4の5の言わずにやってみろ。結果は後からついてくる。 ~まるで実家のような安定感のエル~
頭上にエルが立っていた。
今までどこにいたのだろうか。さっきまで姿は見えなかったのに。
いや、あのドタバタの中で広いフロア全てを確認する暇なんてなかったから、どこかに隠れていたのかも知れないが………………。
それにしてもここ数日は、何度も似たような事を経験するな。海に溺れることも、生を実感することも、倒れていて頭の上から見下ろされることも………………。
そして………………黒。赤字で『Shall I kill you ?』って書いてる。……………Noだ。断じてNoだ!
「おやまあ、全身ズタボロだねぇ。大丈夫?」
にやにやと浮かべた笑みを隠すことなく、のぞき込んでくるエル。
「………ご覧の通りの有様だ。疲労困憊、満身創痍、弊衣蓬髪、死屍累々」
「しかしどっこい生きている」
「……………まったくだ、な。生きている。今日寝て、明日も目を覚ます。嗚呼、生きているとは素晴らしい」
「君が言うとまったくお寒いものに聞こえるね。見た目もお寒いけど」
「そういうなよ。実体験による本心だ。これでも」
見かけが寒いのは、単純にパンツ一丁だからだろう。確かに寒い。見た目的にも、状況的にも。
「いったいどんな経験をしたのやら」
「なんだ?知らないのか」
「知るもんかい。僕は基本的に周りの事なんて気にしないからね。さっきまで研究室に引きこもってたよ。そして今は君の格好にドン引きだよ」
「……格好については何も言うな。…………………それにしては随分とタイミング良くでてきたじゃないか」
「あんなに派手にドッタンバッタンやられちゃ流石の僕だって『うるさい!』って文句の一つだって言いに来るってもんだよ」
「以外に繊細なんだな」
「塔が揺れると薬が泡立つでしょ。大爆発を起こしても知らないよ」
「ニトロかよ。知らないって言われてもお前の塔だろ」
「万一爆発したって僕は逃げられるから問題ないし」
「逃げられればいいってもんじゃないだろ。いや、いいのか?」
「いいでしょ、命があればあとはどうでも、どうとでもなれる。どうにもならなきゃ死ぬだけだし」
「その言いぐさは気にくわないが、否定もしにくいな」
俺の状況自体が、そんなもんだしな。
「まあ、そんなわけで塔の中が騒がしかったから、これは一発『こらっ』って叱らないとと思ってね。で、勢い込んで見に来たら、君が変な動物と仲良く鬼ごっこしてたってわけ」
「どう見たらアレが仲良く見えるんだよ。こちとら必死だったんだぞ」
「必死………捕まったら死あるのみ、まさにリアル鬼ごっこだね」
「誰がそんなうまいこと言えと言った……………」
そういえば………俺の名前も佐藤だ。何という偶然、何というミラクル。
「いや~。笑った笑った。楽しませていただいました」
「そういうことも言うな。今まさに死の間際に立ってた人間に向かって」
「そうは言うけどね。人が必死に何かやってる姿を見るのって、好きなんだよ。よし、僕も頑張ろうって思える」
「そこだけ聞けばいい話っぽいけど、ぜんぜんそんなことないからな。『必死にやってる』が比喩じゃなくて本当に命がけなんだからな。そんなもんを見世物にしてんじゃねえよ」
「ドラマとか映画とか、作られた物よりドキュメンタリーとかノンフィクションの方が面白く感じる年齢ってあるよね。NHKが面白いなぁって感じてきて、ああ、とうとう僕もそっち側に来たかぁって。酸いも甘いも経験して、初めて理解できる人の機微ってやつ? 格段にリアリティあって感情移入しちゃうって言うか………………。そう言うのを微塵の被害も実害もなく感じられるとか、最高の娯楽だよねっ」
「当事者を目の前にしてそういうこと言える時点で、人の機微なんて全く理解してないけどな! 感情移入なんて言葉使って自己満足してんな。人様の苦労を最高の娯楽っていうんじゃねえよ」
