番外1すぐ第二部に行くと思った?それは罠だ!! ~静かならざるドンの達人達~
今回は第一章完と言うことで、本編では語り尽くせなかった内容を短編と言う形で発表することにしなした。断じて、時間稼ぎではありませんよ。ありませんとも。
本編を読んで頂いた方はご理解頂けると思いますが、まあ、脱線します。本編ですら脱線するのに番外編ではそれ以上に全然関係ない話をしたりします。
世界観や時間軸も滅茶苦茶になったりしますので、『まあ、こんな話もありだよね』と笑って許して頂けると幸いです。
この世には、どうにかなる悩みと、どうにもならない悩みの二通りがある。
どうにかなるならどうにかすれば良いし、どうにもならないのなら諦めて考えなければいい。そうすれば、悩みはすぐ解決する。人生に悩みはなくなる。
だがしかし、往々にして人は悩み続ける。原因だけを考えて、方法を考えようとしない。方法を考えて、踏ん切りがつかず悶々と考える。
どんな事でも行動すれば結果が出るのに、結果を出すことを恐れて、行動せずに悩み続ける。
どうにか出来る悩みをどうもせず、どうにもならない悩みをどうにかしようとする。解決しようと考えているのか、考えるために考えているのか。
時間の無駄。全くの時間の無駄だ。
それでも人は考える。はたしてそれは問題解決のためか。自己満足のためか。そんなことにすら、悩み続ける。
佐藤聡には悩みがあった。他人にとっては小さな悩み。されど本人にとっては、遠くでミサイルが飛ぶよりもよっぽど大きな悩み事。
彼は今日も悩んでいた。
大学まで徒歩十五分。最寄り駅へは二十分。スーパーは大学とも、駅とも遠ざかる方向へ二十分。ちょうどうちのアパートを中心にして、一つの円を描いている。
往復するには都合が良いが、寄り道するには面倒臭い。そんな微妙な立地に位置しているのが『メゾンハイム・シャンゼリゼ大谷荘』である。
『メゾンハイム・ベーカーストリート大谷荘』俺の住むアパートの名前だ。
住所を伝えると必ず二度聞きされる。俺もそうだった。正直、ヒドい名前だとおもう。
名前の由来は単純。建築当時の流行だ。『喫茶ボストン』とか『銭湯ニューヨーク』とか『フィリピンパブ』とか、最後のやつは違うか。
まあ、外国の都市の名前をつけることで、先進的なイメージをあやかろうとしたのだろう。メゾンとか、コーポとか横文字を使うことも同様、新しさをアピールしょうとして…………失敗した。
そもそも、メゾンはフランス語。ハイムはドイツ。ベーカーストリートは言わずもがな。節操がなさ過ぎる。
そこまでしたくせに『荘』を外すことが出来ない思い切りの悪さがなおのこと、ダサい。
当時ではシャレオツだったのかも知れない(ないとは思うが)その建物も、現代では命名者の底の浅さとネーミングセンスのなさが、まざまざと衆目に晒された、黒歴史となっていた。
一言、ダサい。
築年数の古さと相まってそのダサさが、常識ある居住希望者を敬遠させ、特殊な事情のあるモノを寄せ付ける要因となった。
現大家も、そんな現状を鑑み、幾度となく改築・賃上げをして新規居住者を得ようとしたようだが、そのたびに居住者からの妨害工作に遭った。
繰り広げられる権謀術数、計略謀略の数々。そのうち、大家は考えるのをやめた。
祖母がつけたその名のせいで、アパート経営左うちわを目論んだ大家の夢は儚く破れ、日夜、赤字帳簿との戦いの日々に涙していると言う。
ここは、自由を勝ち取った居住者達の楽園。
そして俺は、そんな猛獣の檻の中に投げ込まれた一匹の子ヤギ。
後悔は先に立たない。
ドンドンドンドドン。ドンドンドンドドン。
ドドンドンドドン。ドドンドンドドン。
音が鳴る。
ドンドンドンドドン。ドンドンドンドドン。
ドドンドンドドン。ドドンドンドドン。
鳴り続ける。
ドンドンドンドドン。ドンドンドンドドン。
ドドンドンドドン。ドドンドンドドン。
音を字で書くなって? ごもっとも。お寒い描写、ご容赦を。俺の心はもっと冷えてる。肝が、冷え切ってる。
なんの音かって? 相手に自らの姿を見せることなく、敵意や悪意を表現できる魔法の音だよ。
壁ドン。
床ドン。
天井ドン。
当然、元の意味の方だ。少女漫画で使われる甘酸っぱいやつじゃない方。胃液で酸っぱくなる方。
ソレがずっと鳴っている。
鳴り響いている。鳴って鳴って、鳴り止まない。
ドンドン叩く。ドンドン鳴る。時々ドドンと鳴って、カッと鳴る。
うちのアパートの住人は気が短い。ちょっとでも気に入らないと、平気でドンドンやってくる。
