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とうをつくるおしごと  作者: こうせきラジオ
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章結譚 アズルーンの冒険3

       章結譚 -章を結ぶ物語-


         アズルーンの冒険3









 夜。


 ギルドは昼間と別の顔を持つ。


 塔の冒険者達の社交場。酒場だ。


 昼間、街のおしゃれな喫茶店だった場所が、夕方になると一転、毎夜、怒号と喝采のあふれる宴会場と化す。

 オリアダルならではの光景であった。



 夜を徹しての大騒ぎとなるので、近隣への騒音も甚大となる。が、そこはクリーンなイメージが売りの冒険者ギルド出向組が黙って見ているはずがない。


 内壁近くに建つギルドの周囲、全ての建物を借り上げて、職員や冒険者達のために貸している。


 いわゆる寮だ。


 むろん、無料ただではない。むしろかなり高額ではあったが、ギルドの隣に位置し塔に近く、追加料金を払えば家事代行サービスも受けられる。

 生活能力の乏しい冒険者、主に女性冒険者からの希望が後を絶たない、人気物件だった。


 唯一の欠点は夜うるさいことだったが、それも騒音の発生源である当人達にとってすれば、なんの問題にもならなかった。



 そんな左乱さらん右壊ゆうかいの大宴会の渦中に、人波の隙間を縫うように進む、いや、翻弄され漂う一人の少女がいた。

 

 アズルーンだ。


 膝上までしかない丈の短いスカートに赤いエプロン。胸を持ち上げ、強調する意匠のそれは、本来果たすべき役割を放棄している。 二重の意味で。


「ノーマさん。私、ギルドの仕事って聞いた気がするんですけど?」


「これもギルドの仕事の内よ」

 

「ノーマさん。後ろが心許ないんですけど、前も…………」


 もとより主張の激しいノーマのそれがさらに強調されているのを見て、主張する部分のないアズルーンはがっくりとうなだれる。


「…………恥ずかしいです」


 これも二重の意味で。



「アズちゃん。あなた、塔に挑戦するんでしょ。塔の中じゃトイレもお風呂もないのよ。着替えだって出来ないんだから。こんなことで恥ずかしがっててどうするの。服が破けたって魔物は待ってくれないのよ。これは練習。心を鍛えるための修行なの」


「修行? 塔に入るための修行! そうだったんですね。ごめんなさい。私、ただのエッチな服だと勘違いしてました」


「いいのよ」


 ふふっと微笑みながら、ノーマと呼ばれた赤髪の美女が答える。

 昼、受付の時に着ていたパンツスーツから、こちらも短いスカートにエプロン姿に。


 すらっとした長い足がのびて、短い丈をさらに短く感じさせる。昼間の姿が凜とした雰囲気の引き締まった美なら、夜の姿は色気薫る妖艶そのもの。


 パンツスーツとは違うエロスが、そこにはあった。



 それにしてもアズルーン、修行という言葉で簡単にごまかされてしまった。チョロい女である。




 美人美女美少女の給仕が多い中でも、ノーマは一段と際立っている。

 事実、ノーマ目当てで来店する客も多い。

 その証拠に、ノーマの通った後の通路では良くスプーンの落ちる音が聞こえる。



 今も、また。



「おおっと、しまった。スプーンを床に落としちまったぜぃ。拾わなきゃなぁ、失敗失敗!!」


 必要以上に大きな声で、棒読み気味に叫ぶ大男。


 もちろん、ウソだ。


 自らの行いを正当化するための大々的な言い訳と大義名分のアピール。

 真の目的は別にある。

 その証拠に、彼は一瞬だって床を見てはいない。

 

