4の中1ろいろあるけれど、結局得るのは一つだけ。 ~これが本当の最後の戦い~
俺は今、端から数えて三つ目の部屋に身を隠している。
隔壁は三部屋分、全て、閉じている。
もちろん籠城をするつもりじゃあない。いや、白状してしまうと、一瞬それも良いかと思いはした。が、やめた。
獅子蜥蜴が思ったよりも回復しているようだったのだ。
このまま籠城しても壁を破られる。それでなくても、パージボタンを押される可能性は高い。
勝ち目は低い。
体力勝負は俺の負け、これでおしまい、後はない。
なら、どうせだからついでにもう一つ、足掻いてみようと思ったのだ。
三番目の、中枢寄りの部屋の隔壁昇降スイッチを押す。隔壁が開きはじめる前に移動する。見えないように、聞こえないように細心の注意をしながら、獅子蜥蜴の死角である右側、部屋に入ってすぐ右の壁を背に潜む。
ゆっくりと隔壁が上がっていく。隙間が広がっていくのと比例して、獅子蜥蜴のうなり声が大きくなっていく。
勝負開始の号令が高らかに鳴り響く。お互い、ここが正念場だ。
隔壁を開けるまでの間に、いくつか準備をした。まず、奥二つの部屋の隔壁を閉じた。これでもう開けることは出来ないが、問題はない。
一見、奥に籠城しているように見える。正面へ注意を引ける。
そして、もう一つ。向かって右奥に注意を向けさせる。正面から右へ注意を逸らす。これはフェイク、わざと外れを引かせる。右が間違いだと思わせる。
一度、そちらを確認させる事で、右側への警戒を緩める作戦だ。
何か注意を引ける物がないかと探した結果、俺の服一式を置くことにした。砲戦果でまだらのクラスTシャツになった上着とジーンズ。
それをあたかも、人が倒れているかのように並べておいた。今の俺にあるのはパンツのみ、文字通り最後の砦だ。
当然、そのまま右側に視線を動かされては見つかってしまう。それでは意味がないので、次に左に注意を向かせる。靴でも投げて、視界を何かが横切ったかのように見せる。
その視線の先には、西のドア。先ほどのトイレ入れ替え作戦の時と同じように、まるで二番煎じのように、逃げ込んだと思わせる。ドアには破ったシャツの切れ端を挟んでいる。さも、そこに隠れているように、そして、失敗したと思わせる。
もちろんそっちもフェイクだ。もとより壁しかない。だが、正面、右と外れなら、左が正解と思うだろう。
いや、思って貰いたい。ここまで来てヤツも体力的にも精神的にも限界のはずだ。血も多く流している。判断力が落ちていることを期待したい。
少なくとも、確認はするはずだ。そのドアが壁しかないことをヤツは知らないのだから。
ドアに向かって歩いて行く。確かめに行くはず。
そのすきに右から脇を通って部屋を出る。
ただ、これでさっきと同じようにすぐに看破される可能性が高い。聴覚の問題が残っているのだから。
だからこそ、残した二つの部屋だ。このために用意した、パージさせるための部屋。
隔壁が半ばまで開き、隙間からゆっくりと獅子蜥蜴がその姿を現していく。
辺りには、けたたましくなる警報音。最奥とその手前の部屋のパージボタンを時間差で押したのだ。
今、この部屋には二重に警報音が鳴っている。下手な輪唱のように音のずれた、聞いているだけで気分が悪くなってくる不協和音が鳴り響いている。
野生では絶対に聞くことのない人工的な音だ。高音の、聞いているだけで焦燥感をくすぐられるような音。
必ず警戒する。
そして、この耳障りな音が、他の小さな音を隠してくれる。息づかいや、足音を聞きづらくしてくれる。
警報が鳴り響く中、獅子蜥蜴はゆっくりとその歩を進める。少しだけ入って、足を止める。横を通り抜けるには、まだ近い。
その目は正面の壁を向き、次いで右の服へ頭を向ける。
そして、さあ、靴を投げ込もうと振りかぶった瞬間―――――こちらを向いた。
(―――――ッ?!)
まるでここに隠れている事をあらかじめ知っていたかのように、なんの迷いもなく最短距離で、俺の方を見た。その残された左目で、俺を見た。
丸い、真円のように丸い瞳に射貫かれて、悟った。失敗だ。
(何でだ?!!!)
獲物をその目にした獅子蜥蜴は、まるで蛇の様に瞬きひとつせず俺の挙動を見つめている。
飛びかかっては、来ない。警報音が気になるのだろう、俺を睨みながら、もはや機能を失った鼻をしきりに動かして周囲を探っている。
俺も、刺激しないようにゆっくりと振りかぶった靴を下ろす。履きはしない。
警戒して動かないとはいえ、隙を見せたら、視線を外したら、その瞬間に容赦なく飛びかかってくるだろう。
靴を両手に持ったまま、俺は獅子蜥蜴とにらみ合う。じっと、にらみ合う。
睨まれながら、必死に考える。
警報音で小さな音は聞こえない。正面の隔壁も、服も、調べるべき怪しいところは沢山あるだろう。なんでこっちを向いた? 探すようにじゃない。そんなそぶりは見えなかった。間違いない。やつは確信をもってこっちを向いた。何か、何かある。聴覚以外の何かをやつは持っている。
嗅覚、聴覚、視覚の半分。それらを奪ってまだ足りないか。なんだ、なぜあいつは居場所を知れたんだ。
(クソ、全部台無しだ)
じり、じりと周囲を警戒しながらも、少しずつ俺との距離を詰めてくる獅子蜥蜴。出口を背に、決してそこから逃がさないと誓ったかのように、俺の退路をふさぎながら。
それに従って俺も、一歩、また一歩と後退する。壁に背が着く。腰に硬い何かが当たる。
ドアノブ。東の壁の、トイレに続くスライド式のドアだ。中に逃げ込む隙はない。ドアを開けるためには、手に持つ靴を置かなければならない。だが、置いたが最後、獅子蜥蜴は飛びかかってくるかも知れない。下手な行動は、出来ない。
と―――――。
伝わって来ていた微かな振動が、気持ち小さくなったように感じられた。警報音の不快さもなくなった。おそらく、最奥、一つ目の部屋が落下したのだろう。
気を取られた獅子蜥蜴が、少しだけ頭を上げた。
その僅かな隙に、飛び出した。
獅子蜥蜴の死角である右側から、一直線に駆け出す。が、直後、目の前の床が砕け散り、とっさに足を止めた。
獅子蜥蜴の前足が、進路を塞いだ。傷を負いながらも、なお石畳を砕く力強さ。だが、そのダメージは大きいのだろう、追撃はしてこない。
すぐさま後方へ逃げ戻る。
隙がない。
逃げられない。
また、壁際まで追い詰められた。
(続)




