時々見かける44しっ、と笑う笑い方。リアルでやる奴、イラッと来るNE☆ ~MiracleでIhmeでנסでMucizeで奇迹でWunderな奇跡~
(ああ、これでおしまいか。死ぬのか)
生き残れたと思った。やっと終わったと思った。生き残れたことを感謝して、生き残れなかった宿敵を哀れんで、最後の最後で、油断した。
その油断が、いけなかった。あのまま、立ち止まらず全部の部屋をパージしておけば、追い込まれる事はなかったのに、覆される事はなかったのに………………。
後悔はつきない。もう、どうしようもないけれど。
激しい息づかいが聞こえる。
これは、やつのか、それとも俺か。
他の音は聞こえない。息づかいと、一歩ずつゆっくりと近づいてくる足音。さらに激しくなる呼吸。心臓の音。静謐。全ては、呑まれていく。
――――――――。――――――――。
獅子蜥蜴が目を見開いた。驚くように、真円の目をさらに丸くして………………顔を歪めて、さらに加速する。
(…………なんだ?…………何かあったのか?)
そんな獅子蜥蜴の変化を、その苦渋の表情を見て、我に返った。
呑まれてグルグルと回っていた意識がそれて、自責の念から後悔から、解き放たれた。
周りの音が、急に聞こえはじめた。そして、気がついた。
非常警報が、鳴っている?
俺の押した獅子蜥蜴のいる部屋じゃない。
今、俺がいる部屋と、俺が向かっていた中央へ続く部屋の全てで、パージ警告の警報が鳴っている。
パージ装置が作動している。
当然、俺は押していない。
なら、誰が―――――――??
「はっしれ~~~~」
声が聞こえた。幻聴じゃない。これは、幻聴じゃない! まったくで逼迫感の感じさせない、暢気な聞き覚えのある声。
瞬間、体が跳ねた。先ほどまで固まっていたのが嘘のように、駆けた。駆け抜けた。目の前で、二つの隔壁が降りてきているのが見える。
パージだけでなく、隔壁も作動している。急がなければ、パージにはまだ時間があるけど、隔壁はすぐに降りる。再び上げる時間は、ない。
遅れて獅子蜥蜴も追ってきている。背後に、すぐ後ろまで来ている。耳元で息づかいが聞こえる。圧迫感を感じる。
だが、見ない。
振り返らない。
駆ける。
駆ける。
ただただ、駆ける
もう半分程まで閉じかけている隔壁を滑り抜け、滑った勢いを殺すことなく、そのまま立ち上がってさらに駆ける。
背後は気にしない。既に最後の隔壁も降り始めている。少しでも遅れれば獅子蜥蜴共々閉じ込められる。空に、放り出される。
駆ける。駆ける。駆ける。
もう人一人くぐれる程度しか隙間は残されていない。たまらず頭から隙間に滑り込む。腹が床にこすられるが、気にせずに飛び込む。
頭から飛び込めば挟まれたとしても、頭は通る。幅の狭い隔壁だ。腰までならまで押し込める。両足ちぎれようとも、死ぬよりはましだ。
それに、例え死んだとしても一言、一言言わなきゃならない。
頭は、抜けた。胸、腰も抜けた。あとは足だけ―――。
「ぐあっ」
右すねに圧迫感を感じた。先に進めない。挟まれた――――――。
(はは、そうそう全てがうまくいかないか。だけど、すねの切断だけですむ。なんとか、命は助かるだろう。まあ、仕方ない、か)
そう、納得しようとしかけた瞬間―――――。
ひときわ大きな咆吼が響いた。
隔壁の隙間から、前足が生えた。
否。もはや、体を滑らせる隙間もないほど閉じられた隔壁をこじ開けようと、獅子蜥蜴が体をねじ込ませてきた。
前足を入れてて、閉ざされないように上に引き上げ、さらに体をねじ込もうとしている。
そして―――――。
隙間が出来た。
獅子蜥蜴がねじ込ませた前足が、僅かに隔壁を押し上げた。
右足にかかっていた圧力が、緩んだ。
右足を引き抜く。右へ左へ、足を回転させて引いて、抜けた。
急いでその場から離れる。頭を低く匍匐前進するように進む。
いや、そんな美しいものじゃない。命からがら地面を這いつくばってただけだ。
前足を隔壁を抜けた俺を引き戻そうと、獅子蜥蜴の前足が俺を追う。
視界が壁で遮られ、自然と大振りとなる前足が頭をかする。
さらに追い打ちをかけようと、爪を伸ばしてくる。背中に熱く、冷たい感覚が走る。だが、ひるまず、這って進む。
そうしてなんとか、前足の届かない範囲まで逃れた。
だが、まだ、安心できない。安心しちゃいけない。まだ獅子蜥蜴は諦めていない。どうにか俺を巻き添えにしようと、今も爪が床を刻んでいる。隔壁を持ち上げようと、隙間に入ろうともがいている。
(何か、何かないかっ?!)
前足から距離を取り、周囲を見渡す。
フロアの中央の台座が、目に映った。がれきに埋もれてながら、なおもその場に立っている、一緒に漫才をした台座のダイちゃん。
(ダイちゃん。ごめんね)
心の中で一言謝り、一心不乱に台座を押す。
獲物を探し、今なお床を爪痕だらけにしている前足に向かって、全体重をかけて押す。
そうして、獅子蜥蜴の前足めがけて押し倒した。
「ギギャヤヤアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
ドア一枚挟んでなお、大音声の悲鳴が響く。体育館のような大きな部屋に、獅子蜥蜴の悲鳴が反響した。
そして。
地鳴り。震動と岩同士をこすりつけているかのような鳴動が鳴り響き、スッと音が鳴り――――――――――止んだ。
最後の部屋が、落ちた。
かん高く響く悲鳴が徐々に遠く聞こえて……………消えた。
台座の下に残された獅子蜥蜴の前足はしばらくの間、脈動を続けていたが、次第に動かなくなった。
砕けた甲羅の破片を手にして、刺す。何度か刺して動かないかどうか、確認する。動かない。
前足だけで動き出さないか、腕から体が生えてこないか本気で心配してしばらく遠巻きに見つめていたが、どうやら流石にそんなことはないらしい。
終わった……………………。
途端に、足の力が抜けて、その場に座り込んだ。それでも体を支えられず、仰向けに倒れ込む。
大の字になって宙を仰ぐ。天井を仰ぐ。
壁一面に突き出ていた角材の階段は、そのほとんどが半ばで折れて、役目をなしていない。
もう、登ることは難しそうだ。
(……………これから、食料はどうすれば良いんだ?)
腹の虫が鳴る。それが、生きている事の証のようにも思えて、苦笑した。うまく苦笑出来ていたかはわからないが、とりあえず口角だけはゆがんだ。
そうして、腹が鳴って気がついた。今日は何も食べてない。
「腹、減ったなぁ」
手に入らないとわかると途端に、砲戦果が恋しくなった。爆発して周囲に果汁を、異臭をまき散らす厄介な爆発物が恋しくなった。
紫色の酸味のきいた果物が恋しくなった。
ああ、そうだ、もう一つ忘れていた。
「助かった。ありがとう………エル」
いつの間にか、頭上にエルが立っていた。
(続)