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とうをつくるおしごと  作者: こうせきラジオ
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番外編4 手紙









 新しく年が明けて二日。気の早い店では新年初売りセールが大々的に催されている頃。

 とある駅の前で悲痛な顔を浮かべながら通行人にビラを配る一人の少女がいた。


 足早に通り抜ける人々に枯れかけた声で呼びかけながら、一枚一枚手渡している。

 その紙を受け取る人は少ない。

 受け取ったとしても、カバンにしまい込んで見られることなく忘れた頃にゴミ箱行き。ひどいときには受け取るなり、そのまま捨てられることもある。


 そうして捨てられるたびに、足跡のついたその紙を拾いあげ、シワの伸ばして折りたたみ、ポケットにしまう。


 そして再び、ビラ配りを再開する。


 人々はその少女の脇を、関わりあいにならないように避けて通る。

 少なくない人混みの中で、しかし少女の周りにだけはぽっかりと空間が開いている。

 誰も彼女に目もくれない。あえて目にいれないように進む。

 

 それでも、彼女は配ることをやめない。




 少女が配っている場所からほど近い整備された茂みの中に、誰の目にも触れず、丸められ木々の間に差し込まれた一枚のビラがあった。


 その紙には、こう書かれていた。





『私の兄が行方不明になりました。冬休み、実家に帰ってくる途中に、姿を消しました。東京から船に乗って、帰ってくる途中の事でした。家を出て船に乗ったそのあと、兄はいなくなってしまいました。

 船の乗客が兄の姿を目撃しており、乗船記録も残っているとの事ので、船に乗っていたのは確実のようです。


 ですが、下船した記録はないそうです。


 警察からは船から落ちた可能性もあると聞かされました。ただ、乗客、乗員の誰も兄が落ちた場面は見ていないとのことです。

 どこで落ちたのか、そして本当に落ちたのかすらわからないのだと。


 そして、どこで落ちたのか、或いは降りたのか、そのタイミングがわからない以上、船の航行距離が長すぎて探すに探しようがないとの事です。兄の希望、乗船時間の長い船を選んだことがあだになりました。

 目撃時間から逆算した航路一帯を捜索して頂いたのですが、兄の痕跡は何も発見できず、生存は絶望的とのことです。




 このような事、ここで言うようなことではないのかも知れません。ですが、言わせて下さい。


 そもそものところ、兄が船に乗ったのは私のせいなのです。私が兄に船を利用するように勧めて、その船から兄は落ちたのです。


 事の発端は、兄が今年は帰省しないと言いだしたことでした。兄と私は二人兄妹です。あと歳の近い従姉妹がいるので、立場としては末っ子でした。よく兄と従姉あねと三人で遊んでいました。兄本人がどう思っていたかわかりませんが、私としてはお兄ちゃん子だったと思います。


 私は現在、兄とも両親とも離れて暮らしていて、家族がそろう機会はそう多くありません。なので、せっかく集まれる機会があるのに、帰ってこないと言う兄の言葉が残念で、本当に残念でどうにか帰ってくるように心変わりが出来ないかと、色々と説得したが故の、船でした。


 初めのうちは乗り気でなかった兄ですが、徐々に帰省へ前向きになってくれて、ああ、これで兄と会える。今年も家族が全員そろうと安心しました。

 日取りを聞いて、あと何日とカレンダーを数える毎日。そして、待ちに待った当日の昼過ぎ、従姉あねの車で一緒に駅まで向かえに行きました。


 でも、兄は来ませんでした。


 何度も携帯に電話しましたが、繋がらず、両親に電話しても、家には帰ってきてはいないとの返事。初めのうちは、乗り換えに失敗したのだろう。携帯は充電を忘れたのだろうと思っていました。

 兄はそう言う抜けているところがあって、よく道を間違えたり、充電が切れていても気がつかなかったりするのです。


 なので、今回もそういうことなのだろうと思っていました。従姉と一緒にあきれて、会ったらそのことをいじってやろうと思ってました。でも、それは出来ませんでした。その機会は、ありませんでした。


