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とうをつくるおしごと  作者: こうせきラジオ
42/55

42瀕して、生を知り、生を望みて、道を断つ ~あの日見た夕日の色を僕らは今も覚えているだろうか?~








 足下には、先ほど脱いだ服一式。取る余裕も、着る余裕もない。


(服があると言うことは、今、俺が背にしている壁は北壁か。道理で地鳴りが大きいはずだ)


 獅子蜥蜴ししとかげも音を警戒しているのか、あと一歩のところで足を止めている。丸い目で、俺を見つめる。


(瞳孔が縦に割れてて、蛇のイメージそのまんまだな)


 瞳孔が縦長なのは、暗い場所でも多くの光を得るためだとか。ならばこの獅子蜥蜴という生き物は、本来夜行性なのだろう。


(それが昼間っから、大捕物になってご苦労なこった)


 もう、減らず口しか出てこない。亀で獅子で蜥蜴で熊で、ついでに蛇。ハイブリッドで嫌になる。常識が通じない。だから異世界は嫌いなんだ。



(夜行性なら夜行性らしく、寝ていろよ。夜にネズミでも捕ってろよ。あの草原で夜があるのか知らんけど)


 そういえば、あの場所では一度も夜を見ていない。いや、夕日も太陽の動きすらも、見ていない。まるで、あそこには夜がないかのように。


 夜がないのに夜行性とか、最近はやりの残念な動物みたいだな。意味がないのに光るサソリとか、卵の温度で性別が決まるとか…………。

 夜行性………温度………蛇…………。



「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」



 思わず、声が出た。叫んでしまった。予想だにしない絶叫で獅子蜥蜴すらびくっと驚いて、下がる。


 そうか、そういうことか。本当に何でもありか、この世界は。誤算だった。そんなんありかよ。わかるかよ。そんなん。


(この作戦は獅子蜥蜴が左の視力しか見えない事が前提だった。感覚がそれしかないと仮定していた)

 

 だが、他にもあるのならば話は別だ。


 ピット器官だ。


 一部の蛇が持つサーモグラフィ機能。


 こいつ、熱感知して場所を特定していたのか。本来、視覚に頼らないからこそ進化した器官のはずなのに、視覚、聴覚、温度覚全ての併行活用とか、異世界の生物はどんな進化をしてるんだよ。


 異世界の理不尽に怒気が強くなる。八つ当たり気味に獅子蜥蜴をにらみつける。

 獅子蜥蜴も先ほどの驚きで下がってしまった威厳を取り戻すかのように、じっと見つけてくる。が―――――。


(なんだ?)


 獅子蜥蜴が俺から向かって、やや左に顔を傾けている。やつからみて右に………。

 残った左目で見ているのか。どうしてそんな事をする必要があるんだ?ピット器官で捉えられるなら、そんなことする必要なんかないだろう。


 考えろ。なぜ、そうする必要がある?そうしないといけないのならどういう時だ…………………当然、視覚に頼っている時。なら、ピット器官は?効いてないのか。いや、そもそもがピット器官と視覚は真逆の器官だ。設計思想が逆だ。同時に使用する方がおかしい。


 視覚は、目は太陽光を目の中の水晶体を通して網膜に写す感覚受容器。太陽光などの光を利用する昼行性優位の器官だ。


 反して、光が少ない夜を主とする夜行性の場合、視覚はサブ、聴覚や嗅覚をメインで使う。

 ピット器官も同様。視覚が弱い一部の夜行性生物が、視覚の代用として熱で察知するために進化した器官のはずだ。


 通常なら、視覚とピット器官は相反あいはんする。それなのにどちらも備えているのならば、どちらかに優劣があるはず。あるいは昼夜で切り替わるか。たとえば、昼は視覚優位でピット器官は効きにくく、夜は逆にピット器官の精度があがる、とか。



(もしそうなら、温度感知はあくまでサブ。こいつは基本的には視覚優位なのか?)




 居場所察知のトリックはわかった。こいつの生態も。断定は出来ないが。


 だが、だからなんだと言うんだ。追い詰められている事実は変わらない。警報音もそろそろ終わる。最後の部屋が落ちて聴覚が取り戻されたら、なすすべがない。今以上に、何も出来なくなる。


 そうなったら本当に、墜落死か食死か選択するしかなくなる。響く音から推測して、後ろはちょうど開口部。



 もしもの時は、そのまま飛ぶか?


