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とうをつくるおしごと  作者: こうせきラジオ
43/55

43たいと思った本が積まれてく。二度と開かぬ我が家に本の富士  ~人はすぐには変われない。人はいつでも繰り返す~









 いや、『西日』なんて暢気なことは言っていられない。そんな暇はない。そんな暇じゃない。

 パージボタンは押したけど、未だに隔壁は落ちていない。否、隔壁とパージのボタンは別だ。隔壁を下ろすにはもう一度、部屋に入らねばならない。



「無理!!!!!!!」



 とっさにそう結論つけて走り去る。

 


 後ろから、獅子蜥蜴の声が聞こえる。



 急いで次の部屋に、駆け込む。一つ、二つ、三つと部屋を越して、後ろを振り向く。もう、落ちるまで時間がない。


 獅子蜥蜴は―――まだ、視力が戻らないのか、見当違いの方向を向いている。


(落ちろ。落ちろ。落ちろ)


 心の底から、願う。祈る。




 そして、とうとう―――――滑った。



 部屋が、風景が滑り、



(落ちた。やっと落ちてくれた―――――)




 そう思った瞬間、飛び出してきた。




 獅子蜥蜴が、飛び出てきた。



 落ちる部屋の天井と、床の隙間を、ギリギリの隙間を、飛び込んで戻ってきた。


 間一髪、いや、あと一歩のところで戻ってきた。


 間に合わなかった尾が半ばから切り落とされていたが、それでも獅子蜥蜴はまだ、生きている。

 生きて、俺をにらみつけてくる。太陽を背にし、視力も回復したようだ。






「はは、は……………」



 乾いた笑いが、口からこぼれる。意識せず、文字通りこぼれ落ちた。



 今この時にも隔壁を閉じてパージしてしまえば、それで全て終わったのだろうが、そんなこと思いも寄らなかった。考えられなかった。 


 あっけにとられて。まだ、続くのか。まだ、終わらないかと、思考が停止していた。



 そんな俺を、獅子蜥蜴はじっと見つめている。尾を切り落とされながらもそんなこと一切かまわずに、じっと俺を見据えている。


 一度、二度、大きく頭を振り、大声で吠える。いや、叫んだ。

 


「ひっ!!」



 その叫び声を聞いて我に返った。


 逃げなければ。


 とっさにパージボタンを押して、走る。次の部屋に入り、さらにボタンを押して走る。次の部屋も、次の部屋も、次の部屋も。休むことなく、走り抜ける。


 隔壁を落とす時間はない。落としたところで意味がない。落ちきるまでの間にくぐり抜けてくるだろう。

 そして、隔壁とパージ、両方のボタンを押していたら、いつか捕まる。追い詰められる。

 どちらか一つに絞るしかなかった。



 押して走る。押して走る。押して走る。押して走る。押して走る。絶対に捕まるわけにはいかない。


 さながら、アパート連続ピンポンダッシュ。


 押して走る。押して走る。押して走る。押して走る。押して走る。押して走る。押して走る。


 立ち止まらない。やつが追ってきているのが、背中に感じられる。落ちる瞬間、体を滑りこませてうまく逃れている。



「うおおおおおおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」



「ぐぐぐぐごごおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」 



 叫ぶ。俺も。やつも。当たり前だ。命がけなのだ。俺も。やつも。さっきまで、立ち止まったら死ぬのは俺だけだった。獅子蜥蜴だって力尽きて死ぬ運命ではあったが、それはまだまだ先の問題。何時になるかなんて、わかってなかった。


 だが今は、お互い目の前にある危機だ。目の前にある、死だ。



 少しでも、コンマ一秒でも遅れたら即、死。互いの命をかけた全力疾走。命がけのピンポンダッシュ。ヘルダッシュ、あるいはデスピンポン。


 こういう映画、あったな。武器もなく自分の体をおとりにして、追われながら非常扉を閉めていく映画…………エイリアン3か4だったか。怖くてもう見たくない。


 それを体験することになるなんて、なんて世界だ。なんて世界なんだ!本当に!!!


 走れ。押せ。走れ。押せ。走れ。押せ。走れ。押せ。走れ。押せ。走れ。押せ。走れ。押せ。走れ。押せ。走れ。押せ。走れ。押せ。走れ。押せぇぇぇぇ!!


残りの部屋は、いくつだっ?!!!!!!!!

 







 はあ、はあ、はあ、はあ。もう、ダメだ。終わりが見えてきた。中央の、がれきの山が見えてきた。これがダメならもう、打つ手はない。手も足も出ない。


 満身創痍だ。もう体力は残されていない。俺にも獅子蜥蜴にも。それでも力を振り絞って進むのはお互い、文字通り命がかかっているからだろう。


 立ち止まったら、死ぬ。ジョギング程度の速度でも、一歩でも多く進むしかない。


 倒れそうになりながらもボタンを押して先に進む。



「………………ぐゃっ…………………」



 今まで聞いたことのないほど弱々しい獅子蜥蜴の悲鳴が、重たい何かが落ちる音が聞こえた。


 ボタンを押しながらも、背中越しにそちらを見る。




 獅子蜥蜴が倒れていた。




 力つき、四肢を伸ばして地に伏せる。懸命に後ろ足に力を入れて立ち上がろうするが、その足は地面をとらえず、床をこする。



 このチャンス、逃しちゃならない。ここで終わらせる。動けないうちに早くパージしてしまわないと。



 ボタンを押して、隣の部屋に向かう。


 ……………残り二部屋、本当にもう後がなかった。でも、なんとか助かりそうだ。もう、追っては来れないだろう。すでにお互い限界だった。


 せめて、ここまで死闘を繰り広げた強敵の最後を見送ろうと、もう一度振り返った。





 それが、いけなかった。





 目が合った。潰れた右と残った左。両の目で見つめ合った。そんなはずがないのにそう思えた。

 

 途端、獅子蜥蜴の目が怒りを帯びた。


 そんな目で見るな。敗者に向ける目をするな。そんな風に、俺を哀れむな。

 と言わんばかりで。そんな弱った瞳に、再び力が宿り………………吼えた。


「――――――――――!!!!!!!!!」



 生への渇望、怒り、いや、意地だ。俺への意地。終わりを感じていた俺への反骨の現れ。まだ終わらんと。まだ、終わってなどいないと。


 その意志を、怒りを持って、再び立ち上がった。




 呑まれた。


 あっけにとられた。


 その生き様に、そして出遅れた。



 その瞬間、出口に駆け込んだ。どこにそこまでの力を残していたのかと疑問に思うくらい、それまでの動きとはまるで異なる俊敏な動きで、ギリギリのところで体を滑り込ませた。


 右後ろ足が挟まり、断ち切られながらも、それを物ともせず掛けてくる。

 さらに左も失いながらも、勢いは止まらない。


 いや、軽くなったことでさらに加速している。どんどん距離を詰めてくる。


 迫ってくる。





 冷静では、いられなかった。


 既に緊張の糸は切れている。一度切れた緊張を、再びつなぐには時間が足りない。出来ない。


 足を切られながらも、さらに進もうとするその意志に恐怖した。死に直面してもなお、その意地を通そうとする気概に、呑まれてしまった。



 固まってしまった。



(ボタンを押さなければ…………………。走って、押して、最後のボタンも押して………………)




 そう思っても、頭で思っていても、体は、動かなかった。






(続)

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