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とうをつくるおしごと  作者: こうせきラジオ
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章結譚  アズルーンの冒険1



        章結譚 -章を結ぶ物語-


         アズルーンの冒険1





 大陸を南北に隔てるトレイル山脈をぬけて東へ。古くから地元民により『竜の爪痕つめあと』と畏敬をもって呼ばれる大地の裂け目を渡り、『神々の水瓶』の名を持つ大瀑布を下る。

 人の歴史が始まる以前、空から星が落ちてきた衝撃で出来たと言われる大きな窪地の中心部に、その都市はあった。

 

 オリアダル。


 この地に都市を築いた開拓者の名だとも、過去に世界を騒がせた大盗賊の名だとも言われているが、真実を知るものはいない。


 もとより誰も知ろうとはしない。知ろうとする者はこの都市には来ない。この都市にいるのは己の命を賭け金にして栄光を手にしようとする命知らずと、そんな死にたがりを相手にする商売人。後はすねに傷を持つ、訳ありな連中ばかりだ。


 ここは自由都市オリアダル。


 魔術師の塔を囲う、夢想家達の夢の都市。





 その日、アズルーンは悩んでいた。



「むう、悩みどころですね」


「おい、嬢ちゃん。さっきからそうやってずっとつぶやいてるけどな。買うのか? 買わねえのか?」


「買います買います。ただ、安くて日持ちはいいけどまずくて硬いニームフットの干し肉にするか、少し値は張るけれども味はそこそこのマイトックの干し肉にするか…………むう」


「まずくて硬いとはずいぶんなこった。こちとら店先でうんうんうなる客に辟易へきえきしてるっての」


 店主の悪態もアズルーンの耳には残らない。



 アズルーンは悩んでいた。


 僅かな希望を胸にどうにかオリアダルまでたどり着いたが、ここに来てもとより少ない路銀が尽きようとしていた。


 道中、木の根をかじり石を口に含んで空腹を耐えてきたが限界はとうに越えていた。


 その様な状態で到着するやいなや漂ってきた誘惑に抗うことなど出来ず、こうして都市一番の大通りの路上販売に誘い込まれてしまったのだ。

 

 長旅で食事に飢えている旅人を標的にした商売。

 アズルーンも店主の目論み通りの結果を辿った。

 

 そこまでは、よかった。

 それからが、誤算だった。

 店主の。


 どれほどたったか。いい加減ウンザリするほどの時間。アズルーンは悩み続けた。

 悩み、迷い、よだれを垂らしながら吟味するその姿に、自然と通行人は避けていく。



 アズルーンが来てから、商品は一つも売れてない。

 

 何度となく早く買うように促したが、当の本人は上の空。わかってると生返事はするものの、一向に決める気配がない。


 店主もいい加減、我慢の限界だった。


「なあ、そろそろ買ってってくんねえか。お前がいるだけで他の客が寄りつかねえんだよ。営業妨害だぞ」


「えっ? あ、ああ、申し訳ありません。じゃあ、こっち―――――あ、これもいいですね。これはなんの肉かな?」


「………………」


「あ、でも、ちょっと高いか。やっぱりこっちで」


「…………まいど」


「…………それで、そのぅ、ちょっと言いにくいんですが」


 両手を胸に、もじもじと恥ずかしそうにつぶやくアズルーン。店主もその仕草に内心、嫌な予感を感じつつ意を決して尋ねる。


「…………まだ、何か?」


「ちょっとかりませんか?」


「はぁ?」


「恥ずかしい話なんですが、予算越えちゃって」


 懐から取り出した袋を逆さに振る。ちゃりんっと小さな音を立てて出てきた硬貨は、少し足りない。


 一瞬、店主の目が鋭くなったが、諦めたようにかぶりを振り、大きく深呼吸をして答える。


「はあ、いいよ。負けてやる。負けるから」




 同情、ではない。

 アズルーンの色香に惑ったわけでもない。


 整った容姿にその仕草も相まって、大抵の男は参ってしまいそうだったが、いかんせん状況が悪かった。


 よだれを垂らしながら、長時間干し肉を見つめ続ける女性をかわいいと思える剛の者はそうはいない。

 それで被害を被っているなら、なおさらに。


 そもそも、店主は根っからの年上好きだ。熟女のベックと言えば、この界隈ではちょっとは名が知れている。悪名だが。


 だからこそ自分よりも一回りも年若としわかに見えるアズルーンの色気に参ったなどと言うことはなく、単純にこれ以上関わり合いになりたくないだけだった。




(ごねて値段交渉なんてやられた日にゃ、かまどに蜘蛛の巣張っちまう。ここはこっちが引いてさっさと消えて貰おう)


