章結譚 アズルーンの冒険4
章結譚 -章を結ぶ物語-
アズルーンの冒険4
その日、アズルーンとノーマはギルド職員として昼の当番についていた。
ギルド員見習いとして働くアズルーンは、しばらくの間ノーマに付き従って行動することになった。
とはいえ元々ノーマが一任されていた総合案内は新人のアズルーンにはまだ荷が重かった。
そのためノーマが用意したアズルーンの仕事はもっぱら配達など、いわゆるお使いだった。
本来ならこういったお使いも冒険者に用意された最低難易度の依頼ではあったが、ノーマはあえてアズルーンにやらせた。
出来るだけ早く、都市の位置関係を覚えさせようとしたのだ。
ギルドの母体が商会ギルドである以上、余所との交渉や協力関係は不可欠なもの。
ノーマとしては、お使いをさせることで地理を覚えさせ、ついでにギルドの新人として顔見せも済ませてしまおうという目論みだった。
そして今、アズルーンはお使いの真っ最中。
そして案の定、迷子だった。
「はぁぁ、ここはどこ~、わたしはだれ~」
馬車一台がやっと通れるほどの狭い通り。通りに面する三階建ての石造りの建物がまっすぐ並んで視界を防ぐ壁となり、まるで迷路に迷い込んだかのような感覚に陥る。
代わり映えのない風景は、簡単に人を迷わせるのだ。
不幸中の幸いだったのは、今日届ける予定の物は全て届け終わり、後はギルドに戻るだけだと言うこと。少なくとも迷惑を掛ける先方はいない。
迷子なら通りがかった人に道を聞けばいいではないかと思うだろうが、そこは既に先手を打たれていた。出発前にノーマから他人の手を借りるのを禁止された。
本気で地理を覚えるには一度迷ったほうが身につくと言うのがノーマの持論らしい。
迷うこと前提なのだから、この仕事の重要度も窺える。
そして、アズルーンもノーマに内緒で人に頼れるほど、要領のいい性格ではなかった。
ノーマの指示をきっちり守りしっかり二時間。迷いに迷い続けていた。
いつまでたっても目的の場所に着かず、同じような場所をグルグルグルグルと回っている内に、頭までおかしくなってしまったのだろうか。まるで歌うように、口ずさむアズルーン。
人は本当にどうしようもない状況になったとき、突飛な行動をするという。
アズルーンも、まさか二時間も迷い続けるとは、あまりの自分のポンコツぶりに目を背けたくなったのだろう。
歌ってしまいたくなる気持ちもわかるという物である。
「ここはどこ~、わたしもどこ~」
とうとう踊り出した。
片手を空に伸ばし、もう片方を大きく広げてクルクル回る。気分は昔に見た旅の一座の踊り子だ。
踊りたくなる気持ちはわからない。
驚いたのは通行人である。
当然だ。
パンツスーツを着たギルド職員風の少女が路上で歌っているだけでも異様なのに、その上突然踊り始めたのだ。
正常ではない。異常な光景だ。
剣を抜かないだけの理性は残っていたと言えるのかも知れないが。アズルーンが昔見た踊り子の舞は剣舞だった。
しかしどちらにせよ、端から見れば完全に不審者である。
波が引くようにその場から人が離れていく。
不思議がって指を指す子供の手を引いて、急いで走り去る母親。用もないのに近くの店に入って避難する通行人達、露天商も必死に接客中のアピールをしている。
皆の思いは一つ。
関わってくれるなよ。
「いいぞ。ねえちゃん!」
残るは陽気な酔っぱらいだけ。昼間に起き出しそのまま飲み始め、夕方にはすっかり仕上がっている酒呑みの鑑。
いい気なものである。
褒められたことに気をよくしたアズルーンはさらにステップを踏む。飛んでしゃがんで、跳ね回る。思うがままに躍動して全身で気持ちを表現する。
そして気分も最高潮。最後の大技、ぐっと少しだけためて、回り始めた。グルグルグルグルと何回もその場で回転、胸の高さで手を交差してさらに回転速度を増す。そして不意に、ばっと両手を広げてピタッと止まる。フィニッシュ!!
ドンッ―――――!!!
ポーズと同時に大きな地響きが鳴り、大地が揺れた。
まるで、舞台の演出のようなワンシーン。
「おお~~!!」
驚いて指を指す酔っ払いに、違います。わたしじゃありません。そんな力ありませんと手を振って必死に否定するアズルーン。
「ブラ~ボ~!!」
話を聞かず拍手喝采する酔っ払いを置いて、周囲を見渡す。
「今の音は?」
肩幅に足を開き、即応できる体勢をとる。耳を澄まし、自然と呼吸も少なくなる。
じっと固まり音の出所を探す。が、見当たらない。
見える範囲では、変化は確認できない。建物の倒壊も、人的被害もないようだ。揺れも大きく一回しただけで続く気配もない。
ふうっと、大きく息を吐く。
とりあえず、状況はこれ以上動かなそうだ。
同じように感じたのか、屋内にいた人たちも徐々に外に出てきた。先ほどまでどこにいたかと思うほどの大勢で通りが埋め尽くされる。
突然の地揺れに驚く者。周辺の安否を確認する者。他地区の状況確認に走る者。
大勢の些細なささやきが、大きなざわめきとなって聞こえてくる。
「どこかに何かが落ちたらしいぞ」
「落ちたって、何がだよ。地面が揺れるほどの物があるってのか」
「地揺れじゃないのかい?」
「でも、地揺れなんてこの土地であったことないぞ」
「そうだな。それに地揺れならもっと揺れが続く。あれは一回だった。もし地揺れなら、あれは普通じゃない」
何か、普通じゃない事が起きているようだと、アズルーンも肌で感じていた。
(もう道に迷っている場合じゃない。とにかく、急いでギルドに帰らないと)
(続)




