番外編3二つでひとつでひとつでひとつ ~とある世界の二人の会話~
「これが?」
「ああ、このところずっと配っている。航路に面していた地方の漁協に電話して、捜索の協力も依頼しているそうだ」
「……………はあ、藁にもすがる思い、と言うヤツでしょうか」
「そうかもな。この文章も、おそらく一気に書いたんだろ」
「そうですね。所々話し言葉になったり、途中で我に返ったりもしてますね」
「読み返してもいないだろうな。こんな文章で捜索協力だなんて、事情を知らない者からしたら、ふざけているとしか思えなんな」
「まあ、確かにまともには、取り合わないかと。…………それだけ冷静さを欠いていると言うことでしょうね」
「船を使ったのはあの子の発案だったというから、責任を感じているんだろうけどな。子供が一人で抱えるには重いだろ。で、ご両親は?」
「東京の自宅に向かったそうです。失踪なら何か手がかりがあるかも知れないと」
「失踪なら、ね。自殺なら、とは考えられないか……………」
「無理でしょう。原因が思い浮かばない以上、悪い方には考えたくないでしょうし。捜索はどうです? 漁協の反応は?」
「ああ、特徴を聞いてビラを配るくらいはしているようだ。本格的な捜索は場所が特定できていない現状、組織だった行動はない。有志の連中も集まってないな」
「…………場所が場所ですしね」
「流石に太平洋沿岸の全域となると探しようがないな。…………不幸中の幸い、なのかねぇ」
「不謹慎ですよ」
「うるせぇな。誰も聞いちゃいないだろ。不謹慎なんて言葉で思考停止してんじゃねえよ。メリットとデメリット。プラスとマイナスで振り分けろ。そこに感情を挟むな。かわいそうごっこなんてマスコミに任せとけ」
「……………で、何が幸いなんです?」
「いろいろさ。場所の特定が出来ないから、ダイバーを使うまでになっていない。捜索範囲が広すぎるから、謝礼目的の輩も利益にならないと近づかない。
海難事故で時々出る、料金かさ増し目的で発見時刻を引き延ばそうとする連中なんて見向きもしない。
普段なら我先にと寄ってくる『かわいそうな家族』を食い物にする偽善者連中すら放置する状況だ。少なくとも、残った家族の被害は小さい」
「それでも、家族の悲しみは変わりませんよ。そういう連中が『寄ってこなくてよかった』なんてことは考えない。『失った悲しみ』のほうが大きいですよ」
「だろうな。だから、不幸の中の幸いなんだよ。ー100に10足したところでマイナスはマイナスだ。だが、プラスに近づくことには違いは無い」
「うれしくないプラスですね」
「ああ。そうかもな。そういう考えもある。しかしな、こういうのは後々響く。山岳救助とかでヘリが飛ぶだろ。遭難者が救助されようがしまいが、ヘリを飛ばしゃあ後々(あとあと)莫大な請求が来る。『もう山には登りません』なんて言葉も聞くが、『登りません』じゃなくて、『登れません』なんだよ。借金まみれでそんな余裕なくなっちまう。下手すりゃ救助を望んだ家族が逃げ出す。離婚して、別居して、離散しちまう。
そういう意味じゃ、海難事故だってのも幸いだ。海なら捜索は海上保安庁の管轄だ。金のかかる民間のダイバーや漁協だって匙を投げてる今の状況だ。少なくとも山岳救助みたいに百万単位で請求されることはない」
「また、金の話ですか」
「当然。人が生きるのに利益は切っても切り離せん。世の中の事件の原因を考えろ。
金や物を得る利益、性癖を満足させる利益、自らの利益を守るために他人を害する、不慮の事故だって他人の利益を損なったと言える。一瞬の不注意が関係者全員の利益を損ねる。
全部そうさ。詐欺も空き巣も強盗も、殺人やひき逃げだってな。
全て誰かの利益が関わってる。人の行動には必ず利益がつきまとう。物理的、或いは精神的な利益が。こういう仕事をしてるんだ。利益の流れには常に気にかけろよ」
「…………そういうことばっかり言っているから、嫌われるんですよ」
「うるせぇよ」
「じゃあ、あの子の行動にも、利益があるって言うんですか」
「あるさ、当然」
「どのような利益が? 周りは無関心で本人もつらそう。作ったビラはゴミ扱いされてて、見るからに成果は出ていない。海に落ちて行方不明なのに、海に面してもいない陸地で捜査協力を願う。意味なんて微塵もなさそうですけど?」
「何も物理的な成果だけじゃねえだろ。ちゃんと読んだのか? あれ」
「ええ、悲痛な思いですね。捜索協力を求めているのか、本人の自戒なのか途中、わからなくなりますけど」
「そうだな。書き始めは単なる捜索の協力依頼のつもりだったんだろうけど、だんだん思いがわき上がってきたんだろうな。ありゃあ、あの子の懺悔、後悔の現れよ。たぶん本人も気づいちゃあいないが」
「先ほども言いましたが、冷静な判断は出来ていないでしょうね」
「自分の思いを吐露したかったんだろう。一人で抱えられなかった。だから、ビラと言う形で吐き出したんだろう。書くだけじゃ満足できず、他人に見せた。そうして、自分の思いを吐き出して、罪の意識を感じて、自らの罪を認めて……………自己満足さ。
もちろん、無意識でな。本来なら親や、近しい者が受けるべき、解消してやってしかるべきことだがな」
