にい3、この5ろ、いかがお過ごしですか。お元気ですか。 ~サトシより、悪意をこめて~
大きく深呼吸を一つ。
これから自分が始めることを、これから自分が置かれる状況を想像して、自然と呼吸が荒くなる。
体がこわばっていく。震える膝を叩いて、必死に落ち着けと言い聞かせる。
あれから、時間にして十分ほど。
のどを潤し体を休めて、これからの立ち回りを考えて、十分。それは、いつパージされるかわからない状況を考えると長い、随分と悠長な時間。
しかし計画を立てて、実行すると覚悟を固めるには、瞬きほどの僅かな時間。
決意なんて、固まらない。もっとじっくり考えたい。本当にこれで行けるのだろうか? この作戦に、身を任せて大丈夫なのだろうか?
だが、これ以上休んではいられない。時間をかけてはいられない。
地面を揺らす回数は、徐々に少なくなっている。振動は小さくなっている。
うなり声は、聞こえない。力尽きたのだと期待したい所だが、あいつの執念深さは、骨身にしみている。絶対に死んでいない。
無駄な体力を使わないように、必要最低限の行動に集中して、俺を狙っているはずだ。
おそらく、もうほとんどのがれきをどかしたのだろう。楔を外したのだろう。そろそろ、あいつは自由を取り戻す。俺を殺すための、準備が整う。
だが、それを待ってやるわけにはいかない。悠長に殺されるわけにはいかないんだ。
もう少しすれば、やつは自由になる。すぐにあいつは動き出す。壁に向かってくる。
だが、壁に触れる機会を与えてはいけない。やつには、まっすぐに俺に向かって来させなければいけない。ボタンに触らせるわけにはいかないんだ。
しかし、だからといって自由になった瞬間に開けてもいけない。それでは俺が逃げるための距離が短すぎる。飛びかかられてお終いだ。
捕まらず、されど見失わない、一直線に俺に向かってくる。
そんな絶妙な距離を保たなければいけない。だから、これから俺は自分を、俺自身をえさにする。
バクバクと跳ねる胸に手を置く。心臓に触れるわけでも、抑えられるわけでもないが、それでも気休め程度にはなる。強く胸を抑える
そうして、もう一度深く深呼吸。
そして、隔壁を開けた。
サッと目の前を隔壁が上にスライド。遠目に床に伏せる獅子蜥蜴が見える。
じっと、俺を見ている。いや、初めから見ていた。おそらく隔壁が開く前からずっと、こちらを見ていたのだろう。丸い、真円を描く一つ目はヘビのように真ん丸だ。
(こえぇ。もう亀なのか獅子なのか蜥蜴なのかわからないが、こえぇ)
少なくとも爬虫類系の特徴が多いであろうそれは、バタバタと体を揺らして、うごめいた。俺をその目で捉え、さらに大きく激しくうごめいた。
もう、ほとんどの部分が解放され、残るは右の後ろ足だけとなっている。
(思ったよりも早い……………………はぁ、やるか)
もう一度深く吐き、スッと吸う。そして―――――
「この蜥蜴やろうぅぅぅ!!!!! なんだかわかんない格好しやがって、亀なのか蜥蜴なのか獅子なのか、はっきりしやがれ!!!! 一体いつまでそんなとこでバタバタしてんだ!! そんなにそこが好きならさっさとそこでくたばっちまいな。この、鈍ガメェェェェェェ!!!!!」
大音声で罵倒する。
声は震えて裏返っていたが、足もガクガク震えていたが、倒れはしない。必死に虚勢を張る。まだ、始まってすらいないんだ。
罵倒して、近くにあった石を投げる。腕に力が入らず、狙いが定まらない。
ふらふらと放物線を描いたそれは、獅子蜥蜴の目の前にコツンと落ちた。距離は全然足りない。
だが、それだけで良かった。それだけで敵意は伝わった。俺の悪意は、害意は伝わった。
ギンッと、丸をさらに見開きにらみつける。両端が裂けてなお開き、流血する。
怒り、より大きく、より激しく体をくねらせ、まるで挟まれた足をちぎろうとしているかのようにうごめかす獅子蜥蜴。すべては目の前の敵を食いちぎるため。
「おおぉぉぉ?思った以上にキレてる」
反応をみて、すぐさま身を翻す。走って距離を稼ぐ。まだ来てない。後ろ足がまだ、挟まっている。
俺はさらに数部屋分離れて、壁に隠れる。そして、チラッと頭を出してあいつを見る。これ見よがしに、舐めていると、馬鹿にしていると伝わるようにチラチラ見る。
「―――――――――――――――――――ッッッッッ!!!!」
大咆吼。
肌にびりびりと響く。体がすくむ。心臓がキュッと縮む。歯がガタガタとかみ合わない。怖い。すごい怖い。怖くて失神してしまいそうだ。
だが、効果があった。さらに怒りを増した獅子蜥蜴がとうとう、がれきの山から抜け出した。
「来た!!!」
挟まった足を引きちぎるように強引に引き抜き、自由となった。そしてそのまま、傷つく体を顧みず、全速力で俺を追ってきた。
獅子蜥蜴と俺の、地獄レース、第二走目が始まった。
(続)