。いろいろ乗り回したいみたいだよ」
「車?」
「うん。何でもネットの動画で川に天井ぎりぎりまで水没しても走ってるの見て感動したんだって。名前わかんないけどなんかごついの!」
水没しながらも走るってエンジン大丈夫なのか?また変なことに興味を持つな、るーは。
「まあ、いいや。じゃあ、向かえに来るとき見せてもらうよ」
「楽しみにしててねっ」
何でおまえが自慢げなんだよ。逆に不安になるわ。
「はいはい、了解」
突っ込みたくてうずうずしたが何も自分から藪をつつかなくてもいいだろう。絶対にヘビが出る。誰も得しない、むしろダメージだけ負ってしまいかねない、まるで無意味で無駄なネガティブキャンペーンというヘビが………。
気のない返事を返して俺は電話を切った。
新キャラです。まだ、他のキャラすらつかめてないのに新キャラです。
本編登場する機会はあるのでしょうか。それは作者にも謎です。