「娯楽は楽に娯しむものだからね。無理に楽しむのは娯楽じゃない。無楽だ。無理をしているのならどんな行為も、苦痛に労する、苦労だと言いたいわけだね」
「よくそんな一見意味ありそうで、よく考えるとまったく意味も内容も無い言葉ばかり言えるな。俺はそう言う話を聞いてて苦を労しているよ………」
「そんな風に、『はぁ、やれやれ』なんて一昔前のラノベ主人公を気取っちゃいる君だけど、実はこりもせずにちゃっかりと人のパンツをのぞいているんだろ」
「み、みみ見てねえし。い、いや。見てない。断じて凝視なんてしてない。というか隠せよ。恥ずかしがれよ! 堂々としてんなよ!!」
「安心していいよ。アンスコですから」
「だからって腕くんで仁王立ちするもんじゃないだろ。痴女かよ。お前っ!」
「見せてんだよ」
「漢らしい?!」
自信満々に言われるとこっちが間違ってるように聞こえる。低音ボイスで言ってくるのも、説得力を増幅している。あと、『うぬ』とか言いそう。
「うぬよ」
「ホントに言ったっ?!」
「ごめんごめん。間違えた」
「間違えた?!人の呼び方、うぬって間違えるやつ初めて会ったよ」
「いいじゃない。長い人生、そんなこともあるよ。それに、大丈夫。下にブルマも履いている、鉄壁の守りだよ」
「昭和世代の中高生?!」
「一昔前のテニス部じゃあ、見せパン、ブルマ、アンダースコートの三段装備は常識だったらしいよ。冬場にはさらにジャージが追加されて…………蒸れるだろうね。ムレムレだよ」
「やめろ。仮にも女の子がそんな卑猥な言葉を使うんじゃない」
「事実、蒸れているだけなんだけどね。蒸れてると言う言葉に卑猥さを感じるのは男の業だよ。女に幻想を抱くのもね。女子校なんてすごいもんだってよ。大股開き、ブラ全開で『あっちぃな~くそっ!』なんてコーラをかっ食らい…………乙女なんて言うけど中身はおっさんだよ。ブルマだ、スパッツだなんて物の数じゃないよ」
「夢を砕くな。今の一言で世の男の二割は出家したぞ。……………俺はそういう、女子特有の『パンツじゃないから恥ずかしくないもん!』思考が理解できない。水着もブルマもアンスコも守備範囲は変わらないだろ」
「守備範囲って…………気持ち悪いなぁ、その言い方。気持ちの問題じゃないの? スポーツ用だからセーフ。『健全で神聖なスポーツウェアで興奮するやつは特殊性癖の変質者』ってことじゃない? あ、ちなみに僕はスポーツで使用するスペースとか道具とか、教師の待機スペースでしかない職員室を『神聖な○○』とか言っちゃうやつは嫌い。生理的に無理。教師とか、どの面下げて聖なるアピールしちゃってんの、性なるの間違いじゃない?」
「各業界に喧嘩を売っていくスタイルはやめろ。それは俺の妹のキャラだ。早々にキャラがぶれてんじゃねえよ」
「そうは言っても久々だからね。たいして固まってないうちに退場しちゃったら、こうもなるよ。……………昨日会ったはずなのに久々ってのも変だけど」
「それぐらいにしておけよ。物には加減ってものがある。何時消されるかわからんぞ?……………はあ、お前はあれだろ。権威が嫌いなだけだろ」
「権威が嫌いなんじゃない。権威の根拠を『神聖』とか根拠の乏しいもんに求めて、自らだまして、信じ切って、自己陶酔してるのが気持ち悪いんだよ」
やけに語勢が荒い。くだらない会話の応酬のつもりが、どこか逆鱗に触れた部分があったのかもしれない。話を変えよう。下手にパンドラを開く事もない。
「たんに道具や場所を大切にしようってことだろ。百歩譲ってアンスコ・ブルマは『制服だからOK理論』で保留しよう、納得はしてないから先送りで。だが、レースクイーンとかラウンドガールはむしろそう言うのを狙ってるだろ」
「仕事なら………何でも出来るんだよ」
「やめろよ。顔を背けるな。影を出すな。社会の闇みたいな雰囲気出すんじゃない」