 流石に飛んだら追ってこないとは思うが、ここまでされたらもしかしたら飛ぶかもとか、考えてしまう。

 亀から蜥蜴、そして蛇、ソレが飛んだら…………ケツアルコアトル?

 ついに亀は神の道に羽ばたくのか?


 

 地響きがおさまりつつある。タイムリミットだ。部屋が落ちて、落ち着きを取り戻した獅子蜥蜴が飛びかかってきて、おしまい。


 まだ神ではない獅子蜥蜴とにらみ合いながらも、心にじわじわと諦観が広がっていく。


(そろそろ本当に選択の時期かもな)

 


 究極の選択。どちらを選ぶか思い悩んで、どちらも選べず、時間は過ぎて。






 

 とうとう、部屋が落ちた。






 

 サッと擦れるような音が背後から聞こえて。


 次いで、背中を押すような強い風。


 前屈みに倒れ込みそうになるのを必死に踏ん張り耐える。




(さあ、飛ぼうか)




 そのまま後ろに倒れかかろうと思ったその時、異変が起きた。


 俺に、ではない。俺の正面にいる、獅子蜥蜴にだ。



 前足でしきりに顔をこすっている。左の前足で、まるで猫が顔を洗うように、昨日の教授のように必死に。


 顔をこすっている。



(なんだ?)



 状況がつかめない。目の前の獅子蜥蜴は突如、目をつぶり、ひたすら顔をこすっている。


 うなり声を上げて、俺を威嚇しているが、向いている方向は、全然、明後日の方向だ。まるで、俺の場所がわからないように。


 目にゴミが入ったわけでもあるまいに。なぜか必死に目を閉じている。



 必死に顔をこする獅子蜥蜴の、その足下を見て、あることに気がついた。



 床が赤かった。




 血、ではない。もっとうっすらとした赤み。これは―――――




「夕焼け?」 




 そう、まだ日の強い夏の日の、昼と夜の中間の赤。


 まるで真夏の太陽のような強い赤が、俺を、獅子蜥蜴を、この部屋全体を照らしていた。



 つぶやいた一言で俺の居場所を察知したのか、獅子蜥蜴はこちらを向いて大声で吠えてくる。



(やっぱり…………獅子蜥蜴は俺の居場所を見失っている。理由はわからないけど。…………これはチャンスだ。おそらく、最後のチャンス)




 瞬間―――――。




 獅子蜥蜴の左側に向かって、両手に持っていた靴を投げる。


 

 一対の靴は放物線をえがいて、壁に当たって二回、床に落ちてさらに二回、通算四回の音を鳴らす。その音が、まるで足音のように部屋の中に響く。


 俺が獅子蜥蜴の左側を通って走った、かのように聞こえる。


 そして、獅子蜥蜴はそれを追う。まだ物見えぬその体で、音を頼りに身をよじって、追いかける。




 その隙に―――――――――獅子蜥蜴の右に駆け出す。



 死角で、身体的ダメージの大きい右側を駆け抜ける。左へ向けて重心移動していた獅子蜥蜴は、一瞬反応が遅れる。


 走り抜ける足音を頼りに大きく前足を振るうが、もとより目の見えぬそれは空を切る。


 次いで振り下ろされた尾も床に伏せてなんとかしのぎ、力の限り前進する。




 全速力で走り込む。そして―――――。




 やっと、やっとの事で、当初の目的、立ち位置の入れ替えに成功した。

 



 出入り口に駆け込んだ勢いそのまま、パージボタンを押す。たたきつけるように拳で殴りつける。



 高らかと鳴り響く警報音を聞きながら、一瞬、遠く開け放たれた場所から、周囲を赤く染め上げた大きな太陽が見えた。




 西日。


 

 朝日ではなく、夕日。




 高所特有の風が吹き入り、髪をはためかせながら、ソレを見て。




(ああ、こっちの方角、西だったのか)





 なんて、暢気なことを思った。







(続)

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