「親も、受け止めるだけの余裕はなかったのでしょうね」
「親としては、何が出てくるかわからない場所に連れて行くより祖父母と一緒にゆっくりさせておきたかったんだろうがな。下手すりゃ遺書でも出てきかねんしな。親としてはちゃんと気を遣ったのさ。
ただ、今回はそれが裏目に出たな。自分一人でドンドン追い込んで、行動せずにはいられなくなったんだろう」
「……………」
「自己満足さ。なまじ自分が船を進めたなんて。引け目があるから。自分のせいで起こった事件という意識が強い。なのに、何もせずに待っている自分。家で待つしか出来ない自分。
そんな状況に耐えられなかったんだろ。ああやって意味があるか、成果があるかもわからんな行動でも『行動を起こしている』ことで自分の感情を平静に保とうとしているんだろ」
「普通に失踪した兄が心配だから、とはならないんですか?」
「なるさ。なるが、それだけじゃない。心配なら、他の行動を取る。従姉妹いただろ、ほら、失踪者と同い年の。あれの方が冷静に行動しているな。各地の漁協に連絡を取ったのも従姉妹らしいし、同乗した客に状況聞いたりもしているみたいだぜ」
「乗客リストを提供したんですか?」
「いや、会社の担当者も口を滑らせたわけじゃないようだが、どこで調べてきたやら」
「我々でも、ないですよね」
「当然。一度、乗客の家でかち合ってな。そこで初めて発覚して、その場で注意したが、遅かったようだな。もう当たれるところは当たった後だったようだ。
今は祖父母に付き添っている。叔父一家総出で酪農の手伝いをしてるってよ。血も繋がっていない従姉妹の祖父母、言わば他人だってのによくやるよな。
だからさ。妹の行動は家族として当然だろうが、冷静に考えての行動じゃない。自分の感情を優先している。意識か無意識かは知らんが、それは人生経験の浅さ故、かもな」
「……………………」
「…………おいおい、睨むなよ。俺は何も悪い事やってるなんて一言だって言ってないぜ。
あの子はああやって、自分の責任に対して、自ら考えて行動をしている。責任を果たそうとしている。自責の念を解消しようとしている。自分の思いを吐露しようとしている。
そうすることで、楽になろうとしている。無意識に自分を守ろうとしている。それは何も悪いことじゃない。自然なことだ。生物の本能として、まったく正しいことだ。そうじゃなきゃ、壊れちまうからな」
「何がなにやら、わからなくなってきました…………」
「そうかもな。だが、人が何か行動しようって時は、必ず理由がある。損得がある。無意識でもな。
俺がこういう発言をするのだって、持論を世に出すと言う満足感と、それに共感して欲しいと言う期待があって、共有できる人間が欲しいと言う願いがある。
話すことで、頭の中を整理していると言う面も、な。
もちろん、全部が全部意図してやってるわけじゃない。何でこんなことを話すのか、自分の、相手の行動の一つ一つを分析すると、行動に何の意味があるのかを考えると、そういう理由だと結びつくってだけだ」
「…………………」
「今、お前は何も言わなかったが、それだって分析すれば何らかの思いが根底にある。例えば『下手な波風を立てるより放置した方が楽だ』という保身とか、『言葉を挟まないで続きを聞こう』という気遣いかもしれない。
保身の場合は自分としては受け入れてはいないけれども、対立した時のリスクの方が大きいから放置。つまり、自分の立場を優先したとも取れる。
気遣いの場合は、単純に俺の話を聞くことにメリットを感じた場合と、これも俺を気持ちよく話させることで対立を逃れる場合がある。
他にも色々考えられるが、今のお前の場合『言っていることを考えているうちに話が進んでしまったが、いまさら聞くに聞けないなぁ』と聞くことで発生する問題と、放置する事で発生する問題を天秤にかけていた、そんな所だろう」
「…………………」
「その沈黙は図星か? ああ、答えなくてもいい。そうかもしれないっていう、勘だ」
「…………………勘だったんですか」
「そりゃそうだ。経験と統計、相手の理解に勘。その他様々があってもわからんことはわからん。最後は勘に頼るしかない。
だから、人間の利益を考えろって事だ。考えていることは読めなくてもどう利益につながるかなら、読みやすいからな」
「そういうもんですかね?」
「そういうもんだ。もう一つ、『人は自分から不利益になることはしない。するときは、どこかしらに利益があるときだけだ』覚えとけ」
「…………ご高説、ありがとうございます」
「……さて。良い具合に時間も潰れたことだし、そろそろお仕事と参るかね」
「はあ、あんなに必死に配っているところに水を差すのは、気が引けるんですけどね」
「仕方ないだろ、通報されてんだから。それにそろそろ祖父母が心配する時間帯だろ、事情の知らない警官に補導されるよりはマシだろ」
「それはそうですけどね。はあ、気が進まないな……………」
「気が進む仕事なんて、この世にゃねえよ」
「…………ところで従姉の方は妹の手助けはしていないんですか?」
「さあなぁ。わからん。普通なら親と被害者の次に近しい関係らしいから寄り添うもんだがと思うがな」
(完)
遅くなりました。次回は18日(月)に更新します。