「まあ、実際の所、そんなごまかしがいつまでも通用しなくなったからこその淘汰じゃないの? ブルマ世代じゃない子たちにとって、あれは単なるエロコスプレグッズにしか見えないらしいよ」
「使ってた世代にとっては悲しい実情だな………ハミパンとかそんな言葉もないのかもな」
「君は好きそうだもんね、ハミパン。体育の授業中、ずっと探してそうな顔してるよ、流石紳士。………まあ、しょせんは時代の流れってやつでしょ。当時はオッケー、今はダメ。そんだけ」
「紳士と言うな………」
「だいたい、指定の制服じゃない場合、自分で選んでるじゃない。水着にしろ私服にしろ。ホットパンツとか江戸時代の人が見たら、切り捨てられるよ。『破廉恥で御座るっ』『ズバッ』って。…………口ではなんだかんだと言いながらも、内心では『私を見て(ただしイケメンに限る)』でしょ」
「また穿ったことを………」
「そうじゃないならボーダーの囚人服水着でもいいじゃない。泳ぐだけだし、日焼け止めも塗らなくて済むじゃん。チェリーが着てたようなやつ」
「チェリーを出すな。誰もわからないだろう」
「ああ、チェリーってのは錯乱坊のあだ名で―――」
「説明しろとも言ってない」
「まあいいさ。で、これだけ長い間話してて、なんで君は未だに人の足の間から覗くのをやめてないの? 真の変態なの? 真士なの?」
「新しい言葉を作るな。………疲れて動けないんだよ。文句あるならお前がどけよ」
「で、人がハミパンしてないか探しながら体力回復につとめていた、と」
「そっちに話をもってくな。……………わかった。起きるから、ちょっとどけよ」
まだ、体の節々が辛いが、背中の傷が少し痛むが、ゆっくりと起きてあぐらをかく。
ソレが出来る程度には、回復していた。
「はいはい、………………さて、と、じゃあね」
「ん?どっか行くのか」
「帰るんだよ。研究の途中だったし、ほっといたら爆発しちゃうよ?」
「いや、それは大問題だけど、俺は?」
「さあ」
「さあって………俺はどうすればいいんだよ。帰るに帰れないし」
「笑えば良いと思うよ」
「笑えるか!」
「はあ、やれやれ、そもそものところ。なんで君はここにいんの? 帰ったんじゃなかったの?」
「帰ったよ。一度は。でも、気がついたらまたここにいたんだ。え? お前が呼んだんじゃないのか?」
「いや、知らない。呼んでない。君を元いたところに帰して、はいおしまい。やれやれ、時間を無駄にしたな。ひどいことも言われたし。傷ついたなぁ。ちょっと爆発物でも作って気分を入れ替えるかな、と思って研究室でのんびり爆弾作り」
少ない受け答えにも俺を責める言葉を織り交ぜてくる。罪悪感を植え付けてくるが、あえてスルー。
「爆弾作って気分転換ってわけがわからないけど。じゃあ、なんで俺はここにいるんだ?」
「さあ」
「さあって………」
「いや、そんな目で見られても、さあ、以外に言うことはないよ。言ったでしょ。知らないって。ふむ、二、三質問して良い?」
「………いいよ、何が聞きたい?」
「どうやってここに来たの?」
「さっきも言ったが、わからない」
「トンネルは通った?」
「いや、記憶にない」
「着いた場所は?」
「お前に会った所だと思う。切り離した部分の一番奥の部屋」
「ああ、あそこか。なら、確かに出会った場所だ。参っちゃうね」
「何が?」
「だって君、切り離しちゃったじゃない。あの部屋。景気よくバンバンバンバン、一つ残さず。今頃、全部地上で木っ端微塵じゃん」
「………」
「ああ、勘違いしないで欲しいんだけど、別に攻めちゃいないよ。あの部屋には何も執着するものも、思い入れもないしね。ただ、物が残ってなけりゃ調べようがないねぇ……………」
つぶやいたきり、黙ってしまう。黙って、考えているのかさっきから目をつぶっている。まるで眠っているかのようだ。…………………寝てないよな?
