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とうをつくるおしごと  作者: こうせきラジオ
38/55

38てぬ夢を見る君へ。そろそろ足元見て暮らせ。 ~全ての物には意味がある? なければ見つけろ、こじつけろ~








 作戦は変えない。状況は俺に有利に進んでいるはずだ。


 転倒したことで獅子蜥蜴ししとかげはよりいっそう、怒り狂って俺を追いかけてきている。怒りに我を忘れて、血が流れて傷が広がる事すらかまわずに。ただ、捕まえて殺す、それだけのために、一心不乱に追い立てて来ている。

 もはや、それ以外の事へ意識を置くことすら困難なのだろう。もうろうとしながらも、その目的だけを果たそうとしている。


 疲労で足をもつれさせたと言うのにもかかわらず、それをもろともせず、さらに速度を増していく。


 人の脳は無意識にその能力を抑えていると聞くが、獅子蜥蜴もそうなのだろうか? 命の炎を燃やして最後の力を振り絞って、走る。まさしく火事場のクソ力。


 

 蛇行の回数を増す。壁で姿が隠される時間を延ばす。左右への振り幅を大きくする。

 そうやって、さらに獅子蜥蜴の集中を損なわせる。

 徐々に頻度を増やしていく。時間を増していく。ランダム性を、増していく。苛立ちをあおっていく。


 そして―――――。



(今!!!)


 

 さらに大きく右へ蛇行。壁に隠れるまでは怪しまれないように、今まで通りに。

 視線が壁に遮られた瞬間、一直線に走る。身を隠すポイント、トイレへ続くドアに向かって。急いでドアをスライドさせ、隙間に身を滑らせる。出来るだけ音が鳴らないように、細心の注意を払って飛び込む。


(音を出すな。音を出すな!)


 視覚が、嗅覚が制限されていても、まだ聴覚が残っている。小さな物音すら逃さない敏感な耳が。


「――――――――――ッ」


 後ろ手にドアを閉め、個室に向かって走り、ドアに手をかける瞬間、獅子蜥蜴の咆吼が聞こえて、伸ばしかけたた手を戻した。


 そのまま、細長い廊下の壁に背をつけて身を縮める。奥の個室に入る時間は無かった。二つの異なるドアを開け閉めするには、時間が足りなかった。


 ここで無理をして、音を立ててしまっては元の木阿弥。跳ね回る鼓動を、はずむ呼吸を体全体でくるむように、丸く丸くその身を抱えて押さえつける。そして視線だけ、ドアへ向けて―――――。



(しまった!!)



 自分の失策に気づいた。失敗に、ミスに気がついた。


 ドアが、開いている。ほんの少し、指一本、通らなそうなせまい隙間だが、確かに開いている。本来であれば完全に閉じているはずのドアが、開いていた。

 

 個室までたどり着こうと焦っていたのが、裏目に出た。後ろ手に閉めて確認を怠った。


 すぐにでも閉めるべきだったのだろうが、それは出来なかった。


 足音が聞こえた。獅子蜥蜴がすぐ近くまで迫っている。獲物を見失い、逃がすわけにはいかないと全速力で走ってくる音が迫ってきている。

 どんどん、足音が近づいてくる。床にひびを入れ、踏み砕いて進むその勢いは、すぐそばまで、来ている。


(クッソォ!!見つからないでくれよ)


 せめてもの抵抗でさらに身を縮める。



(怒り狂ったあいつの状態なら止まらず走り去るはずだ)


 必死に縮まりながら、言い聞かせる。自分に語りかける。


 既に右目は潰れているわけだから、ドアの隙間なんて極々小さな異変に気がつくとは考えにくい。見つかるわけがない。

 言い聞かせる。恐怖に叫びたくなる弱さに、必死に言い聞かせる。落ち着かせる。説得する。


 重たい足音が響いてくる。速く重いテンポで鳴り響いてきたその重低音は、とうとう隣の部屋にまで到着し、そのまま走り抜け―――――なかった。



 ズンッ―――――と一際ひときわ重たい音を鳴らして、止まった―――ぴたりと止まった。



 心臓が跳ね上がりそうだった。いや、止まりそうだった。



「―――――――――ッ!!」



 思わず声を出しそうになり、手で口を覆って飲み込む。まだ、気づかれた訳じゃないはずだと、必死に悲鳴を我慢する。


 希望とも、願いとも取れるそんな思いで、やり過ごす。気ははやり、過ぎるのを待つ。



 壁を挟んだすぐ近くで、俺を探している。まるで、俺がこの部屋で消えたとわかっているかのように、がんとして動こうとしない。


(なんでだ?!!なんで走り抜けない?!)



 うなるような鳴き声がこだましてくる。重く鈍い、ドラムロールのようなうなり声が。壁に反響して、倍にも三倍にも聞こえる。音が近く、遠く聞こえてくるのは、頭部を左右に動かしているからだろうか。 


 部屋の中をゆっくりと、舐めるように、じっくりと見渡しているようだ。

 この近くにいることを確信しているようではあるが、それでも俺の居場所まではわからないのだろう。



 僅かに開いたドアの隙間から、獅子蜥蜴の潰れた右目が横切った。

 生臭い吐息が隙間から吐き入れられるほどに近い。生臭さの中に、かすかに砲戦果の酸っぱい香りがした。



 右目には確かに、尖った甲羅の破片が深々と刺さっており、流れた血液が渇きはじめて、こびりついている。

 僅かに見える眼球に、光は映っていない。見るからに、正常に機能していない。機能しているはずがない。はずが、ないのだ。


 にもかかわらず。


 にもかかわらず、一度は通り過ぎた頭が俺のいるドアの前を再び通って、ぴたりと止めった。


 もう、離れようとはしない。


 見つめてくる。見えるはずのない目で、俺を見つめてきている。二度、三度とドアの隙間を行き来し、向きを変え、角度を変えて、とうとう、左目で中をのぞき見た。


 丸い大きな瞳の奥、光を反射するその瞳孔どうこうが、キュッと収縮したのが、見えた。


 俺にピントを合わせてはっきりと確認した。俺の姿を認めた。存在を認めた。


 獅子蜥蜴が、俺の存在を発見した。







(続)

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