 大きな体を床すれすれにまでかがめて、見つめているのはノーマの後ろ姿。

 歩くたびに左右に振られる腰つきにつられて、ふわっと浮かび上がりそうになるその薄布うすぬのの奥深くを、今日こそこの目に焼き付けようと這いつくばって凝視している。


「はあ、はあ、はあ」


 もう、完全に匍匐前進でノーマの後を追っている。


「あの、何しているんですか?」


「むっ? いや、実は今気がついたんだがこの床、さわり心地最高だな!! 思わず頬ずりが止まらないぜ」


「はあ」


 必死の言い訳にあきれて言葉もでないアズルーン。

 そんな間にも、各所からスプーンが落ちる音が響く。



「お、俺も落としたぁぁぁぁ!!!」

「いっけね。俺もだ」

「俺も」

「儂も」

「僕も」

「ぬあぁぁぁぁ!!!! 床が滑るぅぅぅぅ!!!」

「きゅ、急に眠気がぁぁぁぁぁ」

「なんだ?! 空気が、重い?」

「魂が、大地に引かれていく」

「ズザァァァァァ!!!!!」


 次々に倒れていく男達。


 皆一様に、匍匐前進でノーマの後を追う。


「……………冒険者とはバカの集まりなのでしょうか………」


「アズちゃんも冒険者志望でしょ」


 にこやかに指摘してくるノーマ。

 そうだった、と自分も彼らと同類にまとめられることに少なからずげんなりする。

 

 それにしてもノーマに怒った様子はない。あからさまに下着をのぞこうと男性冒険者達が床に蠢いているのに、まるでそのことに意を介していない。

 周りの女冒険者達も何でも無いように仲間と談笑している。


 彼女達の中では、これはいつものことなのだろうか。


 そんな目の前の異様な光景に、アズルーンは若干引いていた。

 




「なぜだぁぁ?!! なぜ見えない??!!!」


 大男が吠える。涙声で。もう、取り繕うことすらやめたようだ。


「ちくしょう、なんで、なんでだぁぁぁぁ!!」


 釣られて男達がむせび泣く。


 大の男達の号泣。


 血の涙を流さんばかりの大号泣。




 こんな光景、見たくなかった。見てられなかった。見るに堪えなかった。




アズルーン「…………………」


 思わず壁を背に、スカートを押さえてガードする。と、這いつくばって泣いていた大男と目が合った。


「ん? どうした、嬢ちゃん。エプロンの端っこ押さえて。遊んでないで働けよ」


 這いつくばって血涙を流している男に言われた。ふざけた格好をしている男に、マジトーンで言われた。

 お前など眼中にないわっ! と、暗にそう言われた気がした。


 ショックだった。いや、ショックを通り越して、屈辱だった。


 何でこんな格好の男に貶められなければいけないのか。

 そんなに私には魅力が無いのだろうか。



 この日、アズルーンは心に大きな傷を負った。





 泣きじゃくる男達を前に、ノーマはとうとう行動を起こした。


 ゆっくりと近づいていって、男達の前にしゃがんだ。

 絶妙なアングルで、中は見えない。


 そして、ささやいた。


「ねえ、なんで見えないか、わ、か、る?」


 なまめかしく妖艶に。


「な、なんでだろぉ?」


 答えながらも視線は下に。しゃがんだことでちょうど目の高さまで降りてきたそれを見ようと、必死に目をこらしている。血涙を流しながら見つめている。

 でれでれと鼻の下が伸びている。


「そ、れ、は」


「そ、それは?!!」


「履いてないから、よ」


「ぶはっぁぁぁぁぁ!!!!」


 瞬間、男達は大量の血を噴き出した。


 床一面、鼻血の海に沈んだ。


 焦らしに焦らして期待させた上での衝撃発言。耐えられる男などこの場にはいなかった。



 

「あ~あ~。またこんなに汚しちゃって。ド~ン~」


 血溜まりを作って倒れた男達を横目に、さっと立ち上がったノーマは調理場にいた店主に声を掛けた。


「なんだぁ」


 野太い声で返事をして出てきたのは、天井に頭がつきそうな程の大女。

 商会ギルド、酒場部門の責任者。ドニーヌ・エジーだ。

 ヒモで括られただけのぼさぼさ髪。黒茶色に焼けた肌、筋肉隆々にふくれあがった丸太のような腕。

 誰が呼んだかドン・エジー。



「…………おまえたち、またやったのかい」


 まるで地獄の地響きのような低くとどろく声。

 その手に持つ、血まみれの刃物が光る。


「ひっ」


 思わずアズルーンも息を呑む。


 対面しただけで身が震えてきそうな風貌でありながら、くりっとした丸い目がアンバランスながら愛嬌を醸し出している。「話してみたらと意外と良い人」というのが挨拶したときの印象だったが、それでも正対するには勇気がいる。