「なあ、こっちからも聞いて良いか?」
「んっ。あ、ああ、何? 何かな?」
その反応………まさか、本当に寝てたのか?
「俺が帰るって言ったとき止めたよな。あれは、知ってたのか。俺が海で溺れるって、知ってたから止めたのか」
「え? 溺れたの? あはははっ」
「笑った? なんで笑った?! おい、今なんで笑った?!!」」
「ああ、ごめんごめん。でも、まあ。溺れるってのは知らなかったよ」
「スルー?!」
「いやいや、ただ、君はとことんテンプレを外すなぁと思って。『そこはトラックだろっ!』って。…………………まあ、戻ったら、助からないだろうなぁとは思ってたよ」
「…………それであんなに止めてくれてたのか………悪かった……………ありがとう」
「あっ、それはない。単に楽に使える人手が欲しかっただけだから」
「………」
台無しだ。俺の感謝を返して欲しい………あと、謝罪も。
「………………………」
「………………………」
黙ってしまった。エルは再び目を閉じて、起きているやら寝ているやら。
どうやら、エルが俺を呼んだわけじゃないらしい。そしてどうしてここにいるかは、エルにもわからないと。
結局、何もわからずじまいって事だな。そして、エルは、爆薬作成の続きをしたいのだろう。帰りたがっている。そわそわしているのが、伝わってくる。
帰りたがっていて、にもかかわらず俺が呼び止めたから、待っていてくれている。
本来、エルにそうする理由はもうないのに、だ。
なぜなら、もうエルには責任がない。一度目の召喚はエルの責任だったが、その時の責任はもう果たされた。俺の意志に従い、送還することで果たされた。結果は散々だったが。そこで、俺とエルの関係はもう完結しているのだ。
さしのべられた手を、自ら払って。記憶がなかったからとはいえ、自ら死地に帰って、完結した。
それがどういったわけか、再びここに来たからといって、もう俺をどうこうする責任は、エルにはないだろう。
ここから先は全部、俺の都合だ。戻るにしろ、戻れずここで生きるにしろ、死ぬにしろ、エルには関係ない。関与する義務も責任も、言われもない。
だからこそ、ここからは俺が決めなければ、俺から動かなければ。彼女が彼女の都合で俺を喚んだように、俺も俺の都合で動く。その結果、発生する全てのことは、自己責任で。
一度振り払った手を、今度は自ら伸ばして掴む。贖罪とか、反省とか、後悔の結果とかそんなもんじゃなく、自分の都合で、自分が生きるために、行動する。全ては自分のために。
なんて、随分と都合の良い人間だなと思って、でも、そうであることをやめようとも思わない。結局、人間なんて、そういうもんかもな。
「なあ、エル」
「うん?」
声をかけながら、俺はその場に立ち上がる。大切な話だから、きちんと立って話したかった。
「さっき断った仕事の件、詳しく聞かせて貰ってもいいか?」
「…………………」
エルは一言も発しない。目をつぶり、こちらを見ようともしない。やっぱり流石に、都合がよすぎたかな。
「…………ダメか?」
しばらく、或いは一瞬。その間が、暗に『拒否』の意思表示のように感じて、つぶやく。
そんな言葉に、エルはゆっくりと閉じていた目を開いて、顔をそらして、つぶやいた。
「…………いいけど。その前に、いい加減、前隠したら?」
言われてすぐさま目線を下に。いつの間にやら、最後の砦は破られていて………………。
俺は今、全裸だった。
勇者は、ひどく赤面した。
(第一部 完)