 駅で待って、三時間ほど経った頃でしょうか。寒さに耐えられず近くの喫茶店でお茶をして温まっていたとき、父から電話がありました。


 船の会社からでした。兄の下船記録がない。所在確認のために電話をしたのだけど携帯電話が繋がらず、緊急連絡先の実家に電話したのだ、と。

 当然ですが、兄は帰ってきていません。最寄り駅にもいません。駅の改札は、私たちがずっと見ていたのですから。


 その日のうちに運航会社から通報してもらって、うちにも警察が来ました。状況から考えて、船から落ちた可能性が高いとのことです。

 或いは飛び込んだのかも、と。最近、兄の様子で変わった事はなかったか。悩みとかはなかったなど、様々なことを聞かれました。でも、私は答えられませんでした。私は、何も答えられませんでした。


 私は、兄を知らない。知らなかったのです。どんな友人がいて、どんな家に住んでいて、どんな勉強をしていて、どんなバイトをしていて、どんなことを考えているのか。私は、全く知りませんでした。


 兄が特別、秘密主義なわけではありません。私が、聞かなかったんです。毎年顔を合わせて、何度も電話で話しながらも、兄とそう言う話は、全然してこなかったのです。

 いつも、自分の事ばかり。思いついた事をそのまま話して。仕方ないとあきれられ、しようがないと注意され、それでも笑って話してくれて、そんな兄の優しさに甘えてて、兄の話を聞いていませんでした。兄の悩みを、苦労を、気持ちを、聞いていませんでした。聞いていないことに、気づきませんでした。


 そんなことを、警察の人に聞かれて、初めて知りました。自覚しました。愕然としました。そして、恥ずかしくなりました。

 私は何も知らない。悩みも苦労も痛みも、気持ちも何も知らなかったのです。


 そして、知りたいと思った時には、兄はいません。


 どこかに行ってしまいました。消えてしまいました。船から、いなくなってしまいました。生きている可能性は絶望的だと言われました。

 会いたいと思っても、もう会えない。いない。でも、信じられません。信じたくありません。どこかで生きているんじゃないかと思えてなりません。思わずには、いられません。


 あの兄に限ってそんなことはありません。なんて、言葉は言えませんでした。私は、兄のことを知らなかったので、知っていなかったので、そんなことは言えません。


 でも、それでも兄が死んだとは思えません。思いたくありません。だって、誰も兄が落ちたところを見ていないんですから。誰も兄が死んだところを見ていないんですから。誰も兄の遺体を、見てはいないのですから。


 だから、だから死んだなんて、思いたくありません。今にでも、ずぶ濡れになった兄が『ああ、ひどい目に遭った』なんて言いながら、口汚く文句を言いながら玄関から帰ってくるんじゃないか、なんて思わずにはいられないんです。

 センスの悪い懐中時計を取り出して、水没して壊れた携帯を拭きながら、『風呂、湧いてる?』なんて暢気なことを言ってくるんじゃないかと思えてならないんです。

 きっと兄のことですから、ひどい船酔いをした。もう二度と船なんか乗らないと怒りながら、ずぶ濡れの東京ばな奈を持っ



 すみません。感情的になりました。


 私はまだ、兄が死んだと受け入れられていません。せめて、兄の遺体を見るまでは、信じることが出来そうにありません。

 なので、これを読んで頂いている皆様。もしよろしければ、お手数でなければ、一瞬でもかまいません。兄がいないか周りを見て頂けないでしょうか。頭の片隅でかまいません。ふとしたときに、思い出したときでかまいません。その一時に、周りを見渡しては頂けないでしょうか。


 そして、もし、兄と思われる人がいましたら私に知らせては頂けないでしょうか。


 どうか、もう一度だけでもかまいません。兄を、私たちを会わせては頂けないでしょうか。



 どうか、どうかよろしくお願いいたします。




                     佐藤 知

                             』






 その、紙は誰にも見られることなく、翌朝の清掃の際にゴミとして回収された。






(完)

次回:21日(木)予定です。


ご意見、ご感想お待ちしております。

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