 ベックも一等地で露天を切り盛りする店主だ。一瞬のうちに損得勘定して、より痛みの少ない方を選んだのだ。



「ありがとうございます。ありがとうございます。本当にありがとうございます。おじさん、いい人ですね」


「ああ、そうかいそうかい。そらどうも」


「あ、そうだ。おじさん」


「ん?」



 うんざりした様子を隠そうともせず、適当に相づちするベックだったが、それに気づいた様子もなくアズルーンはさらに一言。




「―――――仕事ないですか?」



「帰ってくれ」



 ベックの顔から表情が消えた。

 心からの願いだった。








 大通りを西に。


 買ったばかりの干し肉を早速一かけ口に含み、目的の場所を探す。

 

「はあぁ~。硬いけど塩っ気が美味しい。やっぱり肉ですね。でもおじさん、なんでこんなにおまけしてくれたんでしょう? お金困ってるの心配してくれたのでしょうか? 親切な人ですね」



 実際には『おまけを渡すからもう来ないでくれ』というある種、みかじめ料的な意思表示だったが、残念ながらアズルーンには伝わっていなかった。



「よし。あそこのお店、ひいきにしましょう」



 むしろ、悪化した。ベックの命運が尽きた瞬間だった。当の本人はまだ、知るよしもないが。



 硬い干し肉を豪快に噛み千切り、口の中でコロコロ転がす。こうすれば塩気と口腔内の刺激に反応して唾液が出やすくなる。そうして水気を吸って少し柔らかくなった肉を噛みしめて、さらに塩気を出す。

 口をうるわせながら、肉の味を最大限楽しめる。食料の少ない旅中りょちゅうの知恵だ。


 いかんせん、周りからの受けは悪いが。



「情報を得るなら人の集まる酒場か情報屋。でも、まずは当座の予算、ですか」


 ちゅうちゅう吸いながら、今後の行動を考える。



 自由都市オリアダルは魔術師の塔の探索を主産業としている都市だ。都市に住む多くの者が塔と関係する職についている。

 その中でも最も数が多いのが探索、採集をする仕事、いわゆる冒険者と呼ばれている人間だ。


 彼らの仕事は単純明快。塔に入って中から物をもってくること。


 言葉にすればたったこれだけの単純な作業だが、言葉ほど簡単なことではない。

 数が多いのが冒険者なら、入れ替わりが多いのも冒険者だ。


 良く死ぬ。


 昨日までいた人間が今日いなくなり、明日には忘れられる。

 そんなことが当たり前に起こる。


 そして、それ以上に人が集まる。


 一攫千金、はたまた一発逆転を狙って世界中から人が流れ込んでくる。

 塔にはそれだけの価値があり、魅力があった。




 アズルーンもその一人。


 遠い生国しょうこくから遠路はるばる、塔の冒険者として名を馳せるためにやっとの事でたどり着いた。


 その記念すべき第一歩が、『路銀を使い果たし安い干し肉を吟味しすぎて嫌がられた』と言う情けない姿ではあったが、このご時世、女の一人旅をしてきたのだから、これでなかなか実力はあるのかもしれない。



「そうだ」


 心ゆくまでしゃぶりつくされた肉を飲み込み、歩を早める。

  

 思い立ったら即実行が彼女の行動原理だった。




 向かった先は、都市の内壁。


 塔を囲んで建築されている構造上、都市には外部から守る外壁と塔との境となる内壁が存在している。

 塔からの侵攻対策として作られたものであったが、未だかつて想定された使い方をされたことはなく、そのため見張りも存在しない。

 現在ではもっぱら、塔が一望出来る観光名所として親しまれていた。



 その内壁の上に彼女はいた。



「あはっ。やっぱ来て良かった」


 少なくない観光客に混じり、壁から身を乗り出して塔を見つめるアズルーン。

 まだ距離は離れているはずなのだが、その存在感はまるで手に触れられそうなほど近く感じる。



「はあぁぁぁぁぁぁ」


 感嘆の声を上げる。


 内壁から塔へと続く一本道。

 これから向かう者。戻ってくる者。大量の荷物を積んだ馬車。


 その先に見える、大地から天まで繋ぐと言われる巨大な塔。


 頂上は見えない。



 意図せず、全くの無意識で、ぽっかりと口を開いてしまっている自分に気づいた。


 はっと我に返って恥ずかしくなり、口元を抑えて左右を確認。隣で同じように辺りを見渡す女性と目が合い、互いに照れ笑いを浮かべる。


 軽く会釈をして振り返ると、後ろにいた老夫婦もふたりして口を開けて空を見ていた。

 どうやら、ここではみんな、そうなってしまうらしい。


 自然と笑みがこぼれた。



「やっぱり、来て良かった」


 塔へ続く道に再び目をやり、自分がその道を進む様を想像して、気合いを新たにしたのだった。






(続)

お待たせしました。

次回から新章突入、と思ったのですが新キャラアズルーンが書いてて楽しくてのびちゃったので分割投稿です。どのくらいのびるかは未定。


次回は30日(土)予定です。

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