まず、右の住人が切れてドンとやる。右のドンに反応して上も床ドン。それに左が反応してもういっちょドン。下のやつはノリでドドン。
ドンドンドンドドン。ドンドンドンドドン。ドドンドンドドン。ドドンドンドドン。
俺は裸で片膝立ち…………するわけない。部屋の真ん中で布団かぶって体育座り真っ最中だ。
こうなるともう、俺が何もしていなくてもお構いなし。
ドンの報復にドンしてくる。それに返して再びドン。ドンと叩いてドンと鳴る。ドンと叩いてドン返し。どんどん叩いてドンドン鳴る。ドンの応酬、ドンと鳴る。もう手に負えない。ドンドン戦争勃発だ。
日頃のストレスなんかも乗せてドンドンやる。
これでみんなの気が晴れて『明日の朝はドンと晴れ』なんてなれば、お後がよろしいのだろうが、そうは鳴らない。いや、ならない。
夜を徹してのドンドン合戦に発展するので朝には死屍累々、くたびれ疲れて遅刻者続出だ。
俺を囲んでドンドンやるもんだから、まるで俺が主犯のように思われている。俺が大家に怒られる。何時間でも怒られる。涙浮かべて怒られる。
みんないらいら、俺もぐったり。ドンドンに一文の得も無し。なら、やらなければ良いと思うだろうが、俺もそう思う。
だが、物事そんな単純にはいかない。世界平和が未だ成らないのと同じ理由だ。残念ながら、そういうことだ。対話が大事と言うことはもわかっているけれども、想像して欲しい。
右の住人、職業プロレスラー。自称ゲイレスラー。筋肉隆々の男色ヒール。常に相手の唇を狙う。
人呼んでミルドラース千住。千住と呼ぶとぶちゅ切れる。その視線は常に俺の唇を見つめている。
左の人、悪魔系バンドのドラマー、デストロイ獅童。通称ゴッド。ドンがとってもリズミカル。時々カッを入れる。ノッてくるとメンバーのベースを破壊する。
『デストロイ獅童の今夜も一喝っ!!』と言うラジオ番組を持っている。
上の人。同じく悪魔系バンドの熱狂的信者のまとめ役。悪魔狂会邪神官(いわゆる会長)ハーゴン山田。一押しはイケメンボーカル否鎖狼様。
ゴッドの破壊ベース費のためにバイトに勤しんでいる。
下の人。女流プロ棋士。『神に一番近い人』竜王渡部。棋界をしょって立つ女。確信犯的ドンをする、大家さんと仲が良い。大家さんに怒られるのは大体コイツのせい。
な。無理だろ。ラスボス級が三人いるんだぞ。ハーゴンは中ボスだけど、組織力がある。世界平和なんて夢のまた夢だろ。
竜王渡部なら勝てるとか思ってるかも知れないけど、この人が一番厄介だからな。
俺の置かれている状況を全部把握した上で、面白可笑しく操作してる人だぞ。火に油を注ぐようなことばっかりする。いや、そんなの生ぬるい。ガソリンスタンドにロケット花火を打ち込むような事を平気でする。大家さんに言いつける。
全て計算ずくで、ドン戦争を操ってる影の支配者なんだ。それに直接的な武力もかなりある。実家が槍だか薙刀をやってるとかで、天井へのドンも石突きで突いてくるんだ。『隙あり!!』とか言って。戦国武将かよ。
だから今日も、何もしない。
何もしないし何も出来ない。黙って静かにやり過ごす。疲れておさまるまで、鳴り止むまでやり過ごす。
言うのも怖いし、会うのも怖い。だから、静かにやり過ごそう。
どうせ今日は日曜だ。明日のことを考えれば、きっとそろそろ落ち着くだろう。週の始まり、仕事始めに疲れを残してまでドンしたいとは流石に誰も思わない。比較的すぐにおさまるはず。
竜王渡部がまず飽きる。デストロイ獅童はやらせハガキを書くし、ハーゴン山田も新聞配達に出かける。ミルドラースは……………まあ、しつこいが、かまってくれるやつがいなくなれば、寂しくなって自ずと静かになる。あれで、繊細なやつなのだ。
後は静かに過ごしていれば良い。音を立てずに静かに生きる。そうすりゃ今日も無事に生きられる。
年末年始が待ち遠しい。休み期間はみんな帰郷するから、どんなに騒いでもドンされない。一年に二回しかない安息日。早く来い、お正月。
ああ、やっと静かになった。今日はけっこう早かったな。ん?ケータイが………………知から?
「ああ、もしもし?!しーちゃん?!!!」
妹よ。声がデカい……………………。
それは、溺れる前の物語。
(完)
『静かならざるドンの達人達』………回想シーンを書いているときに浮かんだシーンです。しかし本編に入れるには長すぎ、脱線が激しすぎるので省略となりました。まあ、オチも弱いですしね。ボスキャラ達が今後登場するかどうかは全然未定です。絡めづらいですしね。