 機嫌が悪そうならなおさらだ。



「毎日毎日血を噴き出してくれるから、うちの床は真っ赤に染まっちまって落ちやしない。おかげで塗料いらずで安上がりさ。ありがとよ」


「ど、どういたしまして?」


「皮肉だよ! 馬鹿たれが!!」


「ひぃっ」


「そんなにドバドバドバドバ噴き出るんだったら、いっそのこと冒険者なんてやめて床の塗り替え職人にでもなったらどうだい。材料費がかかんないんだからたいそう儲かるだろうよっ!!」


「そんな」


「いいから掃除しな!! 道具の場所はわかってんだろ!! 早くしないと乾いて取れなくなっちまうだろうが!」


「はいぃぃ!!!」


 一喝された男達は蜘蛛の子を散らすように方々へ、清掃用具を手に掃除をはじめる。


 ちなみに女冒険者達は他の給仕と一緒に既に非難を完了している

 妙に手慣れているのは、この一連の流れが本当によくあることだからだろう。

 


 状況の変化について行けず蚊帳の外に置かれてしまったアズルーンはぼんやりと周囲を見渡していた。

 と、男達が掃除をする姿を物陰から眺めるノーマを見つけた。


 ドンの目が男達に向いている隙に隠れたのだろうか。


 その要領の良さに驚きつつも、身の置き場を求めて自然とその足はノーマの方へと近づいていき、声を掛けた。


「ノーマさん」


「ちょうどいいところに来た。アズちゃん、ちょっとそこに立って、こっち向かないで店内を見渡す感じで。そう、いい感じ」


 アズルーンを盾にして、さらに隠れる場所を広げるノーマ。

 その様子が少し気になって、思わず言葉が出る。


「ちょっと、意地悪だったんじゃないですか?」


「あはは」


 と、笑ってさらにもう一言。


「あの連中はああやって、たまに血を抜いてやらないとね。血の気が多いと頭に血が上って、早死にしちゃうから」


 ノーマは悪気なく答える。口調は軽くどこまでが本気なのか判断がつかなかったが、作業を見つめるその目には暖かみのような、悲しみのような、ない交ぜのよくわからない感情が宿っている。

 が、アズルーンの視線は掃除している男達に向いていて気がつかない。


「そういうものですか? それはそうとノーマさん。昼と性格変わってません?」


「あら、ふふふ。そうでしたかしら?」


 ノーマの言葉の些細な変化に気がついたのかそうでないのか、アズルーンは大して掘り下げることなく話題を変えた。


「今更直しても遅いですよ」


「ふふっ。昼には昼の、夜には夜の対応の仕方と言うものがあるのですよ。それこそずっとかしこまってたら、楽しいお酒もまずくなっちゃうじゃない」


 コロコロと口調を変えておどけたように話す。


「そういうものですか?」


「ま、これは私のやり方。アズちゃんはアズちゃんのやり方でやればいいわ」


「はあ」


 納得したような、しないような微妙な気持ち。もう少し深く話してみたくなり、体は自然とノーマの方へ向く、と。


「ノーマ!! あんたもサボってないで働きな!!」


 遠く厨房の方からドンの声が響く。見逃してはいなかったようだ。


「あちゃ、見つかっちゃったか。は~い、じゃ、ちょっと失礼」


「はい。…………あ、そういえばノーマさん」


 話に水を差された事を少し残念に思いながらも送り出す。と、一つだけどうしても今確認しておきたいことがあって、呼び止めた。


「ん?」


 バタバタと手際よく清掃用具を動かす男達の元へ向かっていたノーマは、顔だけ向けて聞き返す。

 その耳元に、ささやくように尋ねる。


「本当に、履いてないんですか?」


「…………ふふっ」


 ノーマは何も答えず、怪しく笑った。





(続)

今年最後の投稿です。


今年はありがとうございました。

来年もよろしくお願いします。




こうせきラジオ

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